第25話 月坂美狐乃の自慢話
あの後、日向さんと月坂が帰ってしまったということでレッスンは中断。
モコだけでも……とはなったものの、彼女も泣いてしまって、やる気を喪失してしまった。
俺は一人、家へ帰った。今日はもう散々だ。
「…………」
その日の夜、俺はベッドに寝そべり、天井をじっと見つめていた。
こういうとき、どうすればいいのだろう。そう思うが、何もやる気が起こらない。それに気持ちも落ち着かない。
「こんなんで、大丈夫なのかな……」
弱音がポロリと零れる。
ただでさえ相性が悪い日向さんと月坂。だけど今日のことで二人の間に大きな亀裂が入ったのは間違いない。
そんな二人が共に仕事を上手くやっていけるとは思えない。そう思うと、不安が募るばかりであった。
そんなとき、携帯電話のバイブ音が聞こえた。
「……誰だよ」
画面を見ると、電話がかかってきているのがわかる。相手は
「こんなときに……」
躊躇って、電話に出れない。
それでも着信音は鳴り止まない。「あぁー、もう!」と、声をあげて俺は電話に出た。
「……なんだよ?」
「今日は取り乱してごめんなさい……」
「おっ、おぅ」
あまりにも弱々しい声で素直に謝るものだから、ついつい戸惑ってしまった。
「今から、話せないかしら?」
「ん? 電話で?」
「いいえ、直接。今、あなたの家の前にいるから」
「怖っ、メリーさんかよ」
俺がすぐに玄関を覗くと、確かに月坂がいた。
制服姿のままで、顔には泣いた跡がくっきりついている。
「ごめんなさい、いきなり押しかけて」
「いや、別に……」
──なんだよ、いつもは謝らねぇのに。
そう思うだけで、言葉にはできなかった。
あまりにもしゅんとしているものだから、どうも調子が狂うんだよな。
「お茶、飲むか?」
「いいえ、暖かい紅茶が飲みたいわ」
「そこはいつも通りなんだな……」
ブレないワガママっぷりに俺は顔を歪めるが、いつもの月坂だと思うと、気持ち悪いことに安心感を覚えていた。
俺は月坂に、暖かい紅茶を出した。
すると文句や罵詈雑言を一つも言わずに、ゆっくりと紅茶を口にする。俺にとっては実に気味悪い光景だ。
「それで、今日の話か?」
「……そう。私が悪いのはわかってる。きっと翼くんも、そう思ってるんでしょ?」
「そりゃ……。日向さんを泣かせたんだからな……」
「だけど、ここで日向さんに謝るなんてできない……」
要するに、嫌でも謝らないってことか。
だが俺は「謝れ」と強く言えなかった。俺も月坂の言葉に少し納得してしまったからだ。
「ねぇツバサくん。私がよく自慢してた話、覚えてる?」
「えーっと…………どれだよ」
説明しよう。月坂美狐乃はとにかく自慢話の多いやつだった。
それほど実績や誇れる部分があるということなのだが……その数は確か150だっけな。
「お前の150もある自慢話のうち……」
「今は一つ減って149よ」
「んなこと、どうでもいいよ。それで、どれのこと言ってんだ?」
「私の自慢話、その39」
「ナンバリングしてるのかよ」
「私、歌がプロ級に上手いの」
誇らしげな顔もせず、威張ることもなく、平坦な表情でこういう自慢を吐くのが、月坂美狐乃である。
そしてその自慢の実力がまだ今も健在しているのが彼女のすごいところで、気に入らないところだ。
「私の武勇伝、覚えてる?」
「あぁ、耳にタコができるくらい聞かされたから、覚えてるよ」
月坂の話す自慢話その、39だっけ? それは149ある自慢話の中で最も誇らしいことだと知っている。
中学のとき、よく聞かされたものだからしっかり覚えている。
「私、地元のお祭りで歌声を披露したら、それをSNSにあげられて、その投稿がバズったのよ」
「小学校6年の頃だっけ?」
「そう。それがきっかけでテレビ番組のカラオケ大会の企画に招待されてね」
「確かエントリーした人の中には、過去のカラオケ大会で脚光を浴びてプロデビューした人もいたんだろ?」
「そうよ。まぁ私、その人たちに勝ったんだけどね」
月坂は(弱々しくはあるが、)不敵な笑みを浮かべた。
ほんと、怖い女だ。
「それで、お前の最年少優勝でその大会は幕を閉じた。決勝で叩き出した点数は99.087。ほぼ満点、そうだろ?」
「……あなた、すごいわね。点数まで間違えずに覚えてるなんて」
「ま、まぁ、嫌と言うほど聞いた数字だから……」
そう言うと、月坂はふふっと笑った。
さっきまでの暗い表情が嘘みたいだ。
「だけどこの話には、まだ話していない秘密があるの」
「秘密……ねぇ……」
「そう。話すまでもないことだったけど、今は違う」
なんだそれ。
気になって俺は身体を前のめりにした。
「あの日の決勝戦、実は両者とも小学生だったことで話題だったの。しかも同い歳」
「ほぉ……」
「決勝戦……あれはもう熾烈の争い。対バンライブなんて比じゃないわ」
対戦相手の様子なんかはわからないが、月坂の歌声の力強さを知っているから、その争いの激しさが頭によく浮かぶ。
「それでも、勝ったんだろ?」
「えぇ、でも運が悪かったら……もしかしたら負けてたかもしれない」
月坂は言った。
「彼女の点数は99.080。私とは0.007点の差よ」
「なんだそれ。ひとつでもミスがあったり、加点が取れなかったら負けてたってことか」
「えぇ。あの結果には鳥肌が立ったわ。彼女はすぐに負けを実感して号泣してたけど、私は勝った実感が全く湧かなかった」
「嫌味なこと言うんだな」
「いいえ、信じられなかったの。私、完全に負けたと思ったから……」
その頃のことを思い出しているのか、月坂は圧倒された表情をしていた。全く、月坂らしくない顔だ。
「そして彼女、去り際にこんなことを言ったわ。『次は絶対に勝つ!』って……」
「そんな熱いエピソードが……」
「……だから、許せなかったの。あの子が……。あの頃とは別人のあの子が……」
「……は?」
話がついていけない。
許せなかった? どういうことだ? 俺は月坂に
すると、衝撃的な答えが返ってきたのだ。
「カラオケ大会の決勝戦の相手は……日向さん。
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