第26話  去年のミスコンのステージで

「なるほどな……」


 点と点が繋がり、線となった。

 なぜ月坂が日向さんにあのような言動を取るのか。なぜ月坂が、俺が日向さんを知っている以上に、日向さんに詳しいようなことを言ったのか。その理由が全てわかった。


「あの子の歌声に圧倒された。劣等感だって覚えた! なのに、あの子は……変わってしまった」


 そして彼女もみのりさんのように、嘆いていた。みのりさんへの憧れで変わってしまった日向さんの姿に。


「去年の文化祭のとき、初めて日向さんと戦える舞台があったの」

「知ってる。ミスコンだろ?」

「そう。私と日向さん以外にもエントリーしている同学年もいた。でも実質、あれは私と日向さん、二人だけの戦いだなんて言われてたわ」

「そりゃ、すげぇ……」

「それで私、ミスコンのステージで歌を披露すると彼女に宣言したの。彼女も同じように歌で勝負してくると思って。だけど、違った……」


 ミスコンのステージを思い出したのか、月坂の表情にかげりが見えた。


「あの子は、をステージで披露してみせたの。力のない腑抜けた歌声、似合わない動き! もう、私の知る彼女はいなかった……」

「で、でも、日向さんはお姉さんに憧れて……」

「憧れたっていい。その人を目指すのもいい! 私も通ってきた道だから!! だけど……」


 怒りの交じった声を俺に目掛けてぶつけていた月坂。けれど彼女は顔を俯かせて、弱った声で言った。


「ショックだった。あの子から『自分らしさ』が消えたみたいで……」

「月坂……」


『プルルル……』


 会話に割り込むように、俺の携帯電話から着信音が聞こえた。


「誰だ、この時間に……って、日向さん!?」


 驚愕のあまり、つい裏声が出た。

 あたふたして携帯電話を落としそうになるが、なんとかキャッチして電話に出る。


「も、ももっ、もしもし!? 大丈夫!?」

『あっ、?』

「えっ、日咲さん??」


 なんと電話の主は、日咲みのりだった。


「ところで、なんで日咲さんが?? 妹さん、よく貸してくれましたね」

『あっ、いや、あの子が寝てる隙に……。もっ、もちろん履歴消したりして、証拠は隠滅するつもり!』

「ははっ、そう、ですか……」


 そっか。日向さん、眠ったのか。

 あんなことがあったのだ。今が午後の9時とはいえ、とりわけおかしな話ではない。


『あのさ、ツバサくんに話したいことがあるんだけど』

「話したいこと、ですか?」

『うん。明日、会えないかな?』


 そう聞いて俺はメモ帳を開く。よかった。明日は一日中空いてる。


「はい、大丈夫です」

『そっか、わかった。じゃあ明日19時、場所はこの前と同じで。それじゃあ、おやすみ』

「はい、おやすみなさい」


「ちょっと、なんの話?」

「……あぁ、日向さんの様子聞いてた。まぁ……大丈夫だってさ」

「……そっ」


 俺は咄嗟に誤魔化すと、月坂は俺のことを何一つ疑うことなく、俺の言葉に納得した様子を見せた。




 〇



 翌日、隣の席はやはり空いていた。

 日向さんは風邪をひいて学校を休んだことになっているみたい。


 放課後から二時間後の午後6時頃、校舎の玄関で月坂が俺を待っていた。


「その暗い顔を見る限り、やはり今日は学校に来てなかったのね、日向さん」

「まぁな。てか、なんでいるんだよ」

「そりゃもちろん、私もみのりさんに会いに行くからに決まってるでしょ?」

「……は?」

「あなたみたいなのが、この私を誤魔化せたと思ってるの? まだまだね」

「うっ……」


 どうやら電話で俺が話していたことをしっかり聞いていたらしい。コイツ、とんでもない地獄耳の持ち主だって自慢してたっけな。


「そんなことより、早く行くわよ。車、待ってるから」

「おっ、おう」


 月坂に促され、俺は駆け足で車まで向かう。

 車の中で日咲さんに人数が増えることを伝えた。そしたらすんなりOK。お代も支払ってくれるとのこと。さすがトップアイドル……。


「案内、よろしく」

「うっ、わかったよ……」


 そして車は例の焼肉店へ──。


(また焼肉か……)


 けれど相手は高級肉。しかも、またごちそうしてくれるんだぞ? 俺みたいな平民がそうやって嘆くのはいささか、いや、結構失礼だろ。

 それでも、俺は肩を落としてしまう。


 だがしかし、展開は予想の斜め上を行っていた。


「おっ、お疲れ様!」


 なんと部屋には日咲みのりと、彼女と向かい合って座る黒川さんの姿があった。

 今日は珍しく結んだ髪を解いている。

 しかも二人の間で、鍋がグツグツと音を立てていた。あれ? 焼肉は??


「黒川さん!? なんで??」

「いやぁ、私もみのりちゃんに呼ばれてさ。ほら? 早く座って食べよ? せっかくのが冷めちゃうぞ?」

「すき焼きって、マジですか……」


 後から知ったのだが、この店は焼肉だけでなく、すき焼き、しゃぶしゃぶまで可能らしい。

 ちなみに全員分、黒川さんの奢りとのことだ。


 俺たちが席つくと、黒川さんの表情が真剣になる。今から真面目な話をする。そう言っているみたいだ。


「さて、本題に入りましょうか──」

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