3.宮廷魔法師になった朝(2)
そうだ、学園で思い出した。キノアさんが担当だと言うなら聞いておきたいことがあったんだ。
「ねぇ、キノアさんって何者なの? あんなに強かったんだから、並みの魔法使いじゃないのはわかるけど、ボク聞いても知らない人だったから」
「たしかに、キノアの異名は広まってても名前はあんまりか。わたしも言われるまでわからなかったし。
キノアは厳密に言うと宮廷魔法師じゃなくて、客員宮廷魔法師。本来の所属は国じゃない」
「あー、だからか。で、異名あるんでしょ? なんて人なの?」
「『紺色の霧』所属の『消滅』って言ったらわかる?」
「いやいやいやいや、わかるも何も、超有名人だからね!?」
『紺色の霧』所属というだけで有名人なのだから、当然『消滅』の異名についても広まっているし、子どもだって知っている。
あまり露出が多い人ではないので名前までは知らなかったが――その偉業は流石としか言えないものばかりだ。
他の『紺色の霧』のメンバーと同じく単独で龍を狩ったとか、全属性の魔法を使えるとか、触れたものを消滅させるとか、普通なら笑われて終わりになりそうな内容ばかりなのだが、それが世界的に認められている以上、そこまでではなくてもそう言われるくらいのチカラはあるのだろうし――ボクが『評価』で戦ったとき感じた強さからするに、あながち間違っているとも思えなかった。
「というか、そんな人がどうしてボクの担当になってくれるの……?」
「それはわたしもちょっと不思議。わたしが一緒に仕事をしたいって言った時にはあれだけ嫌がったのに――どうして――」
なんの話かよくわからないが、地雷を踏んでしまったのか、隣のヨナからどす黒いオーラが出てくる。
そ、そうだ! なんとかして話題を変えなきゃ!
「ぼ、ボクが住む部屋って物どれくらい揃ってるの?」
「必要そうなものは昨日揃えておいた。でも、漏れがあるかもしれないからそれは今日顔合わせとかいろいろ終わってから買いに行ってね」
「部屋ってどれくらい広いの? 風呂はある?」
「小さい風呂ならあるけど、大きいのは大浴場がある。トイレはちゃんと部屋ごとに着いてるし、ベッドも置いてある。部屋のモノが気に入らなかったら自分で買い替えてもいい」
「そんなに充実してるんだ。てっきり、もっと質素な感じでトイレも共用なのかと」
「んー、それだけ期待されてるってことだと思う。この国で個人での最高戦力は宮廷魔法師になるから、待遇悪くして逃げられても困るんじゃない?」
「ボクそんなに強くないけど――」
「今はそうかもしれないけど、その魔眼はもっと伸びるはずだってキノアが言ってたから、きっとすぐ強くなる――って、言ってる間に着いたね」
馬車が止まって、ヨナが馬車を降りるのに続いてボクも馬車を降りる。
城門でヨナが宮廷魔法師の証を見せて、ボクを伴って城の中に入った。
十分ほどだろうか。階段をいくつか昇ったりしながら辿り着いたのは、等間隔に扉が置いてあるエリア。
ヨナはポケットから鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んでガチャリと開ける。
「ここがファリアの部屋」
「……広い」
「でしょ? でも物は少ないから、時間ある時に増やしたほうがいいよ」
「うん、そうする」
ボクが想像していたよりもかなり広い部屋に、思わず言葉を失う。ちょっとしたスポーツならできそうな広さのある部屋には、幾つかの箪笥とテーブル、椅子、照明やベッドなど、必要最低限のモノしかなく、かなり寂しく感じた。
「部屋広いから、武器の素振りの練習とかもできて便利。
荷物は適当に置いておいて。今からキノアのところに行っていろいろするから。
――あ、そのローブの下動きやすい服?」
「うん。戦闘ができる服で来たよ」
「ならよし。これこの部屋の鍵ね」
そう言って鍵を渡してくるヨナ。
「武器あるなら持ってきて」と言って、ヨナは部屋から出てしまう。
ボクは慌てて鞄に括りつけていた剣を腰に下げて、部屋を出て鍵を閉める。
ドアのすぐそこで待っていてくれたヨナは、僕を伴って隣のドア――といってもかなり距離が空いている――のところまで行き、ノックをしてから中に入った。
僕もそれに続いて中に入ると――中の光景にぎょっとした。
部屋の隅に積みあがった壊れた何かの部品や家具らしきものたちがまず目に入る。そのまま視線をずらすと、高くて柔らかそうなソファーが向かい合わせに置いてあり、その真ん中にはローテーブルが置いてある。さらに視線を移動させるとこれまた物の良さそうな机が置いてあり、上には書類がいくつか並べられている。
壁は一面が本棚になっているが、中に入っている本は所々不自然な間隔をあけて置かれていたり、傷がついていたり、本棚なのに本じゃなくて魔法具が入っていたりと、明らかに異質な部屋だった。
部屋の隅のベッドもあることを見ると、ここでキノアさんが寝泊まりしているのだろう。
「『評価』以来だね、ファリアさん。
改めて自己紹介すると、僕は客員宮廷魔法師のキノア・フォルクス。
あ、敬語はいらないよ?」
「う、うん。ボクはファリア・ソーレ。よろしくお願いします」
「うん、よろしく。じゃあ、早速だけど――これをあげよう」
そう言ってキノアが差しだしてきたのは、独特の模様が刻まれた懐中時計。これは――
「これは宮廷魔法師であることを示す懐中時計。いつもなら王から直接受け取るんだけど、いろいろあって厳しくて。無くさないでね?」
「はい! 大事にします!」
「敬語はいらないんだけど――まぁ、ゆっくり慣れていけばいいか」
キノアさんはそう言うと、椅子にかかっていたローブを羽織って、腰に短剣を差す。
何をするのだろうと不思議に思っていると、キノアさんはいい笑顔を浮かべてこう言った。
「じゃあまず――戦ってみようか?」
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