15.宮廷魔法師になるため(3)



「こんなの無理だよ!」


 誰かわからないが、高い声でそんなことを叫ぶ学生がいた。実際ボクも内心そう思っているが、わざわざそれを声に出すなんてことはしない。それで士気を下げてしまったら元も子もないし、声を出す元気があるなら魔法を撃つからだ。

 だが――攻めようと思っても、先程とは比べ物にならないほどに密度の上がったキノアの攻撃に手も足も出ない。

 かろうじて防御はできているものの、こちらから攻めることはできなかった。


 どれだけ耐えただろうか。いつの間にか残りはボク含めて三人だけになっていて、残りの魔力もだいぶ少なくなってしまっていた。

 ここまで残っただけでも上出来ではあるかもしれない。だが、ボクはどうしても宮廷魔法師になりたい。いや、ならなきゃいけないんだ。

 だから――ボクは左目の眼帯を取ることにした。


 黒い右目とは違い、真っ赤な瞳の左目は、何も知らない相手から見れば何の変哲もないだろう。

 だが、ただの赤い目ならわざわざ眼帯で隠したりしない。

 キノアもそれを察したのだろう。攻撃の密度を下げてこちらの様子を窺っている。

 ボクは慎重に左目に魔力を流すと――一気にキノアの体をその左目で見据えた。

 すると、突如キノアの体を炎が襲い、呑み込む。

 これがボクの『炎の魔眼』の能力。

 制御が難しく、人が多い状態で使ったりうっかりすると関係ないものまで燃やしてしまうので普段は眼帯で封じているが、味方が少なくなった今なら容易に使える。


 正真正銘ボクの切り札なだけあって、それは見事にキノアに命中する。

 やりすぎたかもしれない。そう思って少し焦った瞬間、キノアを襲っていた炎が突如としてかき消され、無傷のキノアがボクを見据えた。

 ゾクッとした感覚が背筋を撫でた次の瞬間、手首にあったはずのリストバンドの感覚が消え、地面に物が落ちる小さな音がする。


「あっぶな……」


 キノアのそんな呟きが、やけに大きく聞こえる。

 そして、ボクはそこで改めて自分が――いや、自分含め残った全員のリストバンドが切られたことを認識した。

 結局キノアを倒すどころか何もできなかった。

 そう思うと悔しくて、そして目指していた宮廷魔法師のレベルを改めて認識させられる。


「キノア! 大丈夫!?」


 聞いたこともないヨナの焦ったような声。

 反射的に声のほうを見ると、ヨナが身体強化を使ってキノアに駆け寄り、無事を確かめるようにキノアのことをペタペタと触る。


「あはは、大丈夫だよ。防御魔法を使ってたから。念のために使ってなかったらやばかったけどね」


 キノアは軽い調子でそう言うと、ヨナが待機していた場所の近くに置いてあった鞄のところまで行き、中から何やらファイルと取り出してペンで何かを記入していく。

 おそらく今回の評価を記入しているのだろう。


 ――ダメだったかな。


 弱音が出そうになるが、ボクはぐっとこらえて何か指示があるのを待つ。

 余計なことを考えると思考が悪い方向に寄ってしまう。まだ可能性が消えたわけじゃない。

 きっと大丈夫なはずだ。


 眼帯を着けなおしてから半ば祈るようにそう繰り返していると、急に肩を叩かれてビクッと反応してしまう。

 慌てて振り返るとそこにいたのはキノアで、何か資料とボクのことを交互に見ていた。


「えっと……君がファリア・ソーレさんだね。性別は女性。魔法適正は火、闇、回復。

 ……で、合ってる?」

「は、はい」

「なるほどなるほど」


 うんうんと頷くと、何かを書き加えるキノア。

 手元の資料を読んでいるらしく、視線がどんどん下に下がっていき――あるところで止まる。


「あ、宮廷魔法師希望か。ならちょうどよかった」

「え?」

「宮廷魔法師に推薦しとくね」

「えっ!?」

「もっとその魔眼の制御をできるようになるといいかもね。せっかく普通に火魔法使うより魔力消費少なくて済むのに、無駄に範囲が広いから勿体ないよ。もっと一点集中で使えるようになるといいかもね」

「は、はい……」


 いきなりそんなことを言われて、ボクは頷くしかない。

 いろいろ尋ねたいことがあったのだが、口を開く前に別に人のところに行って話を始めてしまう。

 しばらくの間ぽかんとしていたが、キノアの言った意味が分かってくるにつれて、だんだんと嬉しさが湧き上がってくる。

 気を抜けばぴょんぴょんと飛び回ってしまいそうなその感覚に、思わず口角が上がってしまうのを感じた。


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