5.ちょっと調子に乗ったかもしれない
模擬戦をする上で、僕が一番警戒していたのは二人の特殊属性だ。
ワタルに関しては純粋な戦闘能力は高いがトリッキーなことはしてこないのであまり警戒はしていないが、問題なのはヨナの不可視の魔法と、ファリアさんの魔眼の力だ。
どちらも常に結界を構築していれば耐えられるとはいえ、それぞれ構築する結界の種類が異なるので常に構築しっぱなしというわけにはいかない。
普通の魔法師は魔法の起点に自分しか設定できないのに対し、魔眼を持つファリアさんは相手の近くを起点に魔法を放つことができる。だが、その魔法の起点は視線の先でなおかつ阻むものがない場所に限られるので、薄い障壁でも構築しておけば、皮膚を起点に魔法を撃たれるということはなくなる。薄い障壁ではその魔法の効果で壊れてしまうが、魔眼の効果で発動した魔法は総じて威力が低くなる傾向にあるため、障壁が壊れてから対応してもどうにかなるだろう。
問題は、一撃が十分な威力を持っているヨナのほうだ。
障壁を常に構築しておいて壊れたら反応する、というのはヨナの魔法の威力から考えて現実的ではない。常に障壁を構築するにはそれなりに体から近い場所である必要があるが、ヨナの魔法に対応する威力の魔法を作ろうと思うと、体に近い位置の障壁が割られてからでは間に合わない。
だから、僕は障壁ではない雷属性を持たせた魔力の膜を十分離れた位置に用意することにした。魔力を硬化させる必要がある障壁に比べて、うっすらと雷属性を纏わせただけの魔力の膜は負担が少ないので常時展開も不可能ではないし、『伝える』という性質を持つ雷属性を纏わせることで、ほぼラグなしに魔法の情報を得ることができる。
デメリットといえば、雷の膜には実体がないのでファリアさんの魔眼を防げないことと――
「同時に複数処理はやっぱりきっつい……」
ワタルの剣を、地と闇の混合魔法で作った剣で弾きながら僕はそうぼやく。
うーん、調子に乗ってワタルまで戦わせたのは失敗だったか。
こうしている間にも僕は、剣を維持する処理、体の表面に薄い結界を構築する処理、雷を纏わせた魔力の膜を維持する処理、ヨナとファリアさんの魔法に対する処理、フィールドの外に魔法の被害が行かないようにするための処理(この処理だけは短剣に刻み込んだ魔法式が大体をしてくれているのでそこまで負担はないけど)を同時に行っているうえに、魔法以外にもワタルの剣を受け止めるために体を動かす必要に駆られている。
――いや、これはキツイ。複数魔法の並列処理は散々練習させられたけど、得意じゃない地属性と雷属性を使っているというのが余計にキツさを増している。
「どうしたキノア! いつものキレが足りねえぞ!?」
「こちとら何重に魔法使ってると思ってるんだ――よっ!」
ワタルの剣を右に動いて躱しつつ、背後から迫ってくるヨナの雷魔法を地面に受け流すために、水の膜で防御する。
まだ魔眼を使ってこないファリアさんを訝しみつつ、そちらの放ってくる火魔法への警戒は怠らない。
これが模擬戦じゃなければワタルをさっさと倒して魔法を撃ってくる二人との距離を詰めて倒しに行くのだが、模擬戦でワタルを圧倒するような火力の魔法を撃つとうっかり殺しかねない。
……うん、ワタルを入れたのは流石に調子に乗りすぎた――っ!?
ワタルの剣を受け止めつつ、雷の膜に引っかかった魔法じゃない物体――ヨナの体に対応するために、慌ててワタルと押し合っていた剣を離してバックステップをする。
一瞬前まで僕がいたところをヨナの短剣が通り過ぎ、その黄色の目が僕の方を向いた瞬間――慌てて、光を混ぜた氷魔法でヨナと僕の間に壁を作った。
受けた衝撃の一部を光に変換することで壊れにくくしたその即席の壁は、ヨナの放った不可視の魔法と、ファリアさんの炎魔法を辛うじて防いでくれる。
――しかも、今の炎魔法は魔眼を使ったものだった。ここで使ってくるとは、見事な連携。というか、ワタルよりもヨナのほうが戦闘慣れしてるのでは? わざと自分が近づいて短剣を振るうことでこちらに回避をさせて、その隙に用意しておいた不可視の魔法と魔眼の炎魔法で詰める。これ、ただ無計画に斬りかかってきたワタルなんかよりよっぽど上手い。
と、そう思っていたところ、壊れる寸前だった氷の壁を引き裂いて、ワタルが姿を現した。
振りぬいた剣をそのまま返し、下から振り上げるように僕を斬ろうとしてくるワタル。氷の壁に光属性を纏わせたことが仇となって、向こうの様子が見えず完全に不意を突かれた。
しかも、剣には風属性も纏わせてあるので見える刀身よりも実際にダメージを与える効果範囲は広いと見た。
だったら、僕の取る手段は回避一択。まだ氷の壁に炎が残ってるのを見て、魔眼の再使用までは時間がかかると判断して表面に纏わせていた結界は解除する。そして、ヨナに内側に入られてしまった以上意味を為さなくなった雷の膜を解除する。
結界が一つ消えた分余裕ができた脳で、今度は足元を起点に土魔法を使う。僕の靴を押し上げるように生成された土の柱は、僕の体を宙に打ち上げた。
そのまま距離を置いてもよかったのだが、せっかくなのでくるりと空中で前転して、ワタルの上を通過し、僕を目で追っていたヨナに向かってかかと落としを食らわせる。
ヨナは咄嗟に地面を転がることでそれを回避し、僕から距離を置こうとしたが、中途半端に距離を置かれるとヨナの魔法が怖いので、氷で短剣を生み出してヨナに斬りかかる。
ワタルを一瞬でも足止めできればと、ワタルに斬られた氷の壁を修復しておき、ファリアさんが魔眼を撃ってこないように牽制で岩の礫を放っておく。
やはりヨナも相当な身体強化の使い手だったようで、『夜霧』が発動しないすれすれの身体強化を施している僕の短剣をたまに掠らせながらも、決定的な一撃を防いでいく。
できればここでヨナを脱落させておきたかったが、ワタルが氷の壁を再び斬ったのがわかったので、ワタルに対処すべくヨナから距離を取って、ついでにワタルを牽制するために持っていた氷の短剣を投げつける。
咄嗟に短剣を弾いたワタルからも距離を取り、二度も斬られた氷の壁は用済みなので解除しておく。
ファリアが追い打ちをかけるように魔眼を放ってきたが、再び構築しなおしていた薄い結界に阻まれてその熱は僕に届かない。
だが、このままではまた最初の複数処理を強制させる展開の焼き直しになる。
だから、ここから先は僕のターン。
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