16.しかし仕事は終わらない



「つっかれたぁ……」


 執務室に帰り机に突っ伏しながらそう呟くと、ヨナが何も言わずにコーヒーを差し出してくれる。

 お礼を言いながらそれを受けとって口に含むと、独特の匂いが鼻腔を満たして疲れた心を落ち着かせてくれた。


「……わたしも手伝う」


 机の上に積まれている紙の束を見てそう言ってくれるヨナだが、残念ながらその申し出を受け入れることはできない。


「うーん、そうしてもらいたいんだけど、これあくまでも僕が担当の試験官だから他の人にやらせられないんだよね……一緒のチームでもだめなんだよ」

「そうなのは知ってたけど、その量見るとわたしだけ帰るのは申し訳ない」

「夜更かしに付き合わせるのは僕が申し訳ないんだけどね」


 とはいえ山のように積まれていた未処理の書類の山はだいぶ低くなり、あと数人分といったところになった。

 作業自体は推薦する人と推薦理由を記すというわかりやすいものなのだが、その推薦理由というものが曲者で、なかなか詳しく書かねばならないうえに、人の一生を左右するものなので手抜きもできない。

 しかも期限が明日の夕方までという過酷なスケジュールなので、仕方なくこうして日付が変わる時間まで起きて作業をしているのだ。


「あ、その人」

「ん?」


 新しく手にした資料を見たヨナが声を漏らしたので、何事かと思いそれを見てみる。

 すると、そこには今日僕が試験をした魔眼使いの少女の顔写真が張り付けてあり、「ああ」と納得の声を漏らす。


「将来有望な子だよね。あの魔眼はなかなか強そうだし、あの学生たちの中では頭一つ飛びぬけてたよ」

「キノアが急に燃えたからびっくりした」

「あはは、僕もびっくりだったよ。まさか学生相手に危ないところまで持っていかれるとは思わなかった。学生の中ではやっぱり強くて有名だったりするの?」

「えっと、わたしが勇者パーティーに呼ばれる直前のテストで、わたしの次の順位だった人。少ししか話したことないけど、いい人そうだった」

「なるほど。次席とは優秀な子なんだね」


 一般的な同年代の基準がわからないが、きっとソーレさんはかなり優秀な人だったんだろう。僕が知っている普通の魔法使いよりも強そうだったので、鍛えれば異名持ちの宮廷魔法師になるくらいは余裕そうだ。

 特殊な僕みたいな人間もいるものの、そういう人以外には勝てるくらいには強くなれるだろう。

 しかしそう考えると、ヨナのレベルの高さは少し異常ともいえるかもしれない。ソーレさんよりも一つ若い年齢で、彼女よりも魔法を使いこなしている。

 今日少し見た身体強化と防御魔法の質を見る限りでは他の宮廷魔法師に引けは取らないし、この若さでその実力なのだから数年後にはもしかしたら僕と同じ土俵に立てるようになるかもしれない。

 ――少し楽しみだ。

 

「そういえば、ヨナの魔法適正って何?」

「言ってなかった? わたしの適性は水、雷、氷、回復の四つと、特殊属性がある」

「四属性に加えて特殊も持ってるんだ……」


 特殊属性というのは、普遍的に存在する九つの魔法属性のどれにも属さない魔法の属性のことだ。ほかの魔法適正と同じく親から子に一定確率で遺伝し、一子相伝ともいえるそれは国によっては持っているだけで貴族と同じ待遇を受けれるほど貴重なもの。

 大抵は普通の魔法よりも応用しにくいが、その分かなり強い。

 ちなみに『特殊属性』とはいうものの、それはたいていの場合属性というよりも一つの魔法であることが多い。例えば昔の英雄が持っていた特殊属性は『自分の魔法を体内で待機状態にして保管する』というものだったという。

 ちなみに異世界から来た勇者は例外なく『特殊属性』と普遍的な九属性すべてに適性があり、だからこそ『勇者』として圧倒的強者でいられるという事情もある。


「うん。ちなみにわたしの持ってる特殊属性は、『魔法を透明化する』っていうの」

「透明化?」

「こういうの」


 ヨナはそう言うと、手元に雷の球を発生させ、その場に停滞させる。

 そこにもう一度何か魔法を使うと、その雷の球はそこにあったのが嘘だったかのように姿を消した。

 だが、そこにヨナが別の魔法をぶつけてみると、しっかり魔法が残っていることを証明するかのようにバチバチという音を立てて対消滅する。


「え、すごい」

「でしょ? これがあるからこそ勇者パーティーに選ばれた。魔族の死角から不可視の魔法を撃てるし、味方の魔法にかければ回避しにくくなる」

「えげつない……でもたしかに強いね」


 そもそもヨナ自身魔法がかなり強いのに、それに加えて特殊属性も持っているとは。勇者パーティーに選ばれるのも納得だ。


「キノアは、どんな魔法適正なの? 四属性はつかえるみたいだけど」

「あー……正直に言っても引かない?」

「うん」

「じゃあ言うけど……全属性と特殊属性だよ」

「……ちょっとなに言ってるかわからない」

「全属性と特殊属性」

「いや、声は聞こえてるんだけど納得できないだけ。

 あのね、四属性あれば英雄クラスって言われるの知らないの? おとぎ話の中の存在?」

「酷い言い様だね。まぁあんまり否定できないけど。

 でも、別に全属性得意ってわけじゃないんだよ? 回復なんかは大魔法レベルの魔力使ってやっと骨折治せるってレベルで効率悪いし、光と闇以外は全部魔力の効率悪いから」


 例えるなら、光と闇が魔力と威力が一対一になるのに対して、回復は五十対一、他の属性は十対一といった程度か。

 まぁ光と闇が効率よく使えるというのももちろんあるが、それにしても効率が悪い。とはいえ光と闇は戦闘に使うときに癖があるので、頑張って他の属性を練習しているのだが。


「いくら効率悪くても、使えるのと使えないのではわけが違う。しかも特殊魔法まであるとか反則。

 ちなみに、特殊魔法ってどんなの?」

「『魔法の結晶化』ってやつだよ。見せたほうが早いかな」


 僕は手元に火の球を出現させると、そこに特殊魔法を使う。

 すると火の玉は赤い半透明の小さな結晶に変わって僕の掌に落ちた。

 その結晶は宝石のようで、チラチラと揺れる灯りを受けてキラキラと不安定な輝きを見せていた。


「綺麗……」

「でしょ? これを投げたり魔力を通したり銃弾にして撃ったりすると、それがそのまま魔法として発動するんだ。こんな感じで」


 僕はそこまで説明すると、手に持っていた赤い結晶を軽く放り投げて発動と念じる。すると特殊魔法を使う前と寸分違わない火の球が出現する。


「わたしのより便利じゃない? 魔法を保管しておけるってことでしょ?」

「うん。発動するときに細かい調整ができなくなるのがデメリットだけどね」

「そんなのデメリットにならない。

 キノア、聞いたわたしが言うのもなんだけど、そんな話軽くしちゃだめ」

「わかってるよ。僕が各国の勢力図を狂わせるかもってことくらい。だからこそ僕は『客員・・宮廷魔法師』なわけだしね」

「ならいいけど……」


 さすがに僕だって自分がイレギュラーだってことは理解している。

 だからと言って窮屈な暮らしはしたくないし、これくらいの立ち位置で仕事でもしながらまったり過ごすのが性に合ってるのだ。

 実際僕より強いマスター・・・・たちは僕より強いけど好きなように生きてるし。


 さて……書類の続きを書かなくてはならない。

 僕はコーヒーに口をつけると、万年筆を手に取って書類に必要事項を記入していくのだった。


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