第28話  Good luck

 翌日のボーカルレッスンでの出来事。日向さんがレッスンに来てくれた。


「ごめんなさい、日向さん。昨日は……」


 彼女と会って早速、月坂は日向さんに謝った。

 月坂は日向さんに謝るべきでないと頑なに言っていたが、俺が昨日、謝るように説得したため、このようになった。

 これは俺が提案したドッキリを円滑に進めるためとか、そういう目的でない。

 ただ、今後とも上手くやっていってほしいからだ。


「えっ……」


 月坂の異様な行動に、日向さんはやはり戸惑っている。


「あっ、いいよ。気にしないで?仲良くやっていこ?」

「日向さん……」

「だってほら……同じ仲間ユニットだし……。仲良くやっていかないといけないというか……」


 日向さんはそう言って優しく振舞ってみせるが、表情のかげりが拭えていない。

 やはり今までのことを根に持っているのだろう。無理もない話だ。


「みんな、ちょっといいかな?」


 ちなみに今回のボーカルレッスンには、特別にみのりさんに来てもらうことになった。

 目的は日向さんの姿を見守るため。そしてをするためである。


「ユニットで歌う練習、ですか?」


 みのりさんの提案に、モコは首を傾げた。

 彼女の提案──それは、みのりさんが所属する3人組ユニット『ユーフォルビア』の楽曲を完コピしてもらうことだ。

 日向さん、月坂、モコも3人組ユニット。ユーフォルビアの楽曲の完コピをすることが今後の活動の、大きな参考材料となるだろう。


 そしてそれは、俺が提案したドッキリのためのものでもある。


「わかりました。やってみましょう? モコ」

「はい!」


 話を進めるために、月坂がみのりさんの提案をすんなり引き受けると、モコも月坂に乗っかってくれた。

 あとは日向さんをこの提案に乗せるだけ。


「きぃちゃんにも、やってほしいな」


 顔を俯かせる日向さんに寄り添って、みのりさんは優しく声をかけた。


「ほら? これから3人組ユニットでやっていくんだし。歌い分けとか、そういうのを練習して欲しくて」

「でも、アタシ……」

「ちなみに練習曲は『Challengeチャレンジ,beginnersビギナーズ』。もちろんきぃちゃんには、私のパートで歌ってもらおうと思ってるの」

「……ほんと?」


 みのりさんがそう言うと、日向さんの目に光が少し戻ってきた。


「うん。きぃちゃんの大好きな曲を、お姉ちゃんのパートで歌うの。どう?」

「やる。やる!」


 彼女は明るい声で返事をした。


「でも、いいの? 私なんかが……」


 けれどすぐ、この前のことを思い出して弱音を吐いた。

 やはり以前のことが引っかかるのだろう。


「大丈夫。私のパートは、きぃちゃんにしか任せられないんだから!」


 それでも、みのりさんがそう言って肩をトンと叩くと、安心感を得たのか、彼女はクスッと笑った。


「そうだね。そうだよね!」


 これでいつも通り、太陽のように明るい日向さんが戻ってきた。

 これでいい。これで上手くいく。俺は日向さんの姿を見て、大きく頷いた。



 そして計画通り、練習が行われた。

 練習では『ユーフォルビア』の日咲みのりのパートを日向さん、クール担当のメンバーのパートを月坂、可愛い担当のメンバーのパートをモコが務めることに。いかにも、な選出であったから、誰も反対はしなかった。


 そのプランで数日間、ユーフォルビアのライブに向けてのダンス練習と共に行われたが、どちらも上手くいっているようだ。


「…………」


 日向さんの歌う姿を、俺と月坂、みのりさんは沈黙を保ちながら見守る。

 日咲みのりの真似が上手いと言うべきか、歌が上手いと言うべきか──わからないが、大雑把に言えば「良い」と俺は思う。

 

 


「モコ、ちょっといいかな?」

「あっ、はい!」


 モコに暇ができたタイミングを見て、俺はモコを呼び出した。ここでドッキリの内容を話すためだ。


「……わ、わかりました」

「ごめん。こんなこと頼んじゃって……」

「いいえ!だって私も、日向さんの歌声を聞きたいので!!」

「……ありがと」


 断られるのではないかと思ったが、彼女は笑顔で快く引き受けてくれた。


「まぁ、ちょっとやり方が強引ではありますけどね……」


 けど、あまり乗り気にはなれないようだ。

 賛成か反対かと聞かれれば反対、そんな表情である。


「……ほんと、ごめんね。巻き込んじゃって」


 まぁ、そう思われるのも仕方ない。

 俺の口から不意に謝罪の言葉が零れた。


「月坂も、頼んだぞ」

「えぇ。成功した暁には、スタバでも奢ってもらおうかしらね」

「無茶させるんだ。それ以上の報酬は用意するつもりだ」

「……いいわよ、スタバで。あなたのような貧乏人にそれ以上を求めるのは可哀想だわ」

「その言葉は余計。ほんと、可愛くねぇよな。お前」


 俺がフッと笑うと、月坂もクスッと笑った。

 だけどやはり、不安が過ぎる。その気持ちが表情に滲み出た俺に月坂は「大丈夫」と、自信に満ちた表情で俺に言った。


「私に任せなさい」


 月坂が拳を前に突き出した。

 月坂の姿を見ると、なんだか不安が小さくなっていく。

 毎度毎度の、憎いくらいの自信。だけど今、それが救いになった。


「あぁ」


「「Good luck!」」


 俺も彼女に合わせて拳を出して、互いにそれをコツンとぶつけ合う。


 そして時間は刻々と過ぎ去り、彼女たち『グリッターステラ』の初めてのステージ本番まで時が迫りつつあった。

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