第29話 決行
五月のゴールデンウィークのある日──時は来た。
今日は日咲みのりの所属するユニット『ユーフォルビア』のライブ当日だ。
彼女たちはユーフォルビアのバックダンサーとして踊るだけの予定である。
そう。あくまで予定である。少なくとも葵和子のとっては──。
「き、緊張してきましたぁ……」
控え室でモコが椅子に座ることなく、膝を曲げてうずくまっている。
そこに美狐乃が寄り添って、「大丈夫よ」と背中をさする。
「おおぉ……」
その一方で葵和子は、ステージ衣装を身にまとった自分の晴れ姿に見惚れていた。
鏡に向かって、ピースなどの様々なポーズを取ってみせる。
「あなた、本当に緊張してないのね」
そんな彼女の姿を見て、美狐乃は言った。
彼女もモコのように緊張しており、気楽そうに振る舞う葵和子が羨ましく見えたのだ。
「いや、ちょっぴり緊張してる……」
けれど、事実は違った様子。
「あなたが、緊張を……?」
「そりゃね。だからこうやって気を紛らわせてるの」
そんなことを笑顔で言うものだから、「本当に緊張してるの?」と美狐乃は疑った。
だけど同時に、葵和子に安心感を覚えた。
(大丈夫。大丈夫よね? 日向さん……)
『グリッターステラのみなさん、そろそろお願いします!』
控え室にスタッフが顔を出した。
モコは美狐乃の手を借りて立ち上がり、ゆっくりとステージ下へ向かう。
対して葵和子はステージへの期待に胸を躍らせているのか、軽快な足取りで向かった。
頭上から会場の盛り上がりが聞こえる。
今まさに、みのりたちがステージの上で歌って踊っているのだ。
「いやぁ、暑いねぇ」
上から熱が伝わってきているのか、葵和子は手で顔を仰いでいる。
「大丈夫。絶対に上手くいくわ」
「は、はい……」
モコはまだ緊張している。身体を縮こめ、手でグーを作って身体の震えを抑えようとしているが、足は少し震えている。
そんな彼女に美狐乃は優しく声を掛けている。
もちろん緊張しているモコを介抱する目的だが、何かしていないと落ち着かない気持ちを抑えるための行動でもある。
クールな美狐乃でも、初めてのステージだからそうなるのは仕方がない。
「大丈夫! やってきたことを信じよう。努力はアタシたちを裏切らない……」
両拳でガッツポーズを作る葵和子。そんな彼女の手が少し震えているのが、二人の目に見えた。
「やっぱりあなた、緊張するのね?」
「ちちっ、違う! さっきはちょーっとだけ緊張きてたけど、今は武者震い!! あー! 早くライブ始まらないかなー!!」
『準備、お願いしまーす』
「うぇっ!? もう!!?」
「……ふふっ」
ステージに立つことを期待していた葵和子がスタッフの声にひどく動揺するものだから、その姿にモコはクスッと笑った。
「もー! 笑わないでよ!!」
「……だって、さっきまで……」
「えぇ、ほんと。さっきまでステージに立ちたくてウズウズしてたあなたが……こんなにも……」
「月坂さん、笑いすぎ!」
「たはぁー…………、行きましょうか?」
モコはリーダーらしく、二人に背を向けた。
表情もこわばっておらず、かなりリラックスした様子だ。
その姿に安心した二人。モコに続いて、左右のポップアップの上に立つ。
ステージ上では、ボイスレッスンで三人が練習した曲『
「まるで私たちを鼓舞してるみたいね」
「ほんと、そんな感じだね……」
「そうだ。号令、しませんか?」
「号令? えいえいおー! 的なやつ?」
「はい! ポップアップが上がるタイミングで、掛け声を言おうと思ってるんです!」
大きなサウンドに負けじと、モコが声を張り上げて二人に提案した。
「いいね! じゃあ……グリッターステラー! れっつらゴー!! ……ってのは?」
「却下。あなた、絶望的にセンスがないのね?」
「うぅっ、うるさい! とりあえずこれで行こ!!」
無理に二人を引っ張る葵和子の姿に、美狐乃は一つ嘆息し、モコは苦笑した。
「日向さん?」
「……なに?」
「何があっても、ビビらないでちょうだいね?」
美狐乃はからかうような笑みを葵和子に向けた。
「……そっちこそ」
対抗して、葵和子も笑ってみせる。
『スタンバイ、オッケーです!』
スタッフの声を聞いて、三人は目を見合わせて小さく頷いた。
「それじゃあ行きますよー? グリッターステラ……」
「れっつら……ゴー!!!!」
葵和子の掛け声のタイミングでポップアップが人力で勢いよく上に上がる。
ステージには桃、青、オレンジに輝くペンライトの海が見えた。
その光景に彼女たちは目を輝かせた。
「えっ……?」
けれどそれも束の間、葵和子は異変に気づいた。
ステージには姉、
ステージに立っているのは三人だけ。
しかも目の前にはマイクスタンドに装着されたマイクが三つ置かれていたのだ。
(歌えってこと?……そんなの、聞いてないんですけど!?)
一瞬、戸惑った。だけど彼女は、即座に今の状況を整理した。
(……おもしろいじゃん!)
彼女は挑戦的な笑みを浮かべている。
「やってやろうじゃないか」と言わんばかりの顔つきだ。
(日向さん……)
観客席では翼がペンライトをオレンジ色に光らせながら、葵和子をじっと見守っている。
(頼む。上手くいってくれ!!)
さぁここからが、『ドッキリ』の始まりである。
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