35.会議に呼び出される



「え? わたし留守番?」


 ヨナと出かけた翌日、仕事があるので留守番しておいてほしいと伝えると、ヨナは驚きに満ちた顔でそう聞き返した。

 それに僕は一つ頷いて、理由を説明する。


「王族とか偉い人たちと会議をしなきゃいけないんだよ。僕一応『紺色の霧』のメンバーだからさ。護衛兼相談役、みたいな感じかな」


 この国での僕の身分は少し複雑だ。

 僕の出身地であるレーツェル=メノウ自治領はマスターの持つ領土で、元はグラオベン教国が持っていた土地だ。一応名目上はまだグラオベン教国に所属しているが、実際はほとんど独立国のような扱いを受けており、事実上マスターはそこの国王のようなポジションに就いている。で、この名目上はグラオベン教国というのが面倒の原因で、名目上はグラオベン教国の住民である僕をそのままドランツ王国の宮廷魔法師にすることはできない。かといって僕の国籍をこの国に移すわけにもいかず、結果として『冒険者から一時的に雇っている宮廷魔法師と同等の扱いをされる個人』という非常にまどろっこしい扱いになっているのだ。だからこその『客員宮廷魔法師』なんて役職なわけだが。

 何故そこまでして僕がこの国に派遣されたのかというと、これまた面倒な話で、この国が召喚した勇者ワタルの存在が絡んでくる。戦力の不足に悩んでいたドランツ王国は、マスターに頼んで異世界人召喚の儀式を行おうとしたのだが、それに対して隣国のグラオベン教国とイナナス王国も戦力が文句を言った。だから、あくまでも勇者は防衛のための戦力だとしたうえで、その監視役兼指導役として僕が派遣された。その戦力が自分たちに向かないと保証されたことで二国とも了承したが、元は同じ国だった三国の間に緊張が走るのを好ましく思わないマスターの働きかけで三国と自治領間で条約が交わされたのだが――その内容まで説明するわけにはいかない。

 だから、僕が『紺色の霧』のメンバーだということを理由としたのだが、ヨナはそれで納得してくれたらしい。


「そっか。なら仕方ない。じゃあわたしはここで待ってるね」

「今日の仕事はこれだけだし、ヨナはここで待ってなくてもいいよ? 別に居たいならいてもいいけど、買い物とか行ってもいいし。訓練してもいいかもね」

「わかった。じゃあ待ってる」


 僕の話をわかったのかわかってないのか微妙な反応に苦笑しつつ、僕は部屋を出て会議室に向かう。

 普段は付かない案内役の騎士を伴って城の中を歩くこと五分ほど。厳重な警戒をされた会議室に入ると、既に国の重鎮たちのほとんどが揃っていた。


「よう、元気か?」


 僕が案内された隣の席に座っていたワタルは、片手を上げて軽い口調でそう言う。


「元気ではないかな。会議は好きじゃないし」

「まぁ面倒くさいよな。オレもあんまり出席したくない。でも今回は霧の魔物についての話もしなくちゃいけないからなぁ」

「あー、その話もあるのか。僕も何か言わなきゃダメかな」

「意見は求められるだろうな」

「はぁ。いやだなぁ」


 人が揃うまで二人で話していると、やがて王族が来たことを知らせる管楽器の音が鳴り響き、その場にいた全員が起立する。

 すると豪華な服に身を包んだ王族たちが続々と入室し、一段高いところに設けられた席に着くと、他の出席者たちも席に着く。

 そして、宰相が会議の開始を告げる文書を読み上げ、半年に一回の重要な会議が始まった。

 とはいえ議題となるべきものは無数に存在し、その中で僕に発言が求められることはほとんどなく、十分もすれば眠気との戦いが始まる。

 鋼の精神でなんとか寝ることはなかったが、あまりにも暇すぎるので手元に魔力を集めてそれを操作する練習を始めた。とはいえその練習はいわば日課程度の簡単なもので、ぶっちゃけ書類を書きながらでもできるくらいの難易度なので、すぐに飽きてしまった。

 一時間ほど経っただろうか。宰相に名を呼ばれて立ち上がったのはシファ公爵家当主のオウゲストさんだった。

 少し集中して話を聞いていると、どうもどうやら例の霧の魔物についての話だった。


「――今現在もその存在については謎が多く、解決にはしばらくの時間が必要になるかと思われます」


 そう締めくくって座ったオウゲストさんに、会場が少しざわつく。まだ解決されていないということは、霧の魔物に襲われる危険性があるということだ。

 自分の命に直結する問題ということもあって、彼らも平常心ではいられないのだろう。浮足立った貴族たちの様子を見てか、国王は「では!」と声を張り上げて貴族たちの注目を集める。

 視線が十分に集まったことを認識したうえで、国王は少し貴族たちのことを見渡すと――僕と目を合わせてこういった。


「では、この件についてキノア・フォルクスに意見を聞こうじゃないか」


 想定していたことだったから驚きはないが、漠然とした問いかけに何を言えばいいか少し迷う。


「……その魔物ですが、おそらくは人為的な何かであろうと推察されます。貴族以外の被害が確認されていないことに加え、襲撃現場は驚くほど丁寧に痕跡が消されていました。おそらくは国に敵対する勢力の仕業でしょう。

 実際に戦ってみてわかりましたが、魔物の特性から見てメル・メノウを意識したのは間違いないと思われます。しかし体を霧状にしているメカニズムは恐らく異なり、メル・メノウ本人が何かしたという可能性はないと思われます。おそらくは『夜霧』を再現しようとした失敗作でしょう」


 あれは単純だからこそ非常に難しい魔法であり、マスターからまだ使うなと釘を刺されているので一度も使ったことがない。いつかは使うことになるだろうが、それが何年後になるかは未知数だ。

 そんなことを考えていると、国王がさらに質問をしてくる。


「敵対勢力について何か思い当たるものは?」

「皆さんも考えていると思いますが、やはり魔族の仕業でしょう。人間の寿命で魔物を生み出すのは難易度が高いです。

 それに――」


 そこまで言ったところで、会議室の外から妙な気配を感じて思わずそちらを見る。

 外が少し騒がしい。妙な気配をワタルや控えている騎士たちも感じ取ったようで、それぞれが会議室の扉のほうを警戒していた。

 ドンドンと扉を叩く音が聞こえたかと思うと、勢いよく開けられて息を切らした騎士が入ってくる。


「ほ、報告します! 謎の魔物と魔族が城の内部に侵入! 転移魔法で強襲を仕掛けてきたものと推測できます!」


 その報告にざわめく会議室。パニックになった貴族たちは、会議室から出ようと雪崩れ込むように扉に押し掛けた。



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