11.そういう年頃


 フードを被りなおしたヨナとしばらく歩いていると、ヨナが「あ」と声を漏らした。


「どうしたの?」

「そういえば、こっちに帰ってきてからお父さんとお母さんに顔見せてない」

「こっちに帰ってきてから――ってことは、パリムゾンから帰ってきてから一回も見せてないってこと?」

「うん。帰ってきたの一昨日だし、それから式典の準備だったりで忙しくて」


 たしかに、そう考えると時間はなかったのかもしれない。しかしヨナの両親も娘が勇者パーティーの一員となったことは当然知っているだろうし、功績をあげていることも新聞などで目にしているだろう。

 ヨナが報告にくるのを待っているのではないだろうか。

 とそこまで考えたところで、あることに気が付く。


「……昨日そっち帰って寝ればよかったのに。まぁいいんだけどさ」

「そうしようかとも思ったんだけど……疲れて『まぁいいや』って思ってそのまま寝ちゃった。城から距離あるし」

「あー、たしかに疲れてたらそうなるか。で、どうするの? 顔見せる?」

「うん。時間もあるし。あ、キノアも一緒にきてくれる?」

「いいけど……どうして?」

「これからチームとして働くわけだから、紹介しとこうかなって」


 そういう理由なのであれば、特に断る理由もないし了承しておく。

 普通の親子関係というものはよくわからないが、娘が仕事仲間を連れてくるのは嬉しいこと――なのかもしれない。よくわからないが。


「じゃあ行こう。こっち」


 ヨナに案内されるまま歩くこと十数分。僕らが付いたのは、立派な商館の前だった。

 聞いた話によれば、元は行商人をしていたらしいのだが、ヨナの魔法の才能に気が付き、学園に通わせるためにここに店を構えることにしたのだとか。

 結果的にヨナは勇者パーティーの一員になるほどまで魔法の技能を伸ばし、両親の商売も軌道に乗っているようなのでナイス判断だったといえる。

 ヨナは特に気負うこともなく軽い感じで店内に入っていき、僕も後に続く。

 若い店員が「いらっしゃいませー」と言って頭を下げるのを無視して、ヨナは店の奥に進む。

 困惑する店員だが、ヨナは気にすることもなく店の奥にある関係者用の部屋に向かって「おかあさーん?」と声を出した。

 少し間があってから、店の奥にいるのであろう女性の「はぁ!?」という声が聞こえてきたかと思うと、ドタバタと物音がする。

 状況が掴めない店員と一瞬顔を見合わせる。おそらくこの店員はヨナがこの店のオーナーの娘だと知らないのだろう。

 店の奥からする物音が大きくなり、やがて一人の丸っぽい体型の女性が奥から出てきた。

 よほど焦ってきたのだろう。若干息が切れている。


「お母さん、ただいま」


 ヨナが平坦な口調でそう言うと、女性はべしっとその頭を叩いた。


「あんたねぇ! 帰ってきてるなら早く来なさいよ! 一昨日帰ってきてたの知ってるんだからね!?」

「忙しくて時間なかった。あ、そうだ。一緒に働く人連れてきたよ」

「はぁ……本当にあんたって子は……」


 女性は頭痛が痛いという様子でそう呟くと、視線を僕のほうに移動させる。

 観察するような視線ののち、女性は頭を下げてきた。


「うちの娘がお世話になります。母のメンナです」

「ど、どうも。客員宮廷魔法師のキノア・フォルクスです」

「ご丁寧にどうも……ところで、何処かでお会い――むぐっ」


 メンナさんがそこまで言ったところで、唐突にヨナが口を塞いだ。

 そして何やらメンナさんに耳打ちしてチラチラと僕のほうを見る。

 一体何の話をしているのかわからないが、メンナさんにとっては面白いらしく、話を聞くにつれてだんだんニヤニヤした顔になっていく。

 風魔法の応用で会話を盗み聞くことはできるけれど、家族の会話に割り込むほど無粋ではないので、僕はその間店の商品を見ていた。

 おお、これはイナナス東部の名産品のソーソースだ。マスターが好きでよく食べてたんだけど、こっちに来てからは全然見かけてなかったから懐かしい感じがする。

 ソーソースは黒っぽい色をした液体のソースで、大豆が原料らしい。「これ大好きなんだよね~」とニコニコしながらドバドバと食べ物にかけていたマスターを思い出して、どことなく懐かしい感じがする。

 元気にしているのだろうか。まぁ殺しても死なない人だから大丈夫だと思うけど。定期的に連絡もきてるし。


「それ、気になる?」

「昔よくマスター――育ての親が使ってた調味料なんだよ」

「ふーん。その人ってイナナス東部出身なの? たしかそのソースってそっちのほうのものだったはずだけど」

「いや……どうなんだろ。そういえば聞いたことないかも」


 魔法の話になると途端に饒舌になるのだが、基本的にはあまり話をする人ではない。

 いや、話はするのだがマスター自身の話になるとすぐ話題を逸らそうとするのだ。曰く「自分のことを話すのは得意じゃないんだよね~」とのこと。


「あ、そうそう。お父さんにも会ってきたから帰ろ」

「……もっと家族で話とかしなくていいの?」

「会おうと思えばいつでも会えるし――お父さん、心配性でうざい」


 これが反抗期というやつなのだろうか。

 まぁヨナも年頃の女の子なので仕方ないのだろう。うざいと言われるヨナの父さんにはご愁傷さまとしか言えないが。


「じゃ、行こ」

「うん」


 ヨナが店を出るのに続いて、軽く店の奥に頭を下げてから僕も店を出る。

 ソーソースが欲しくなったらまた来よう。その時は何か手土産でも持ってこようかな。



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