9.文化の違いってあるよね
「う、うん……だ、大丈夫」
「ならいいんだけど……ごめんね、冗談だったんだ」
「……一瞬本気にしちゃった」
「ごめんて。だけど、別にフードつけっぱなしでいる必要もないと思うよ? かわいい顔隠すのももったいないし、猫耳だって隠す必要ないしね」
「な、な、なんで知って――」
「猫の獣人だってこと? 昨日の夜運んだ時フード外れちゃったんだ」
「そ、そう……」
そう言って少し俯き加減になるヨナ。
どうかしたのかと疑問に思うが、あまり踏み込むのもよくないので、ヨナが何かを言うのを待ちながら朝食を食べ進める。
「……いやになった?」
「え?」
「獣人だって知って、わたしのこと嫌いになった?」
「ごめん、意味わかんないんだけど」
獣人だからといって嫌いになる理由はないし、どうしてそう思ったのだろうか。
ヨナに知識があるのは昨日わかったことだし、実際使えるかどうかはあとになってみないとわからないから、現段階で嫌う要素がない。
しかしヨナは本気で言っているようだし――わけがわからないとしか。
「獣人だからって嫌う理由なんてないじゃん。種族なんて大した差じゃないよ」
「でも――獣人は魔法苦手な人が多いから……」
ああ、そういうことか。
たしかに獣人は人間に比べて比較的魔法が苦手なことが多い。
ただ、あくまでもその傾向があるだけで、獣人でも魔法がめちゃくちゃ強い人もいるし気にすることではない――と思うのだが、この国では少なからず獣人の魔法使いを下に見る傾向があると聞いたことがある。
その辺は精一杯よく言えばお国柄というやつだろうか。悪い言い方だと差別意識があるともいえる。
「たしかにそうかもしれないけどただの傾向だし、僕は気にしないよ。なんで気にすると思ったの?」
「キノアは基本的に実力主義って聞いたから、そういうの気にするかなって」
言われた通り、たしかに僕は実力主義的な一面がある。
というかその辺は育ての親の考え方が移った、というのが正確な気がしてならない。
別に無関係の他人の実力なんてどうでもいいのだが、自分と一緒に行動するからには真っ先に実力や知識を要求する。
それで差別するとかそういうことはないのだが、初対面のとき、ヨナの知識を確認した直後からいきなり態度を軟化させたのが印象的だったのかもしれない。
あれは自分でも少し露骨な手のひら返しだったと反省している。
「あの魔法陣がわかる知識があるなら気にしないよ。それに、実力を大事にするからこそ種族を気にしない、っていうのもあるかな。
あと、母国じゃ獣人の魔法使いがどうこうっていう発想がなかったんだよね」
「母国って……イナナス王国のこと?」
「うん、そうだよ。基本的にレーツェルかイナナスかどっちかにいたかな」
イナナス王国はここドランツ王国の南西にある国で、『世界の中心』と呼ばれることがあるほど様々な面で先進的だ。様々な国があるものの、ここ二百年以上一度も直接的に戦火を交えていない国はここしかない。そのため様々な文化がここを中心に発展している。
そしてレーツェルとは正式名称を『レーツェル=メノウ自治領』と言い、十七年前の魔族との戦争で英雄となったメル・メノウが手に入れた領土である。
その領土の大半は湖や山などの自然でできており、人口は少ないものの、対魔族の防衛上重要な拠点となっている。
「そういえば、なんで僕がイナナスにいたの知ってるの?」
「あ、え、えっと……ゆ、勇者に聞いた」
「あー、そっか。ワタルは知ってるか」
よくよく考えれば僕がこの国に派遣された経緯を知ってる人なら、僕がイナナスから来たことも知っているはずだ。
当たり前の話だった。
心の中で納得しながら、僕はパクパクと朝食を食べ進める。
ヨナもそれを見て食べ始め、しばらく静かな時間が流れた。
周りからチラチラという視線も感じるが無理もない。
最年少の宮廷魔法師が二人ここにいるのだがら、そりゃあ注目も集めるだろう。
ヨナはフード越しでもわかるほどかわいい顔をしているし、それも注目を集める要因となっている。
「ごちそうさま。どうだった?」
「うん、美味しかった。昨日何も食べずに寝ちゃったからお腹空いてたし」
「ちゃんとご飯は食べなきゃだめだよ。集中力が落ちて魔法の効率が下がるから」
「善処する」
善処するって――まぁ、僕もたまに魔法の開発に夢中で食べるの忘れることあるからあまり人のことは言えないか。
「じゃあそろそろ行こうか」
「どこに?」
「ヨナの部屋の鍵を貰いに管理課のほうに行くんだよ。準備されてるはずだからね」
まぁ、準備されてなくても準備させるんだけどね。
明日は外せない仕事が入ってるから、今日中にヨナの部屋と家具の調達はしてしまいたい。
僕とヨナは席を立つと、食器を専用のスペースに戻して一緒に管理科に行ったのだった。
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