25.絵本の読み聞かせ



 掴んだのはまだ学校にも通えないような小さな子供で、僕のことをじぃっと見上げている。

 横を見るとヨナは二人に掴まれてしまったようで、僕と同じく困った顔を隠しもしない。


「おにいちゃん、だぁれ?」

「えっと――」

「もしかしてまほーつかい!?」

「あ、う――」


 どうしよう。どういうふうに接したらいいか全くわからない。

 子どもと接することなんて人生でなかったし、こんな純粋な瞳で見上げてくる幼子を振り払うこともできなかった。

 困った。そう思いヨナに助けを求めようと思って横を見るが――


 ――ばっちり目が合った。


 ……そうか、ヨナも僕と同じで子どもとどう接したらいいかわからない人だったか。奇遇だね。

 と、現実逃避をしていると、先程シファ様が子どもに対して優しく微笑んで安心していたのを思い出して、助けてくれるかもしれないという希望を持ってそちらを見る。

 すると視線に気が付いたシファ様はこちらを見ると、一瞬驚いた顔をして、それから、


「ああ、そうですわね。ここに大人の方がいなくなってしまいます。

 でしたら視察はわたくしとジデンのみにさせていただきますわ」


 などとほざいた。

 僕の目線をどう変に捉えたらそうなるのだろうか。僕は不思議で仕方がなかったが、何か言うよりも先にシファ様と護衛隊長、そして女性の三人は奥の部屋へと消えてしまっていた。

 残されたのは、子どもの世話が苦手な僕とヨナ。そしてしがみついている子ども。さらに僕らにどう接したらいいかわからないのであろう十歳くらいの男の子。

 一言で表すとカオスだった。


「こ、こら! お兄さんたちこまってるだろ」


 教会を訪れた時に最初に対応してくれた男の子に目で助けを求めていると、それを悟ってくれたのかそう言って僕とヨナにしがみついた子どもを引きはがしてくれた。

 だが子どもたちは納得がいかないようで、ぷくっと頬を膨らませる。


「だって、さっきの本途中だったんだもん!」

「後でおれが読んでやるから、な?」

「やだやだ! 今がいい!」

「しすたー、今読んでくれるって言ってたんだもん!」

「あとグレにぃ、よむのへただからヤダ!」


 そう言って駄々をこねる子ども二人。

 どう対応するべきか困っているのだろう、グレにぃと呼ばれた男の子も困った顔をしている。

 それを見かねてか、ヨナが一歩前に出てこういった。


「じゃ、じゃあわたしが本読んであげる。実は一回してみたかった」

「あ、え、い、いいんです……か?」

「うん。一対一で対応するのは苦手だけど、本読むのはわたしでもできそうだし」


 ヨナはそう言うと、喜ぶ子どもたちから絵本を受け取って、礼拝堂の椅子に座ると二人の子供に向けて読み聞かせを始めた。


「『昔々、とある王国にとても魔法に優れた王女様が居ました

 王女様は、大人になるまで平和に暮らしていましたが、あるとき国に異変が起こりました

 北から魔族の国が攻め込んで来たのです

 大勢の悪い魔物や魔族に、その国の兵隊さんたちは次々と倒されていきました

 もう後がなくなった王国の王女様は、言い伝えにあった儀式を行いました

 すると、どこかからか宝石の勇者様が現れたのです

 黒い髪に黒い目をした宝石の勇者様は、次々と悪い魔族を倒していき、最後には魔王までも倒しました

 こうして、その王国は救われました

 英雄となった宝石の勇者様は、その国の王女様を妻にして、世界を救うための旅に出ました

 おしまい』」


 僕が幼いころからよく読んでもらっていた話を改めて聞くと、非常に懐かしく感じる。

 タイトルは『宝石の勇者様』というもので、タイトルの通り約四百年前に実在した人物がモデルとなっていて、内容はほとんどが実話である。

 宝石の勇者は歴史上数人召喚された勇者の中でもずば抜けて強く、その功績が称えられて『勇者が最も大切なものを授かった日』が勇者歴0年1月1日と定められた。

 そして、その功績は断片的な情報になってはいるものの、勇者歴420年になった今でさえもこうして広く知られている。

 今現在この国が魔族領ではなく人間が住む場所になっているというのも、彼の功績があってこそだ。


「ねえねえ、まほーつかいのおねえさん。

 どうしてゆうしゃさまは、ほうせきのゆうしゃってよばれてるの?」

「ん、それは、特殊魔法――勇者だけが使えた特別な魔法が関係してるらしい」

「へー、じゃあ――」


 魔法使いが珍しいのか、絵本を読み終わった途端に質問攻めにされるヨナ。

 まさかそうなるとは思っていなかったのかこちらに助けを求める目線を投げてくるが、そっと目を逸らしておいた。

 僕に振られても困る。

 助けが来ないとわかって絶望したような表情になるヨナだが、子ども二人はお構いなしでヨナに質問や遊びの誘いを投げかけた。

 最終的には水魔法で作った泡を浮かせる遊びをすることでひと段落できたようだ。


「あの――」


 元気に遊ぶ子どもたちと魔法を浮かべるのに若干の疲れを見せるヨナを見ていると、先程「グレにぃ」と呼ばれていた男の子が僕に話しかけてきた。

 まだこれくらいの年齢の子どもなら僕だって話せる――はずだ。


「うん?」

「ええと、騎士の方ですか? それとも魔法使いの方ですか?」

「魔法使いだよ。今日は護衛の手伝いしてるだけ」


 基本的に護衛は鎧を着た騎士の仕事なので、ローブを羽織った見るからに細い男がどんな立場か気になったのだろう。

 僕がそう返すと、「おぉ」と感嘆の声を漏らした。


「な、なんの仕事をなさってるんですか?」

「宮廷魔法師だよ」

「マジっ!? あ、す、すいません。つい。

 実は宮廷魔法師になりたいなって思ってて――おれ、グレージャンっていいます! あの、どうやったら宮廷魔法師になれますか?」


 急に羨望の眼差しを向けられて、思わず怯んでしまう。

 どうもこういう純粋な目をされるとどう反応すればいいかわからなくなる。

 先程『これくらいの年齢の子どもなら僕だって話せる』と言ったけど、前言撤回。やっぱり少し苦手だ。

 そもそも大人相手でも会話苦手じゃんと言われたらその通りすぎてぐうの音も出ないんだけれど。


「どうやったら、か……とりあえず魔法の練習をすることかな。一番オススメなのは、寝る前に魔力を全部使い切るまで身体強化をすること」

「身体強化――ですか……?」


 どうしてそれが魔法の練習に繋がるのかわからないといった様子で首を傾げるグレージャン。

 その気持ちもわかる。身体強化を練習する人は前衛の剣士や格闘家などが多く、あまり魔法使いは練習しないと思われているからだ。

 だが実際はそうではない。魔力さえコントロールできるなら誰でも使える身体強化こそ、全ての魔法の基本だ。


「身体強化っていうのは、細胞に魔力を――って、この説明はまだ早いか。

 ええと、上手く身体強化ができるってことは体のどこでも魔力を纏わせられるってことになるよね?

 全身くまなく魔力を纏わせるコントロール技術って実は難しいんだ。指先と脚じゃ全然魔力の感覚が違うからね。

 それをできるってことは、実際に魔法を撃つときにも同じように魔力を精密にコントロールできるから、魔法の効率も威力も段違いになるんだ。


 『一流の前衛は後衛に回れば一流の魔法を使い、一流の後衛は前衛に回れば一流の前衛になる』

 メルって魔法使いの書いた本に乗ってる言葉なんだけど、本当にその通りで、結局は基礎である身体強化ができているかによって強さが決まるといっても過言じゃない」


 実際に僕も身体強化は人並み以上に使えるし、ヨナが夜に身体強化の練習をしているのを見る限り、彼女もかなりの練度であることは間違いない。

 ヨナの武器は短剣だったし、おそらく近接戦闘もできるのだろう。


「なるほど――じゃあその身体強化って、どれくらいできるようになるまでやればいいんですか……?」

「んー、基本的にはいつまでも、かな。僕は疲れてる日以外は寝る前に必ず十分くらい練習してる。あそこにいるヨナも宮廷魔法師だけど、寝る前にはやってるって言ってたし」

「そうなんですね。じゃあ――」


 真剣に魔法について尋ねてくるグレージャンに、魔法オタクの僕はだんだん話すのが楽しくなってきて、つい時間を忘れて話してしまう。



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