26.猫は魚を食す



 どれくらい経ったかわからないが、グレージャンの質問がひと段落してヨナが疲れてへとへとになったころ、シファ様の視察は終わったようで、やっと僕らは解放された。

 視察が終わった後僕の執務室にシファ様も来るかと思っていたのだが、さすがに視察結果をまとめなければいけないらしく、僕はヨナと二人で静かな執務室に帰る。

 執務室で細かい書類の仕事をヨナに教えつつしていると、いつの間にか六時になっていた。

 急ぐ書類でもないので今日のところはここらで切り上げ、ヨナと二人で夕食を食べるために食堂に行く。


「あ、魚ある」

「ヨナ好きだもんね。魚」

「猫だから」


 フードを外していることでよく見える猫耳を指さしてそう言ったヨナは、食堂のおばちゃんに「焼き魚セット一つ」と注文をする。

 僕は少し悩んだ後揚げ物セットを頼み、できたてのそれを受け取った後適当な席に腰掛けた。


「キノアは休日って何してるの?」

「んー? あ、明日休日か。

 うーん……特に変わったことはしてないかな。いつも通りの時間に起きて、本読んで、寝る」

「いつも通りすぎ」

「そういうヨナは?」

「わたしは――人類の英知の結晶を追い求めて思考の海に飛び込んだりしてる」

「つまり魔法について考えてる、ってこと?」

「…………」

「図星かぁ」

「いや……だって……」


 魔法以外することがないだの、日ごろから鍛錬を欠かしていないだけだの、そんな言い訳じみたことをヨナは言う。

 そこまで必死に言い訳をするかのような言動をされると、なんだか僕まで言い訳をしなくちゃいけないような気持ちになるからやめてほしい。

 ……まぁ、宮廷魔法師になるような人は、魔法自体が趣味みたいな人間ばかりなのだろう。きっとそうだ。

 逆にそれくらい魔法一つに打ち込まないと宮廷魔法師にはなれないのだ。

 などと心の中で他に趣味がない自分に言い訳をしていると、ヨナが「そういえば」と話題を変えた。


「今日『宝石の勇者』の絵本読んでてふと思ったんだけど、キノアの特殊魔法って宝石みたい」

「あー、たしかに」

「もしかしてキノアって、宝石の勇者の子孫とか、そういうの――」

「いや、それはないかな。宝石の勇者の子は一人だけで、その人は結婚もしてないし子どももいないそうだから」


 とある人の顔を浮かべながらそう言うと、向かいに座るヨナは怪訝そうな顔をした。


「……なんでそんなこと知ってるの?」

「いろいろ複雑な事情があるんだよ」


 別に言っても困らないことだが、説明するのも大変だし信じてもらえるかも微妙なところなのでまだ言わないでおく。

 そのうち説明する必要が出てくるかもしれないが、まだその時ではない。

 説明することが多すぎてどこから話せばいいかわからない、というのが一番の理由だが。


「いろいろって……」


 さらに僕を問いただそうとするヨナだが、答える気がないのがわかったのか「はぁ」と溜息を吐いてそれ以上は何も言わなかった。

 話題が思いつかなかったので黙々と食べ進めていると、一人の大柄な騎士の男が歩いてきて僕の横で止まる。

 ジィっと僕を見下ろしてくるので何だろうと思って見つめ返すと、男が口を開いた。


「客員宮廷魔法師のキノア・フォルクスだな?

 シファ公爵家当主様がお呼びだ」


 ふむ。当主ということはシファ様の父か。僕を呼ぶということは、あの魔物関連で何かわかったのかもしれない。

 残っていた食事を一気に食べると、手早く口元を拭って席を立つ。公爵家に行くならちゃんとしたローブを羽織らなければいけないので、ちょっと準備に時間がかかる。


「わ、わたしもいく」

「いや、いいよ。もう夜だし、たぶん二人もいらない用事だからさ。ゆっくり食べてなよ」


 僕は席を立つと、迎えの騎士に一言断ってから執務室に戻る。

 儀礼用のちゃんとしたローブを羽織ると、騎士の男と合流して公爵家の屋敷まで案内してもらう。

 馬車に乗り王城を出て向かったのは、貴族街と呼ばれる屋敷が並んだ地区で、王城から近いこともあってか貴族の屋敷が立ち並んでいる。

 大きな屋敷が立ち並ぶ中でも一際大きい屋敷がシファ公爵家のものらしく、立派な門を抜けた先にはしっかりと整備された庭園が広がっていた。

 庭園を馬車で通り抜け、屋敷の前で降りる。

 騎士の男に続いて屋敷の中に入ると、高価そうな美術品がいくつも飾られたエントランスで数人の使用人が僕を出迎えた。

 応接室に通され、触ったことすらないような高級なソファーに落ち着かない気持ちで座る。

 出された紅茶を飲みながら数分待っていると、ドアが開けられて金髪の四十代ほどの男が入ってきた。

 何度か式典で顔を見たことがある。彼が公爵家当主その人だ。


「ああ、こんな時間に呼び出してすまないな」

「仕事ですから大丈夫です」


 僕の向かいのソファーに座った公爵家当主。一見するとただのおじさんのように見えるが、よく見れば身のこなしには隙が無く、その目は僕のことをじっくりと観察している。

 観察されるのはどうもむずがゆい気分になるので得意ではないが、わざわざ注意するのも問題になりそうなので何も言わないでおく。


「初めまして。私が公爵家当主のオウゲスト・シファだ。よろしく」

「客員宮廷魔法師のキノア・フォルクスです」


 とりあえずそう挨拶を交わして、相手の出方を窺う。

 しばらくの気まずい沈黙の後、オウゲストさんが口を開いた。


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