36.得意魔法



 だが、今彼らをこの部屋から出すわけにはいかない。

 僕は部屋を囲うように強固な結界を構築して、誰一人として外に出さないようにする。

 さらにざわめきが大きくなる会議室。混乱の収まる様子のないそれに僕は一つ溜息を吐くと、指を鳴らす音を風魔法で大きくし、会議室に響かせた。

 こちらに集中する視線を受けながら、僕は声を風魔法で増幅する。


「みなさん落ち着いてください。今この会議室には僕も勇者もいますし、騎士も大勢います。今廊下に出るほうが危険ですので、皆さんはここで待っていてください」


 エルナさん経由で渡された指輪に魔力を通しながらそう言い切ると、僕は結界に小さな穴をあけて一人で外に出る。

 下の階から聞こえる騒音。交戦しているのだろう、雄叫びや爆発音ばかりが聞こえてきて細かい情報が入ってこない。

 指輪に魔力を通したから今僕が危険な状態であることをメルさんはわかっただろう。だが今手が空いているとは限らないし、救援がすぐに来る確証はない。

 もう一度結界に穴を空けて会議室に戻ると。剣に手をかけたワタルが近づいてきた。


「どうする?」

「下の状況が全然掴めない。追加の伝令が来る気配もないし、遠くの音を聞き取ろうとしても煩すぎてわからない。だから、しばらくはここに籠って戦闘するしかない」

「どっちかだけ残るのは?」

「この会議室には扉が二か所ある。ここにある扉と王族用の扉。この結界は戦闘の余波で床が抜けたり天井が崩れるのを防ぐ目的だから、扉から雪崩れ込まれると結界が壊れかねない。だから僕とワタルがそれぞれのドアの前で戦闘をする」

「もっと戦力を呼んで――」

「今戦力を探してる余裕はない。ワタルには王族用の扉の警護を頼む」

「……わかった」

「暫く持ちこたえればマスターが助けに来てくれるはずだからさ」

「暫くってどれくらいだ?」

「さぁ? マスターの忙しさによる」

「それは素晴らしいことで!」


 ワタルは皮肉たっぷりにそう言うと、走って王族用の扉に向かう。

 結界に彼が通れるだけの穴を空けて彼を通すと、僕も結界の外に出て、結界の穴を閉じる。

 一分ほど待っていると、段々と騒がしい戦闘音が近づいてきて、やがて僕の視界にも入るようになってきた。

 騎士が持ちこたえようとしても、簡単に突破されてしまっていて、魔族と霧の魔物の勢いは止まらない。

 だが、ここは平原ではなく城の通路だ。幅に制限がある以上、どんなに頑張っても並べるのは魔族三人が限界だろう。

 つまり――足止めだけなら難しくない。

 今日は銃を持ってこなかったので結晶化した魔法を撃つことはできないが、別にそれだけが僕の切り札ではない。

 魔族に立ち向かって蹴散らされた騎士たちはすでに生きていないだろう。ならば、味方だの敵だのを気にして魔法を撃つ必要はないので、かなり楽な気分で魔法を撃てる。


「燃えちゃえ! ってね」


 廊下を覆いつくす黒い炎を生み出し、それを魔族にぶつける。火魔法と闇魔法の混合魔法であるこれは、通常の炎ならば発生する光を完全に消すことで、エネルギーを熱のみに集中させ威力を高めている。

 それは戦闘にいた魔族や霧の魔物を焼き尽くし、さらに後続にも被害を与える。あまりにもあっけなくやられた魔族たちに僕は首を傾げるが、燃えた仲間を踏みつけながらやってくる魔族たちに対抗するべくさらに魔法を構築し――一人の魔族が接近していることに気が付く。

 後ろの廊下から回り込んできたらしい。慌てて氷の剣を生成し、振り向きざまに魔族を切り捨てる。振り向いたことで背中を向けることになった魔族の魔法を闇魔法で吸い込み、僕の魔力で上書きして相手に返しておく。しかしその隙に近づかれてしまっており、先程の炎のような威力の高い魔法はもう撃てない距離まで詰められてしまった。

 仕方なくローブに忍ばせていた雷の魔法を結晶化させたものを取り出して、左手で魔族に向かって投げつけるのと同時に、背後にいた魔族に氷の剣を投げつけて牽制を行う。

 結晶化された魔法が再び元の姿を取り戻し、バチンと電撃が魔族たちの間を駆け抜ける。だが咄嗟に結界を構築した魔族に防がれてしまい、一瞬の隙しか生み出せない。

 だが、その一瞬が重要となる。

 僕は右手に魔力を集めると、それを指に纏わせて魔族に近づく。

 剣を振り僕を切ろうとする魔族だが、そんなこと関係なしに僕は魔族に向かって右手を振った。

 魔力を纏った僕の指が剣に触れるか触れないかという距離にまでなった瞬間、剣は僕の指に触れることなく消滅した。


「は?」


 思わず漏れたのだろう。魔族はそんな間抜けな声を上げるがもう遅い。僕の指は魔族の体に近づき、指が触れたであろう軌道に沿ってその肉体を消滅させた。

 左肩から右の腰までを消滅させられた魔族は、そのまま息絶えて崩れ落ちる。

 うん、久しぶりに使ったけどまだ衰えてはいないようだ。

 そう再確認しながら、さらに身体強化の出力を上げて別の魔族に接近する。

 相手の反応速度よりも早く体を動かし、相手に触れようと手を伸ばす。それだけで相手の体は消えていき、次々と倒れていく。

 実を言うと、僕の魔法というのは大した威力ではない。僕にも一応異名は付いているが、他の異名持ちと比べると魔法に派手さも強さもない。だが、それは光と闇以外の話だ。

 自分で言うのもなんだが、僕は光と闇属性に関しては他の魔法使いとは一線を画している。本来魔法とは頭の中で魔法式を思い浮かべたり詠唱をしなくてはならないのだが、僕の場合光と闇に関しては詠唱もいらなければ複雑な魔法式を思い浮かべる必要もない。ただ考えるだけ。それだけで魔法が成立してしまう。

 そんな僕の切り札と呼べるのが、この相手を消滅させる魔法だ。

 光は発散させる能力を持ち、闇は吸収の能力を持つ。その二つを同じ強さで同じ場所に発動させると、相手の魔力を吸収し、それを発散させ、また吸収し……というようにしながら相手の魔力や体を構成する物質を削り取っていく。吸収した力を発散させ、発散した力を吸収するというループが誰も知覚できない速度で行われ、結果として対象を削り切り消滅させるのだ。

 だが、当然難易度は高く、『紺色の霧』のメンバーですらマスター以外には再現できなかったし、マスターすらも使うのに苦戦した。だから、これはほとんど僕の専用魔法。

 当然欠点もあり、緻密な魔力量の制御が必要なため魔力を集めやすい四肢の先でしか発動できないうえ、これを使っている間は他の魔法を使いにくくなる。

 しかし、目の前で仲間の体が消えた魔族たちからしてみればそんなことはわかるわけもなく、混乱する一方だ。

 だが混乱しているからと待ってやるほどお人好しではないので、僕は両手に光と闇の魔力を集め、次々と魔族を倒していく。


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