39.『夜霧』



 転移の時の独特の感覚を抜けた瞬間、僕はあたりの把握をしようと顔を動かす。

 ちょうど相手の拠点に転移できたようで、すぐ横には魔族が立って武器の手入れをしていた。

 場所は森の中の開けた場所で、薄暗い色の木々に囲まれている。

 数メートル先には手首を縛られたヨナが木に繋がれていて、僕のほうを驚いた様子で見ている。ヨナの横には魔族がいて、突然現れた僕に驚きながらもヨナに向かって手を伸ばしていた。

 咄嗟にヨナに伸ばされる手に岩の礫を打ち込んだものの、苦手な属性だった上にあまり魔力も込めなかったせいで全然ダメージが入らなかった。

 両手に光と闇の混合魔法を纏わせて、両隣でぼさっとしている魔族の頭を消滅させる。

 しかし、そこでヨナの首元に剣が添えられて、僕の動きは止められることとなった。


「動くな! こいつの首が飛ぶぞ!」

「っ! キノア、ダメ!」


 魔力を纏った剣を見て、この距離から結界でヨナを守っても貫通させられると判断した僕は、大人しく動くのを辞めて両手を上げる。


「お前がキノアだな?」

「そうだと言ったら?」

「拘束する」

「キノアっ!」


 ガシャン。

 何かが投げつけられたかと思うと、僕の右の手首に手錠のようなものが巻きつけられた。

 おそらく、魔法を封じる類の魔道具だろう。投げて嵌めるなんて技量が高い。


「さて、これで魔法は封じた。別に五体満足である必要はないんでな。生きていればいいんだよ、それで。だから、大人しくしていたほうが身のためだぞ?」


 今ヨナの首に剣を突き付けているのが親玉的な存在なんだろう。よく喋ってくれる。


「キノア、ダメ! こいつら強いの! お願い、逃げて!」

「そうは言っても、逃げられない理由があるんだよね」

「まぁ、魔法封じられたら逃げれねえわな。ったく、『紺色の霧』のメンバーだからって警戒しすぎたか。想定以上にあっけないじゃねえか」


 魔族は悪態を吐くと、魔族に命令して僕のことを縛らせる。

 両手と両足が拘束され、全く身動きが取れない。

 それでもう大丈夫だと思ったのだろう、親分(仮)はヨナの首元から剣を離すと、僕のほうに近づいてくる。


「十数年かかっちまったが、やっと手に入れたぜ」

「そんなに僕のこと欲しかったの? 生憎男から好かれる趣味はないんだよ。そんなことよりいいのかな?」

「あ?」

「人質、いなくなってるけど」

「っ!?」


 親分(仮)は慌てて振り返って僕の方から視線を逸らす。僕の言った通り、ヨナはもうそちらにはいない。


「あっちに移動してるぞ!」


 魔族の一人が全く違う方向を見てそう叫ぶ。それにつられてそちらを見る他の魔族たち。

 だが、その一瞬が隙となる。

 僕は風魔法・・・で縄を斬ると、急いで立ち上がって全身に魔力を流す。やはり、こういう魔法を制限する魔道具の特性上、体の外に放つ系統の魔法は無効化するものの、身体強化系など体の外に出ない魔法は制限されないようだ。

 体術で身近にいた魔族を蹴り飛ばすと、ジャンプして魔族の頭を踏みつけ、ヨナの元へと行く。


「大丈夫?」

「う、うん」

「ならよかった。魔法は使える?」

「いや、使えない。魔力がもうないし。魔封じの手錠がついたままだから。キノアは?」

もう・・使えないよ」


 さっき転移魔法でヨナを転移させられたのは、以前転移魔法を結晶化していたものが残っていたからだ。結晶に変えた後の魔法は魔封じの魔道具が付けられていても使える。とはいえ、複雑で座標の認識などが必要な転移系を結晶化するのはとても難しく、また結晶にした後の転移魔法を魔法の状態に戻すのも難しい。だから、わざと拘束されておいて、脳の処理能力を全て転移魔法を成功させることに注いだのだ。

 結果できたのは、ヨナの位置を数メートル横にずらすことのみ。だが、木に縛り付けられていた先程に比べたらだいぶましな状況にすることはできた。魔封じの魔道具が付けられたのは痛いが、手はある。使いたくなかったけれど。


「じゃあ、ヨナは攻撃が来ても逃げることに集中して」

「キノアは!?」

「戦うよ」

「でもっ!」

「大丈夫、安心してよ」


 刹那、気を取り直した魔族たちが一斉に魔法を僕に放ってくる。それらが狙う先はすべて手や足といった躱すのが容易な部分。だが、後ろにヨナがいることを考えると全て受けるしかない。

 身体強化の出力を上げて、体の表面に魔力を集める。すると魔力で満たされた僕の皮膚は疑似的な結界となり、魔法によって受ける被害を軽減した。

 まぁ、完全に防げるわけではないから、血は出るし痛みもあるけど。


「流石に、僕も魔法禁止で勝てるほど強くないよ」


 なんとなく、マスターなら魔法なんてなくても勝ちそうだけど。

 でもあの人は例外中の例外。僕程度の人間じゃ勝つことはできない。それに、僕程度じゃこの手錠を外すことすらできない。

 だから――僕は覚悟を決めて、人間をやめることにした。

 魔法を受けながら、全身に纏わせている魔力の密度をさらに上げる。


 ――火魔法を極めることで、空間の二点間の距離すら焼けるようになる。

 ――氷を極めると、時間すら止められる。


 ――他の全ての魔法には必ず一種の『終着点』と呼ぶべき、魔法が存在する。


 ――だったら、それは身体強化にも存在し得るはずだ。それが、


「『夜霧』」


 僕は、今まで幾つかの理由から使用を止められ、自分でも使おうとしてこなかった魔法を、身体強化を極めた先にある究極の自己強化の魔法を、使うことに決めた。


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