10.新生活の準備――は必要?



「ちょうどキノアの向かいの部屋空いててよかった」

「宮廷魔法師自体そんな数がいるわけじゃないからね」


 国に雇われている魔法使いは数多いが、その大半は王国軍や騎士団に所属しているので、宮廷魔法師自体は少ないのだ。

 他国から国を守ったり侵攻したりするためにある王国軍と、国内の治安維持や貴族の護衛をする騎士団は数が必要だが、宮廷魔法師の仕事はそれに比べて地味なので人数が少なくても成り立ってしまう。

 宮廷魔法師とは国王が軍も騎士団も動かしずらい時に使う、いわば都合のいい存在だ。

 例えば王都近くの山に大きな魔物が出るという噂の調査。噂程度では騎士団を大々的に使えないが、対処しないと国の威信に関わる、そういうときに宮廷魔法師が使われるのだ。

 他にも国同士の非公式な対談の場の護衛だったりとか、それこそ勇者の鍛錬の教師役だったりとか、そういうものも仕事である。

 

 閑話休題。

 無事ヨナは自分の部屋を入手することに成功し、今は部屋に必要なものや消耗品をそろえるために街にきていた。

 とはいえ部屋には最初から備え付けの家具があるし、あまり買う物は多くない。


「あと何か買うものある?」

「ないかな。思いつくのは大体買った。本当に必要なものはあの鞄に入ってたし」


 露店や客引きやらで賑わう通りを、そんな会話をしながら二人で歩く。

 たしかに絶対に必要なものは少ないだろうが、あれば便利なものとか集めたくなるものとかはないのだろうか。

 服屋に行くかどうか尋ねてみても「必要ない」と一蹴されてしまったし。

 おしゃれに興味がないのは僕も同じであるが、せっかくなんだから十代のうちにいろいろ経験しておくべきだと思う。

 宮廷魔法師になった以上お金はあるのだからいろいろしてみてもいいと思うのだけど……まぁ個人の自由なのであまり強く言うつもりはないが。


「あ、ちょっとあそこ見ていい?」


 そう言って僕が指さしたのは、装飾品を売っている店。

 比較的庶民向けの店のそこは手が出しやすいお値段のアクセサリーが売られている。手が出しやすいと言っても庶民からすれば気合を入れて買う値段なのだが、僕には客員宮廷魔法師以外にも収入があるのでお金は気にならない。

 同じくお金があるはずのヨナは若干首を傾げつつ、「うん」と言ってくれたので、二人で並んで店に入る。

 明るい店内にはショーケースに入ったアクセサリーたちが所狭しと並べられていて、その眩しさに思わず目を細めてしまう。

 どうもキラキラしたものとは無縁の生活を送ってきたから、こういうものを見るとムズムズした感じがする。


「何買うの?」

「うん、ヨナに何かアクセサリープレゼントしようかなって」

「あ、アクセサリー?」

「うん」


 ヨナに似合いそうなものを物色しながらそう答える。

 ううん。なにが似合うのかさっぱりわからない。僕のファッションセンスはお世辞にもいいとは言えないし、浮世離れした生活をしてきたという自覚もあるので、こういうものを選ぶのは苦労する。


「な、な、な、なんでわたしに?」

「僕が位置を把握するときの目印にしようかなって」

「……へ?」

「ほら、危険な任務中にはぐれたら危ないでしょ? だから、探しやすくなるように目印マーカーを着けてもらおうかなって。見た目が変わらないように魔法陣を組み込むのは難しくないしね。

 ……うーん、やっぱり僕にセンスはないみたいだ。ヨナ、どれがいい?」


 いろいろ諦めた僕がヨナに直接そう尋ねてみると、ヨナは「はぁ」と深く溜息を吐いた。

 ありありと落胆の気持ちが込められているそれに僕は首を傾げる。


「何かあった?」

「いや……勝手に一瞬期待しちゃっただけで何でもない」

「期待……?」

「なんでもない。忘れて」


 そう言ってショーケースを見始めるヨナ。

 何の話だったのかは分からないが、追及することもないかと思い何も言わないことにする。

 しかし……よくわからん。

 実際に着けてみてくれれば似合う似合わないの判断はできるのだろうが、脳内イメージでそれを判断するのは僕には到底できそうもない。


「何かお困りですか?」


 二人してじっくりと覗きこんでいたからか、笑顔を張り付けた女性の店員に話しかけられる。

 ヨナはびっくりして僕の後ろに回り込んだが、チャンスだと捉えた僕は恥を捨てて店員に尋ねることにした。


「実はこの子に似合うアクセサリーを探してたんです。普段使いしやすいものがいいんですけどオススメとかありますか?」

「アクセサリーの中にもネックレスやブレスレットなど種類がありますが……?」

「ええと……ヨナ、何ならつけやすい?」

「……ネックレスがいい」


 警戒を解いたのか僕の後ろから出てきて横に並んだヨナは、少し悩んだ後そう答える。

 店員は「それでしたら――」と言って、一つのネックレスを見せてきた。

 そのネックレスは翡翠色の装飾が付いたシンプルなもので、ちょっと地味かなとも思うが、たしかに普段から使うには向いているデザインだった。


「カレシさんの髪も同じ色が入っていますし、これでしたらシンプルで長く使えると思いますがいかがでしょうか?」

「べ、別にカレシってわけじゃないんですけど……」


 そこは訂正しておかねばならない。

 いやまぁたしかに年頃の男女が二人でこんな店に居たらそう思う気持ちもわかる。

 そう見えかねないことを理解しているからこそ、しっかり訂正しておく必要があると思った。

 黒髪は少ないので目立つし、ないとは思うが万が一城で噂になったら面倒なことになる。まぁ宮仕えの女性たちの情報網はすごいので既に手遅れかもしれないが。


「それは失礼いたしました。ですが、これは似合うと思いますよ? よろしければ試しに付けてみますか?」

「あ、じゃ、じゃあお願い……します」


 人見知りのきらいがあるのか、店員と目を合わせることなくそう答えるヨナ。

 店員は「かしこまりました」というと、ショーケースの鍵を開けて中からネックレスを取り、ヨナに見せる。

 そしてそれをヨナにつけようとして――フードがあることに気付いたのだろう、少し戸惑った顔をした。


「えっと――」


 言いにくそうに口を開いた店員さんだが、僕はそれよりも先にヨナの頭に手を伸ばしてそのフードを取り払った。

 ぴょこっと可愛らしい猫耳が現れ、若干癖のある白銀の髪がふわりと揺れる。


「え、えっ!? ちょ、え」

「フードつけっぱなしだとネックレスつけにくいよ。別に後ろめたいものもないし外しておいたら?」

「でも……」

「外してるほうがかわいいよ。せっかく綺麗な顔してるんだからちゃんと見せたほうが得だって」


 僕がそう言うと、ヨナはどういうわけか顔を真っ赤にして口をパクパクと開け閉めする。

 どうしてそうなったのか分からず、店員を見てみるとネックレスを持ってないほうの手で口元を隠して笑っていた。

 全く意味がわからない。


「で、では早速――」


 一通り笑ったのだろう。店員はそう言うと、ヨナの首に手を回してネックレスを着けた。

 そして一歩下がってじっとそれを見て――パチパチと手を叩き、わざとらしい声色で


「よくお似合いですよ~」


 と言う。

 顔を赤くしているヨナはそれに軽く頭を下げて答えた後、鏡をじぃっと見てからちらりと僕のほうを見る。

 これは感想を求められているのだろうか。

 困ったな。僕にはアクセサリーを付けた女子を褒める語彙は全くないというのに。

 とはいえここに連れてきた責任がある以上、言うことはちゃんと言わねばならない。


「うん、似合ってる。かわいいよ」


 とはいえいくら考えたところでまともなことが浮かんでくるわけもなく、僕の口から出たのはそんな典型文だった。

 言ってしまった後で「やらかしたか!?」と心の中で叫びたくなるくらいには酷いそれに、思わず顔が引きつる。

 だがヨナ的にはそれでも満足だったようで、「じゃあこれにする」と言ってネックレスを外し、店員に渡す。


「わかりました。ではお会計のほうさせていただきますね」


 レジまで移動し、無事に会計を済ませる。

 その時にヨナが「お金はわたしが……」とか言い出したが、「僕が払うよ」と押し通した。

 僕の都合で買うわけだし当然のことだろう。

 ヨナは最後まで申し訳なさそうな顔だったが、最終的には「……ありがとう」と言って折れてくれたので助かった。

 大事そうに紙袋を抱きしめるヨナとともに店を出ると、そのまま散策を再開する。


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