第27話 真の自分らしさ
「翼くんを呼んだのは、
「やはり、そうですか」
「話はみのりちゃんから聞いた。
「……はい」
黒川さんとみのりさんの表情が深刻になっている。やはり二人とも──特にみのりさんは、日向さんのことが心配で仕方が無いのだろう。
「ツバサくん、覚えてる? 私がこの前に話したこと」
「あっ、はい。妹さんのことですよね」
「そう。あれ全部、私の妹……きぃちゃんのことだってことも、わかるよね?」
「……はい」
みのりさんは実の妹──日向さんのことを恐れていた。彼女の抱く『姉への強い憧れ』が、彼女の持つ『自分らしさ』を殺していることを。
「昔はね、もちろん私といろんなことが違ってたの。特に歌声。あの子の歌声には何度も魅了されてきた」
トップアイドルがこう言うのだ。それほど日向さんの歌声が完璧だったことがわかる。
「実はあの日、あの子の初めてのボーカルレッスンを覗いてたの。だけど、やっぱりあの頃の歌声は聞こえなかった」
やはり彼女も、月坂と同じように嘆いていた。
「つまり、あの子は本領発揮をしていない。いや、しようとしない。そういうことだよね? みのりちゃん」
「はい……」
「昨日のこと、別に緊張してあんな声になったというわけではないのね?」
「……はい。以前から歌声はあんな感じです。それにあの子は……」
「絶対に緊張したりしない」
割って入るように月坂は言った。その言葉にみのりさんも強く頷く。
「たとえ少しは緊張していたとしても……あれは緊張とは関係ない」
月坂の言うことは紛うことなき事実であろう。
俺には月坂が嘘をついているとは思えないと、彼女の真剣な眼差しを見て感じさせられた。
「あの子ね、私以上にすごい子なの。どんな逆境でも、たとえアドリブを振られたとしても、一切動揺しないの。しかも、ステージに立てば尚更」
みのりさんは自慢げに話した。
曇った表情だが、得意顔が少し伺える。
トップアイドルが自慢出来る存在だとわかると、日向さんの凄さがひしひしと伝わってくる。
「それでね、みんなに頼みたいことがあるの」
緩んだ表情を引き締めて、みのりさんは言った。
「きぃちゃんの『自分らしさ』を、取り戻してほしい」
俺が思った通りの頼みである。
皆が望んでいたことであるからか、その言葉に皆がコクリと頷いた。もちろん、俺も。
俺は今の日向さんが好きだ。事実、その日向さんに惚れた身である。
だけど、俺は知りたい。見てみたい。彼女の知らない一面を。『自分らしさ』を。もっと、もっと──。
「分かりました」
だって俺は、日向さんのことが好きだから。
好きな人のことは何でも知りたい。
本当の意味で彼女のことを好きになりたいから、ありのままの自分を
日向さんにとっては余計なお世話かもしれない。
俺なんかがいきなり「日咲みのりの真似事なんてやめろ!」なんて言えば、絶対に嫌われる。
「俺、頑張ります」
けれど、ここでワガママにならなければならない。そんな気がした。
「私も。もう一度、本気の
月坂は顔を上げた。
いつもは目つきが鋭く、冷たい月坂。だけど今は──。
「一緒に、本気で歌いたい」
情熱の火が瞳に灯っていた。
「私も同意。確かにあの子には日咲みのりというビッグネームを活かして、存在を知らしめて欲しい。でも、それより……」
黒川さんはビールをグビっと一口飲んで、ニヤリと笑った。
「あの子には『日向葵和子』という、一人のアイドルとして戦って欲しい」
ここにいる全員の意見が一致した。
ここから日向さんのあの頃の姿を取り戻させるために本格的に動くのだが……。
「でも、どうすればいいんだろうね?」
「「「…………」」」
黒川さんの言葉に、皆が沈黙した。
俺も月坂も、そしてみのりさんも、ノープランである。
「い、今から決めよ? そのために集まったんだし?? ほらみんな、それより食べよ??」
トップアイドルがかなり動揺してらっしゃる。こりゃ激レアな瞬間だ。
「でも、『自分らしさ』を引き出す方法かぁ……。ていうか、『自分らしさ』ってなんなんだろうね?」
「急に道徳的ですね……、黒川さん」
でも確かに、『自分らしさ』とはなんだろうか。
例えば俺がコミュ障陰キャだけど、月坂相手には饒舌になる──とか、自己分析した結果なのだろうか?
けれど、それなら日向さんは『日咲みのりになりたい』と努力している姿が『自分らしさ』と言い張るだろう。それじゃあ何も解決していない。
黒川さん、みのりさんと共に「うーん……」と腕を組んで考えていると、月坂が口を開いた。
「あの、お母様の言葉を思い出したのですが……」
「えっ、なになに??」
「うっ……」
やめてください、みのりさん。そんなに注目したら月坂、恥ずかしがって話してくれませんよ??
だけど彼女は小さく縮こまりながらも、続きを話す。
「『自分らしさ』は既に有るもの。不変で不滅。そして、一つだけじゃない……」
『自分らしさ』は一つじゃない。かぁ……。
「だけどその中で一つ、本性という『真の自分らしさ』が存在する。そして、それはいざと言うときに発揮される──確か、そんなことを言ってました」
「うんうん……、確かにそうだったね」
何かを懐かしむ様子で、黒川さんは腕を組みながら首を縦に振った。
「あの、月坂の母さんって?」
「あぁ、ウチの事務所の超凄腕のプロデューサー。もう、ほんと凄いの。プロデュースしてきたアイドルたちの本性を曝け出してみせたの」
「ほぉ……」
なんか怖ぇ……。でも、今の場面ではとても重要な人物かもしれない。
「ちなみに、どうやって?」
「……ドッキリ」
「ドッキリ!?」
思わず裏声が出た。
すると黒川さんは俺の驚く顔を見て、カカカと笑った。
「いやぁ……あの人のドッキリったら、容赦ないのよ! アイドルたちの前にニセモノの拳銃を持った人を登場させたり……夏の合宿のときなんかね! 肝試しとか言って、アイドル一人を人質にするなんてこともあったわね!」
「ひぇっ……」
恐怖を感じる俺たちに対し、黒川さんは楽しげにゲラゲラ笑いながら話す。
月坂の母さん、どんだけおっかない人なんだよ。
「それでね、アイドルたちの素の反応や行動を見て、楽しみながら分析してたわね。可愛い子ぶってる子が、実はかなり度胸があったりとか。逆に皆を助けてくれそうなお姉さんらしく振る舞う子が、怯えて何もできなかったりとかね?」
「はぁ……」
「要するに人ってのはどれだけ自分を作っても、いざと言うときがあるとどうしても本性を隠し切れないってことよ」
「じゃあ、きぃちゃんにもやってみませんか!?」
月坂の母さんがやってきたことに触発されたのか、みのりさんは実の妹にドッキリを仕掛けようと提案したのだ。
さすがに月坂の母さんみたいなクレイジーなマネはできないが、ドッキリというのは良い方法かもしれない。
「おっ、やっちゃう?」
「はい……。ツバサくんと
そう聞かれ、俺たちは互いに目を合わせる。
「それがいいと思います」
「お、俺も」
そして俺たち二人も、みのりさんの意見に乗っかった。
これでやるべきことは定まった。あとはどんなことをするか、だ。
目的は、日向さんに本性──すなわち『本来の歌声』を曝け出すこと。そのためには、その歌声を披露せざるを得ない状況を作り出すことが必要不可欠。
だけど、そんな方法があるのだろうか──。
『ギャハハハ! ほら? ツバサ、歌えよー!!』
『お前の大好きなアニソンだぞぉ!?』
『ヒューヒュー!!』
うっ、思いついた。いや、正しくは思い出してしまった。あの頃の忌まわしき記憶を……。
『どんな逆境でも、たとえアドリブを振られたとしても、一切動揺しないの』
ここで、みのりさんの言葉を思い出す。
もしかしたら日向さんならば、あの方法を使えば上手くいくかもしれない。
一か八かの賭けだが、提案してみる価値はある。
「あの……」
俺は小さく手を挙げて、こう言った。
「俺に、考えがあります」
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