33.忘れることもあるよね


「あ、やば」

「どうしたの?」

「昨日せっかくエルナさん来たのに、靄の魔物の話するの忘れてた……」


 急にエルナさんとヨナのバトルが始まったせいで、頭から抜け落ちてしまっていた。

 ……あれはエルナさんが悪い。いつものじゃれ合う感じで僕に魔法を飛ばしてきたのだろうが、クランメンバー以外ヨナが居るところでそんなことをしたら、そりゃあ勘違いされるに決まっている。それも含めての遊びだったのかもしれないけど。


「あー……次はいつ来るの?」

「たぶん一か月後くらいかな。大体それくらいの間隔で様子見にくるんだよ」

「じゃあ、その時に聞いてみたら? 手紙出すって手もあるけど」

「……僕が手紙出しても、謎の不運で届かない可能性あるし、大人しく待つことにする」

「あー……不運なんだっけ?」

「うん。ヨナも僕と一緒にいたらいつか実感する日が来るよ」

「クリスタルモグラの件でだいぶわかったけど」


 そんな風に話しながら街を散策していると、ふと後ろに人の気配を感じた。

 人が多いので人の気配がするのは当然なので気にしていなかったが、どうもこちらの様子を窺っている気配がある。

 向こうが気付かないように光魔法を使って後ろを見てみると、どこかで見覚えのある人が僕とヨナの後を着いてきていた。

 一瞬放置しようかとも思ったのだが、向こうが距離を詰めてきたので、先に仕掛けることにする。


「何か用事ですか?」


 真後ろに来たタイミングでそう言うと、相手の体がびくりと震えるのがわかった。

 ヨナも気が付いたようで後ろを振り向くと、「あ」と声を漏らす。


「フェルナンド。どうしてここに?」

「いやぁ、ヨナが男連れてるのが珍しくて――つい」


 フェルナンドと呼ばれた男性は、その筋肉質な手を頭の後ろに回して、茶目っ気たっぷりにそう言う。

 どこかで見たと思ったら、勇者パーティーの斥候役の騎士の男だ。式典の時には鎧を着ていたから、私服だと気が付かなかった。


「……それでわたしたちの後を追ってきたの?」

「い、いや、別にそう言うわけじゃないんだ! ただ、俺はそこの騎士団の訓練場に用があっただけで、たまたまだよたまたま」


 犯罪者を見るような目をしたヨナにそう弁明するフェルナンド。

 騎士団の中でもかなり偉い地位にいるはずなのだが、全くそんな感じがしない。むしろ、下っ端感が半端ないくらいだ。


「ああ、そういえば訓練場ってこのエリアだったっけ。私服ってことは今日非番なんでしょ? なんで訓練場に?」

「自主トレだよ。体が鈍っちまうからな。鎧着けてまではしないが、軽くやっとこうかと思ってよ。あ、ヨナとキノアさんもやるか?」


 チラリと僕を見ながらそう言うフェルナンド。

 何故僕の名前を知っているのか一瞬疑問に思ったものの、式典で僕のことを見たのだろうということに思い至り、尋ねるのをやめた。

 

 今日は戦闘用の服でもないし、そこまで戦いたい気分でもない。ただ、ヨナと一度手合わせしてみたい、という気はする。

 お互いの実力を知らないままというのも少し不便だ。

 まぁ、今日は誘われて街に来ているし判断はヨナに任せよう。


「うーん……やめとく。戦闘できる服じゃないし」


 ヨナはいつもよりも動きにくそうなデザインのローブをつまんでそう言う。

 たしかに、その服で動くのは少し厳しいだろう。ローブの下に穿いているスカートもいつもより短い気がするし。


「そうか。それなら仕方ないな。ちなみに、二人は何処に行く気だったんだ?」

「特に決まってない。夕食の場所だけ決めてるけど」

「じゃあ、精霊の泉に行ったらどうだ?」

「精霊の泉?」


 知らないのだろう、ヨナは首を傾げてそう聞き返す。

 僕も聞いたことがない。一体どんな場所なのだろうか。

 フェルナンドはこくりと頷くと、説明を始めた。


「この近くにある湧き水のことでな、不思議な雰囲気のある場所だからそう呼ばれてる」

「王都に湧き水? こんな街の真ん中に?」


 ヨナは不思議そうにあたりを見回す。

 石造りの店や家が綺麗に並んで建てられていて、人通りはかなり多い。こんな場所の近くに神秘的な湧き水があるなんて言われてもにわかには信じ難いだろう。


「ああ。元々貴族の屋敷だった建物があるんだが、その貴族が没落して、遠い親戚のおばあさんがその家を買い取ったんだ。それで、公園として使おうと誰でも入れるように解放しているらしい。その家の庭は木が生い茂ってて、木に囲まれた場所に泉がある。部下に教えてもらって行ったことあるんだが、あそこはいいぞ」

「へー。なんで精霊の泉って名前なの?」

「精霊がそこから湧き出てくるって視える・・・人が言っていたかららしい」

「街の中に精霊って生まれるの……?」

「さぁ? 生まれるんじゃねえか? っていうか、そういう話は宮廷魔法師のほうが詳しいだろうが」

「わたし精霊は専門外。キノアは知ってる?」

「あ、うん。少しはね」


 急に話を振られて一瞬反応が遅れたが、なんとかそう返した。

 専門ではないけれど、ある程度の説明くらいはできるか。


「精霊は人がいて自然がある場所で生まれるんだよ。『精霊の泉』が街の中でも自然の多い場所なら精霊がいる可能性もあるね」

「……なんで?」

「魔物と近い存在だから」

「でも、魔物って人里から遠い場所で――」

「発生のメカニズムが違うらしいよ。精霊も魔物も魔力が溜まる場所で生まれるんだけど、生まれるときに人の魔力残渣が混ざると精霊が生まれて、他の魔物の魔力残渣が混ざると魔物が生まれる。魔力は少し木に引きつけられる特徴があるから、自然がある場所のほうが魔力溜まりが生まれる可能性が高いんだよ」

「そうだったんだ。精霊が友好的なのって、人間の魔力が混ざってるから?」

「そういうことらしいよ。まぁ、精霊が視える人って少ないから研究者自体が少ないし、それも不確かだけど」


 研究者が少ないせいで、本来強力な精霊魔法を研究し他の魔法に活かすことができてない。研究が進んでいないということは本で触れられることが少ないということだ。ヨナが知らなくても無理はない。

 僕だってマスターとかに教えてもらわなかったら知らなかったし。

 ちなみに魔物が一般人にも視えて精霊が一般人に視えないのは、魔物と精霊のもう一つの違いが関係している。魔物が生まれるときには周りの物質を取り込んで体を構築するのだが、精霊はそれをせず魔力のみで生まれる。魔力は基本的に視えないもので、高濃度にしたり属性を加えたりすれば一般人にも視えるが、普通の精霊は人が視えるほど高濃度の魔力を持っていない。だから、魔力が視えるタイプの『魔眼』を持っている人以外には視えないのだ。


「うん、少しその精霊の泉だっけ? そこに興味沸いたかも」


 ヨナは一つ頷いてからそう言うと、ちらりと僕のほうを見る。


「じゃあ行く? 暇だし」

「うん。どこにあるの?」

「次の交差点を左折して、暫く進むと見るからに緑の多い屋敷があるから、勝手に門の中に入ればいいぞ」

「わかった。ありがと」


 ヨナはお礼を言うと、僕の手を引いて歩き出す。

 僕も「ありがとうございました」とお礼を言ってから、それについていく。

 「デート楽しんでな~」という声が後ろから飛んでくるが、ヨナは華麗に無視を決めていた。



―――― 作者からのメッセージ ――――

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