一章「新たな仕事仲間」

1.僕の執務室のはずなんだけど


「ふぅん、なるほど。そんな経緯があったのね」

「僕に聞いてきたくせに興味なさげな反応するのはやめてほしいですね」


 勝手に僕の執務室に入り込んでお茶を飲む少女に精一杯責める視線を向けるものの、彼女は我関せずといった態度を崩さない。

 彼女がいると重要な書類とかの処理ができないから来ないでほしいのだけれど、公爵家の令嬢様が来るのを追い返すわけにもいかないので困っている。

 金色の長い髪を編みこみ優雅にお茶を飲むその姿は、整理の「せ」の字もないほど散らかっている僕の執務室じゃなかったら相当美しいものだっただろう。本当ならばこんな場所に来るような人ではないのだが、追い返すこともできないので困っている。

 勝手にこんなところに来て怪我でもしたらどうするのだろうか。そうなったらきっと僕が責任を負う羽目になるのだろう。そんなのは御免だ。


「というか、シファ様いつまでこんなところに居るんですか? 今日は『銀弦の勇者』一行の功績を称えた式典に出席しなくちゃいけないんでしょう? そろそろ準備されたほうがよろしいのでは?」

「そういうキノア様も今日は式典があるわよね?」

「僕はローブ羽織るだけで終わるから」

「寝癖ついてるわよ?」

「別に僕の容姿はどうだっていいんですよ。誰も気にしません」


 僕の容姿はいたって普通……だと思う。

 物心ついた時からずっと親代わりの人たち以外ととはほぼ関わらない生活を送ってきたので、普通の基準がいまいちわからない。親代わりの人たちがみんな容姿が優れている人たちばっかりだったので、自分がどうなのか判断がしにくいというのもある。


「何をいってるの? みんなキノア様に興味があるわ。城の女性たちが話しているのを前聞いたもの」

「その興味というのはどちらかというと悪いほうの興味だと思いますよ。一年前に急にこの国に来て、何か知らないけど王宮に部屋をもらって引きこもりながらよくわからないことをしてる僕が気になるんです。妬んでるとか下に見てるといったほうが正確かもしれませんけど」

「自己評価が相変わらずですわね……まぁ、いくら言っても無駄でしょうしこれ以上はやめておくわ。そろそろ準備があるから行くわね」

「もう来なくていいですよ」

「あら辛辣ね。また来るわ」


 そうウインクしながら去っていく公爵家令嬢。本当にもう来なくていいのだけれど、毎回毎回冗談だと捉えられてしまうようで困っている。出禁にしたいくらいだが相手に権力とコネがあるだけに難しい話だ。クビにはならないだろうが、待遇が悪くなっても困る。

 いくら僕が他国の冒険者クランから派遣されてきた立場だとしても――いや、だからこそ余計に貴族との争いは避けねばならない。

 僕は先程は出せなかった重要な研究資料を鍵付きの引き出しから取り出し、昨日見つけた資料と比較して何か新たな発見ができないものかと考える。もっと効率的にできる気がするのだけれど、どうも閃かない。

 一時間ほど格闘してもダメだったので諦めて儀礼用のローブを羽織り式典の準備をする。

 このローブは飾りがついていて重いのでなるべく羽織りたくないが、流石にラフな格好で式典に参列したら何を言われるかわからないので仕方ない。

 そういえばマスター・・・・も堅苦しい服を着るのを嫌がっていたので、血は繋がっていなくても一緒に育っていると似てくるものなのだなと一人苦笑する。

 儀礼用の短剣を腰に差して一度鏡で軽く確認した後、研修室を出て明るい廊下を歩く。

 周りには同じく式典に参列するであろう魔法使いたちが同じ方向に向かって歩いていて、いつもは慌ただしかったり実験の失敗からか爆発音が響いたりしている廊下とは思えないほど和やかなムードだ。

 周りの魔法使いが雑談したりしている中を、僕は一人で歩いて式典の会場に向かう。

 決して僕がボッチというわけではない。ただ僕と一緒に仕事をしているしている魔法使いが他にいないだけだ。

 断じて、ボッチではない。


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