14.宮廷魔法師になるため(2)



 ボクがそんな風に考察していると、キノアは鞄から大量のリストバンドを出してきてそれらの数を数える。

 何をしているんだろうと疑問に思うと、それをヨナに渡して、キノア自身は話を始めた。


「今からするのは、あなたがた全員対僕一人の戦闘です」


 その衝撃的すぎる言葉に、ボクらは一瞬言葉を失って――次の瞬間、爆発した。

 いくらエストラーラ教授の魔法を相殺できるからといって、侮られていると感じたからだろう。

 しかし、キノアはそれらを気にすることなく、ヨナにリストバンドを配らせる。

 黙々と配布をするヨナとは対照的に、キノアはさらにルールを説明した。


「みんな、リストバンドを手首に巻いて。うん、外から触れるようにね。袖の長い服を着てる人なら、袖の上から着けて。

 これから、みんなには僕を戦闘不能にしてもらう。もしできたら全員を希望するところに配属させてあげよう。

 逆に僕の勝利条件は、君たち全員が手首に巻いたリストバンドを僕が手首から外すこと。リストバンドが外された人は脱落。エストラーラ教授の後ろで全員終わるまで待機。

 魔法に制限は設けないけど、範囲はこのエリアの中だけね。あと、味方に当てないように気を付けて。あとは――特にないかな。

 質問ある?」


 そこまで言い切って、ボクたちの顔を見渡すキノア。

 侮蔑されたと思い顔を赤くする者。チャンスだと思い笑顔を浮かべる者。そして、表情を硬くするもの。

 三者三様の反応を見て何かが面白かったのかクスリと笑い――


「じゃあ、質問もないようだし、始めようか。ヨナの合図で戦闘開始ってことにしようか。

 ヨナ、頼める?」

「任せて。じゃあ、いくよ」


 ヨナはそう言うと、指を鳴らす。すると風魔法が発動し、その音を全員が聞こえるように大きくして、響かせた。

 それが聞こえた瞬間、血の気の多い学生が我先にとキノアに飛び掛かる。

 それぞれが身体強化を使っていて、誰も手加減などする気はないようだ。

 キノアはそれをギリギリまで見ていて――次の瞬間、姿が掻き消えた。

 いや、停止状態から急に動いたから、ボクの目がその速度の差に慣れなかっただけで、集中すれば補足することはできる。

 まず一人の学生の手首を掴むと同時にそれを別の学生に投げつける。さらに向かってくる学生の手を躱して、足を払う。

 足を払うためにしゃがんだことで後ろから迫っていた拳をやりすごし、その場から一度離脱する。

 一瞬の攻防だけで、彼が魔法だけじゃなく体術も秀でていることが明らかになり冷や汗が出た。

 とはいえこちらも数はいる。消耗戦ならば勝ち目がないわけではない。相手はいくら強くても一人なのだ。


 離脱したキノアに、大量の魔法が降り注ぐ。飛び出した学生が邪魔で撃てなかったが、彼らと距離をとった今なら気にせずに魔法を撃つことができる。

 ボクは得意な火属性の魔法をいくつか並列で起動し、キノアに向かって放つ。

 他の人が放った魔法と干渉しあっていくつかは届く前に消えてしまうものの、大人数で一斉に放った魔法は回避できないほどの密度でキノアを襲う。

 だが相手もさすが宮廷魔法師なだけあって、その程度は簡単に防いでしまう。

 しかしこちらもララド魔法学園の学生なので、そう簡単に攻撃の手は緩めない。途切れることなく魔法が放たれ続け、キノアの防御魔法を貫こうとするが――悪寒がして、ボクは一歩後ろに下がる。

 するとボクの手首があった場所をかすめるように、風魔法の刃が通り抜けていた。もし躱していなかったらリストバンドを切られているところだった。

 周りを見ると、数人は躱しきれなかったらしくリストバンドが切られて脱落した人もいる。

 今の状況から的確に手首を狙う魔法を同時に使うとは、自分やここの学生では考えられない。


 そして――こちらが回避を強いられたということは、今度は向こうが攻勢を仕掛ける番だということ。

 キノアは先程近接戦闘を仕掛けた集団に向かって突っ込むと、鮮やかな身体強化と体術で同級生たちを圧倒していく。

 次々と減っていく人数に冷や汗が出るが、味方が近すぎて上手く魔法を撃てない。同級生を巻き込む当てるつもりで魔法を放つ者もいるが、それらはすべてキノアに防御されてしまっている。

 そして気が付けば人数は半分にまで減ってしまっていた。


「固まって魔法を撃つよ!」


 学生会長の女子がそう呼びかければ、残った学生たちは一塊になってキノアに魔法を放ち始める。

 見れば必然的にキノアの反撃を防ぐ人と攻撃をする側に分かれていて、集団戦闘が様になっていた。

 とりあえずボクは頑張って細かい魔法を撃たなくてもすむようなので、キノアの防御を貫けるような大魔法の詠唱を始める。


「〈炎よ、龍よ、我の声を聞きたまえ〉」


 詠唱することによって魔力が収束し、無詠唱ではコントロールしきれないほどの威力の魔力を使うことができる。


「〈往け、魔の息吹〉!」


 詠唱を終えて放ったのは、大魔法〈火炎息吹〉。キノアの頭上に炎の海が現れ、そのままキノアに降り注ぐ。

 落ちていく炎は並大抵の魔法では防ぐこともできず、普通であれば諦めるほかない。

 だが、キノアはそれに焦った様子もなく、掌を炎の海に向けて何かを呟く。

 すると彼の足元から黒い水が湧き出てきて、炎を呑み込んで消してしまう。さらにその水はボクたちにも襲い掛かって、みんな攻撃の手を休めて防御に専念するほかない。


 そして――また数人が脱落した。


 どんどん減っていく仲間たちに思わず歯ぎしりをしてしまうが、向こうはそんなこともお構いなしにどんどん魔法を撃ってくる。



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