第46話 割と真剣に、二対一の戦い(デート)は無い

「はぁぁ……」


 翌日、俺は教室に着いてすぐに机に突っ伏した。


 くそっ、どうして俺が月坂と学校休んでまで旅行に行かなきゃならないんだよ……。

 昨日の事が憂鬱で身体が重い。


「おはよ、ツバサ!」


 教室に日向さんが来て、いつものように元気な挨拶を僕にしてくれた。


「おはよう……」


 対して挨拶を返すが、活気のある声が出ない。そんな俺に日向さんは心配そうに声をかけた。


「どしたの?」

「それが……」


 いや、教室で『学園のアイドル』と旅行デートに行くなんて事を話して、それを誰かに聞かれれば大変だ。

 噂になって広まって、月坂の囲いの男たちの耳に入れば殺されるかもしれないしな。いや、その前に月坂にフルボッコにされるか。どっちも嫌だ。


「いや、やっぱり放課後に話すよ」

「もしかして、月坂さんと何かあった?」

「正解。よくわかったね」

「だって放課後に話すってことは、教室で話せないことでしょ?」

「まぁ、そうだね」

「てことは月坂さんの事でしょ? それにツバサが気怠げな顔してるときって、たいていは月坂さんが関わってるもん」


 どうやら俺は日向さんに行動パターンを読まれているみたいだ。なんか嬉しいような、少し気恥ずかしい気分だ。

 俺は苦笑すると、日向さんはニヤニヤしながら──


「それじゃ、楽しみにしてるね?」


 と言い残して、女友達のところへ駆けて行った。


 そして放課後。俺は日向さんと校舎の玄関へ向かった。

 すると俺達のクラスの下駄箱前で、ポニーテールの少女が誰かを待ち伏せしていた。

 日向さんや月坂の赤色リボンと違って、水色のリボン。一年生だ。誰かの後輩かな?

 そう思っていると、少女と目が合い、俺たちに手を振った。


「日向さんの知り合い?」

「えっ、ツバサの知り合いじゃないの?」

「いや、あんな八重歯出してる女の子の知り合いなんていないけど──」


「初めまして! 翼先輩!!」


「うぉあ!?」


 日向さんと話していると、少女がこちらに駆け寄ってきた。


「だ、誰?」

「おっと失礼」


 そう言って少女は一歩引いて、丁寧にお辞儀してから自己紹介した。


「私、大鎌おおがまアカネと言います! アカネと呼んでください!!」

「はぁ……」

「藍川翼さんですよね?」

「あっ、はい。俺が藍川翼ですけど──」

「あーっ! もしかしてもしかして、お隣の方は……割と真剣な関係ですか??」


 日向さんに気づくと、アカネは顔をニヤつかせながら俺に迫ってきた。

 割と真剣な関係って、まさか!?


「ち、違う! ただの友達だよ!!」


 あたふたしながらそう言うと、アカネはジト目で「え~」と言って、上目遣いでこっちに更に寄ってくる。

 近い近い! 大きな胸が当たりそうだ。


「だから違うって!」


 アカネの肩を押して遠ざけて──


「で? 何の用だよ?」

「それがですね……、割と真剣なお二人に残念なお知らせです」

「残念なお知らせ、って何だよ?」


 俺がそう聞くと、アカネがカメラを取り出して、フフフ……と笑いながら、日向さんに向かってこう答えた。


「実は翼先輩には……月夜凜々さんと一週間くらい、デートに行ってもらいます!!」


 これは昨日、すでに聞かされた内容だ。だけど──


「どうしてキミがそれを知ってるんだ?」

「だって私、Mrs.KAMALの娘ですもん。それに……」

「それに?」

「月夜凜々さんの写真集の企画をしたの、私ですもん☆」


 アカネはウィンクしてこちらに身を寄せた。

 まさかアカネがカマルさんの娘で、諸悪の根源だったとは……。これには動揺が隠せなかった。


「ツバサと月坂さんがデート!? しかも一週間も!?」


 一方、日向さんは頬を赤くしてアカネの話に食いついた。


「もしかして、ツバサが私に話そうとした事って??」

「うん、そうだけど……」

「いいじゃん! 行っておいでよ!! 何処行くの?」

「その説明は私がさせていただきます!!」


 アカネはスマホを取り出して、メモを開いて俺達に見せた。すると日向さんの顔がみるみる赤くなっていく。

 どういうことだ? と思い、メモの内容を見ると、驚きで変な声が出た。


「おいおい、そこまで聞いてないぞ?」

「まぁ、そうでしょうね。だって昨日、私が決めたことですもん!!」


 メモには黒川さんから聞かされたとおり、月坂と東京、京都でデートをしているような風景を撮ることが書かれていて、更には──


「月坂と混浴って、正気かこれ!?」

「え~、それくらい仲良しのカップルになった気分になれる写真集じゃないと需要無いと思いますけど?」

「需要だなんて、知ったことか!! こんなの無理だ!!!」

「じゃあ、やめますか?」

「あぁ、やめてやるよ! こんなクソみたいな仕事!!」

「じゃあ……これを学校中にばらまくしかないですね……」


 アカネは胸ポケットから写真を取りだして、俺達に見せた。


「おい……これって」


 見せられたのは、ふらついた月坂を受け止めた俺の姿と、その俺の腕をがっちり掴んで離さない月坂の姿がバッチリ写った写真だ。

 確かグリッターステラの初顔合わせの時だっけな。


「私、これを見て写真集の企画を考えたんです! あのナイフのように鋭いクールビューティーのデレる姿をもっと見たいと思って! そして翼先輩が、その割と真剣なデレを引き出すトリガーだとわかった私は……」

「俺と月坂をデートさせると決めたってワケか」

「そうです! もし断ったらどうなるか……わかりますよね?」


 うん、俺は間違いなく抹殺されるね。月坂とその囲いの男たちに。

 それは勘弁と思った俺。なのにアカネはさらなる追い打ちをかける。


「じゃあ、これも追加で」

「あああああああああああ!!!!!!」


 絶叫して、咄嗟にアカネが取り出した写真を取り上げた。

 だけど俺のその行動は虚しく、もう一枚同じ写真をアカネは取りだした。


「これはこれは大変ですねぇ……。バスの中で日咲みのりをぎゅーって抱きしめてますもんねぇ。これは二股、いや、あなたたちを合わせて三股!!」

「やります! 写真集の撮影、全力で協力します!!」


 俺は即座に土下座して、地面に頭をつけるほど深く頭を下げた。


「ツバサ、お姉ちゃんと何したの……」


 怖っ。

 日向さんの目から光が消えていた。

 俺は日向さんにも「誤解だ!」と、深く頭を下げた。これで日向さんは許してくれると思ったが、まだ目が怖い。こりゃ絶望的だ。


「よろしい! じゃあ先輩、楽しみにしてますね!!」


 アカネはそう言って満面の笑みを見せた。もう俺からしてみれば、悪魔が笑いながら地獄へ引きずり込んでるようにしか見えないんだが。


「あっ、あのさ!」


 するとそこで日向さんがモジモジしながら、アカネにこんな質問をした。


「アタシも撮影の勉強のためについていくのって、ダメかな?」


 するとアカネは不機嫌そうに大きな溜め息を一つ吐いて「ダメです」とすぐに答えた。


「どうせそう言って、翼先輩と凜々さんの恋路を邪魔するんですよね?」

「そ、ソンナコトナイヨ?」

「いや、そう言っても行かせないので」

「いや、だから、そういうことじゃ……」


「いいですか!? 凜々さんとあなた×かける翼先輩のデートとかマジでありえないんで! 割と真剣に、二対一の戦いデートとか、無理なんで!!」


 アカネがそうビシッと言うと、不機嫌なまま立ち去っていった。


「日向さん?」

「いいなぁ……旅行。撮影。でーと……」


 日向さんの表情を見ると、明るさが完全に消え、この世の終わりでも来るのかと思わせるほどの絶望を抱いているのが見えた。


「だ、大丈夫?」

「うん、大丈夫。帰ろっか?」


 本当に大丈夫か? 目が笑ってないけど……。

 相当なショックを感じているとわかり、俺はしばらく彼女をそっとしてあげた。


 その間、ときたまに死んだ目のままで薄ら笑みを浮かべる日向さん。

 どうやらアカネは、日向さんをぶっ壊したみたいだ。




(後書き)

 割と真剣……、北斗〇拳に似てる……。


 それだけ。






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