19.謝って済むならなんとやら



「っと、森の中から魔物が来てる。数は二」


 僕がそう言うとワタルは剣を抜いて構える。

 まだワタルの索敵圏内に入ってきてないのだろうが、もうすぐわかるだろう。なかなかのスピードでこちらに迫ってきている。

 ワタルのほうは勝手にどうにかするだろう。問題はシファ様のほうだ。

 今から避難してもらう時間はないので、身体強化を使って急いでシファ様のもとへ向かうと、彼女と護衛を守るように結界を構築する。

 それを不思議そうに見ていたヨナだったが、ヨナの索敵圏内に入ったのだろう。彼女は腰から短剣を抜くと、あたりを警戒するように目つきを鋭くした。


「森の中から二体来るね。魔力量的に……まぁ苦戦はしないでしょ」

「その割には公爵家さまを守ってるじゃん」

「何かあって責任取る羽目になったらヤダ」

「たしかに」


 そんな軽口を言い合っていると、木がガサっと揺れて魔物が姿を現した。

 出てきたのは『ブルーベリースネーク』というやつが二体。ブルーベリースネークというのは蛇のような形をした魔物で、頭についているコブの色がブルーベリーに似ていることから名づけられた。

 頭のコブが猛毒を溜める器官になっていて、そこが割れるとあたり一帯に毒が撒かれる。その毒は触るだけで様々なものを溶かしてしまうほどのものなので割らないように注意しながら戦うか、割れてもいいように防御しながら戦うのが定石だ。基本的に魔法はほとんど使わない種なので討伐の難易度は高くない。

 僕は索敵魔法の範囲を絞ってブルーベリースネークの動きに注目する。


「じゃあ、ヨナとワタルが攻め担当ね。あいつは頭を割ると――」

「よっと」


 僕が指示を出そうとした瞬間、ワタルが身体強化を併用した跳躍でブルーベリースネークに近寄り、その頭を真っ二つにした。

 まき散らされる猛毒からワタルを守るために慌てて結界をワタルの周囲に構築して毒液を防ぐ。


「ちょっと!」

「こいつ毒持ってたのかよ! 先に言ってくれ! 危ないだろうが!」

「言おうとしてたら突っ込んでったよね!?」

「あ、そうだったのか。悪い」

「キノア、こいつはパリムゾンの時もそうだった。何度周りがフォローしたことか……」


 ああ、その様子が鮮明に浮かび上がる。

 ワタルは遠距離魔法も撃てるくせに、特殊魔法が近距離向けの『身に着けている武器や服を不壊にする』というものだから真っ先に突っ込んでいってしまうのだ。

 たしかにこいつの性格を考慮して攻撃的なスタイルの戦闘を教えたけどさ……考えずに動けとは言ってない。

 これはあとで教育が必要かもしれないな。


「はぁ。じゃあ後一体ヨナよろしく」


 ワタルに襲い掛かっているブルーベリースネークを指さしながらそう言う。


「わかった」


 ヨナはそう言うと短剣の切っ先をブルーベリースネークに向けて魔法を放つ。

 不可視の魔法が空気を裂いて進み、見事ブルーベリースネークの顎の下に命中して頭を胴体と切り離した。

 やはり見えないというのはなかなかに強い。魔力を検知する以外に魔法を認識する方法がないから気が付いたら死んでた、なんてことが容易に起こる。

 そして――想像以上に魔法の練度が高い。知識があって勇者パーティーに選ばれるくらいの実力があるのは知っていたが、想像以上に効率的な魔法だった。

 魔法の準備の時間は短かったし、威力や狙いも申し分ない。

 ……これ、もっと訓練すれば近いうちにマスターが気に入るくらいの実力にはなるかも。機会があったら話してみてもいいかもしれない。


「うん、お疲れさま」

「余裕」

「あはは、だろうね。さて――」


 短剣を鞘に戻したヨナにねぎらいの言葉をかけると、視線をこちらに近づいてくるワタルに向ける。


「いやぁ、やっぱりヨナの魔法は強いな。お前がいなきゃパリムゾンも厳しかったかも――痛っ!!」


 ヘラヘラと笑うワタルの頭を叩く。そこまで強く叩いたつもりはないのだが、油断してたから痛く感じたのだろう。

 頭を押させるワタルだが、僕は気にせずにワタルに向かって説教を始める。


「あのね、先制攻撃っていうのは準備されたうえでやるから意味があるの。分かってる?」

「い、いやな、あの魔物油断してたから――」

「あのね、魔物の中には物理で倒すと分裂して増えるようなやつもいるんだよ? 斬ればいいってものじゃない――って、前に教えたよね?

 今回はフォローできたからいいけど、本来なら君が周りをフォローする立場なんだからね?」

「まったくもってその通りです。申し訳ございませんでした」


 正座をして頭を下げるワタル。

 反省はしているようだし、危ない目を負ったということで危機感も出ただろう。説教はこの辺にしてやる。

 さて、あとはあの魔物の死体を処理して――


「キノア様、もうこの結界いらないですわよね?」

「あ、すいません。忘れてました。今解きます――」


 結界を解くのを失念していた僕が声に導かれるまま後ろを振り返ると、反射的に僕は結界に加える魔力を倍増させる。

 次の瞬間金属同士がぶつかるような音が響き、空気が揺れた。



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