4.宮廷魔法師になった朝(3)



「戦ってみようか?」


 そう言われたボクが連れていかれたのは、王宮のすぐ隣に建てられた騎士団の訓練場。

 あらかじめアポを取っていたらしく、キノアさんが入ると自然と騎士団の人がスペースを作ってくれた。その中には、今日から騎士団に配属されたのだろう、つい先日までクラスメートだった人の姿もあった。

 キノアさんは靴紐を結びなおしながら、これから何をするのかの説明をしてくれる。


「これから、二対一で模擬戦をしてもらおうかなって思ってるんだ。ほら、この前はたくさん人がいたから、そっちも僕の戦い方いまいちわかってないでしょ?」

「待って、二対一ってことは、わたしも?」

「うん。ついでにヨナとも模擬戦してみたいし――って、言ってなかった?」

「模擬戦するとは言ってたけど、てっきりわたしがファリアと戦うのかと」


 うん、ボクもヨナと戦うのかと思ってた。

 うーん、ヨナ相手なら前に一度だけ一緒に戦ったことあるから対策が立てやすいけど――キノアさんだとそうもいかない。『評価』の時に戦ったけど、ぶっちゃけ強すぎて理解できなかったし。


「ま、もう合格は決まってるわけだし、戦闘スタイルとかちゃんと見てどう指導しようか考えるだけだから、気負わず行こう」


 キノアさんはそう言うと、いつの間にか横に立っていた黒髪の男性の方に視線を向ける。


「で、なんでワタルはそこにいるの?」

「お前が訓練場使いたいって言うの珍しいから来てみた。何、模擬戦すんの?」


 ワタル……珍しい名前だ。それに、黒い髪。間違いなく、この国で召喚された勇者様だろう。

 勇者様と親しい間柄だなんて、流石『紺色の霧』のメンバーと言うべきか。


「うん、やるけど……あ、ワタルもいっしょにやる? そっち三人対僕一人。久しぶりに全力出してみない?」


 ざわ――


 キノアさんがそう提案した瞬間、話を聞いていたのであろう騎士団の人たちからざわめきが上がる。

 それも当然だ。『勇者』に対して稽古をつけるなんて言い方、キノアさんが『消滅』だと知らない人からすれば舐めすぎと言われても仕方がないのだから。

 ボクも、流石にそれは舐めすぎじゃないかと思うのだが――ヨナも勇者様も特に驚いている様子もないし、実際にそれくらいのハンデがあってもいいと認めているのだろう。

 だったらボクは精一杯それについていくだけだ。


「んー……久しぶりにやっか」


 周りを少し見渡してからワタルはそう言うと、キノアは待ってましたとばかりに頷いて、腰から短剣を一本抜くとそれを地面に突き刺す。

 すると、それを起点に結界が構築され、僕たちと周りの騎士団の人たちを分ける障壁となる。


「よし、これでたいていの魔法が当たっても周りに被害はでないよ。もしこの結界が壊れたら終わりにしようか」

「相変わらず魔法の構築速いなお前」

「マスターのほうが圧倒的に早いよ。

 まぁ、模擬戦だからあんまりルールは決めないけど――そっちが三人で僕一人。降伏は自主申告制で、どっちかの陣営が全滅したら終わり。

 それでいい?」

「うん、わたしはいい」

「オレもいいぜ」

「ボ、ボクもいいです」

「じゃあ、作戦会議の時間――いる?」


 キノアがそう尋ねてきたので、ボクは視線をヨナの方に向けた。こういう時には一番キノアに詳しそうなヨナに判断を預けるのがいいだろう。

 そのヨナは一度勇者様とボクの顔を見て――首を横に振る。


「いらない。模擬戦だし、実際に戦ってみたほうが早い」

「わかった。じゃあ、このコインが床に落ちたら開始ね」


 キノアはそう言って、ボクたちの顔を順番に見る。

 全員が頷いたのを確認して、キノアは「じゃあ、行くよ」と言いコインを指で弾いた。

 くるくると回るコインは、一瞬の間があってから地面に落ち――


 ――空気が、震えた。


 その振動の原因が勢いよく地面を蹴った勇者様のせいだと気が付くのに、ボクは少しの時間を要したものの、すぐに気を取り直して魔法の準備をする。

 今は勇者様が前衛でキノアさんの足止めをしてくれているから、魔法に集中できる。


「〈炎よ、我が命に従い敵を貫け 火炎の一閃〉」


 ヨナが無詠唱で飛ばしている氷の礫に干渉しないように気を付けながら、キノアを狙う。

 ちょうど勇者が空に投げ飛ばされたタイミングだったのでフレンドリーファイアを気にしないで済んだのは幸いだった。動き回る前衛の間を縫って魔法を当てるのは難しいからだ。

 押し寄せる魔法に対し、キノアさんは視線を向けると、結界を何重にも構築してそれらを防ぐ。

 一点に出力を集中させたことで貫通力を上げた魔法だったが、複数枚の結界を貫通しきるだけの火力はなく、キノアさんに届くことはなかった。

 と、ボクが魔法の効果を認識するのと同時に、キノアさんは何も魔法が飛んできていなかった上の方にも視線を向け、氷の礫を飛ばす。

 ガシャンと氷同士がぶつかる音がして、キノアさんの飛ばした氷の礫がひとりでに砕ける。

 いや、あれはヨナの特殊属性の効果で不可視にした魔法か。視認できる礫をおとりにして、本命の魔法を当てようとしたいたようだが――それを、キノアさんはどういうわけか察知して相殺したようだ。

 視えない魔法の対策何てボクには全方向に結界を構築するくらいしか思いつかないが――やはり、キノアさんは別格なのだろう。


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