第30話 波乱のステージ。そこで葵和子は……
「俺に、考えがあります」
時は
「おっ、聞かせてみそ?」
ワクワクしながら、才加は翼に耳を傾ける。
「ドッキリなんですけど……、ユーフォルビアのライブで仕掛けてみませんか?」
「えっ?」
「いやいやいや……別にまだ時間はあるし、そこまで大規模なライブじゃないから……じゃなくて! 翼くん、何言ってんのさ??」
翼の提案にみのりは驚き、才加は手を全力で横に振る。
だけど翼の考えはぶれなかった。
「無理を言ってるのはわかってます。だけど一応、聞くだけ聞いてくれませんか?」
三人とも納得した様子ではないが、そんなのお構い無しに、翼は話を続ける。
「えっと、これは中一のときの話なんですけど……」
「いきなりだね」
「あっ、すみません。そのときに受けた悪ノリ?を基に、ちょっとやり方を変えたドッキリなんですが…………」
珍しく、月坂以外に饒舌になりながらドッキリの内容を手振りしながら説明した。
「──とまぁ。そんな感じです」
「なるほどねぇ。いい案かもしれないけど、リスクが高すぎる。失敗すればどうなるか……翼くんはわかってるね?」
「……はい」
才加の質問に小さく首を縦に振った翼。けれど内心、失敗を恐れていた。
「大丈夫です!」
だがみのりは、こんな言葉で後押しをした。
「あの子は緊張やハプニングにはめっぽう強いです。ステージに立てば尚更! だから……」
「なるほどね。でも失敗しないって確実に言える? 成功しても、
「そ、それは……」
才加の問いに、みのりは引っ込んでしまった。けれど翼は、強く前に出た。
「でも、俺はやります。やってみないと、どうなるかわからないから……」
「……どうなっても、知らないよ?」
真面目な表情で問いかける才加。けれど翼は本気の表情を一切揺るがすことなく、「はい」と返事した。
「日向さんに嫌われても知らないわよ? またボッチになっても、私は優しくしたりしないからね」
美狐乃は真面目な表情で翼に問いかける。それでも翼はぶれない。
「嫌われたら嫌われた、だ。別にボッチに戻っても構わない。上手くいけば、俺はどうなったっていいよ。(てかお前が優しかったこと、一度もねぇだろ)」
ドッキリとはいえ、ライブを利用するわけだから規模はかなり大きい。
さすがに優しい葵和子でも、翼が仕掛け人と知れば、嫌われる可能性はかなりある。
それでも翼の考えは動かない。内心では葵和子に嫌われるのは御免だと強く思っているが、それをなんとか押し殺している。
「上手くいけば、の話よね?」
「うっ……」
美狐乃の脅すような口調に翼は尻込みした。
「だ、大丈夫だ。俺は日向さんを信じる。俺の意見、通してもらってもいいですか?」
引き締まった表情で翼がそう言うと──その覚悟に応えて、三人ともが翼の案を採用した。
「それじゃあ翼くん。改めて説明、よろしく」
〇
ユーフォルビアのライブで初めてステージに立つ美狐乃、葵和子、モコ。
実は彼女たちがステージに立っているこの時間では、翼が葵和子に仕組んだ『ドッキリ』が現在進行形で起こっているのだ。
『まず日向さん以外に、グリッターステラの三人がユーフォルビアの曲を披露することを伝えます』
『そして曲を披露するのを伝えることなく、ボイスレッスンでその曲の練習をしてもらいます。本番で彼女が対応できるようにするためです』
(なるほど、それでアタシたち……あの曲を歌ってたんだ)
予想外のこととはいえ、以前までの出来事を踏まえて察しがついたのか、葵和子は気持ちを即座に整えて──マイクを手に、美狐乃とモコに続いてステージの前へ駆けていった。
モコが歌い出すと、桃色のスポットライトが彼女に当てられる。
(スポットライトが当たるんだ……!)
自分もオレンジ色──日咲みのりのメンバーカラーのスポットライトが当てられる! そう思った葵和子は高鳴る鼓動のまま、日咲みのりのパートを歌う準備を整える。
ステージで歌ってもらうことを黙っておく。だがドッキリは、それで終わりではない。
『そして月坂、お前に……日咲みのりのパートを奪ってもらう』
あまりにも大胆な計画だった。
「えっ……」
そしてそれが今、日向葵和子の目の前で起こっているのだ。
モコのパートが終わるタイミングを見計らい、彼女がマイクを口に近づけて声を出そうとした瞬間──美狐乃が歌い出したのだ。
『そして照明係のスタッフさんには、日咲みのりのパートを歌うのに合わせて、青色のスポットライトを当ててもらいます。やっぱり月坂には、青色がふさわしいので』
そして翼の計画通り、青色のスポットライトが美狐乃に浴びせられる。
『日咲みのりの基盤を崩すんですよ』
葵和子は日咲みのりのマネばかりをしていたから、彼女のパートは完璧。
対して、他のパートの完コピなんてやったことがない──。
だが、歌えないというわけではない。
だってレッスンで、何度も聞かされてきたのだから。それに彼女は日咲みのりのユニット、ユーフォルビアの大ファンなんだから。
(お姉ちゃんのパートが……)
さすがにこれには動揺が隠せなかった。
(葵和子さん、大丈夫かな……)
モコは葵和子をチラチラ見ながら、万が一に備えて美狐乃の次のパートを歌う準備をしていた。
『何があっても、ビビらないでちょうだいね?』
「はっ! そういえば……」
葵和子は、ステージに立つ前に彼女が吐いた言葉を思い出す。
「くっ……」
やられた……。月坂美狐乃に嵌められた……。よりによって初めてのステージで……。
悔しく感じて、葵和子は歯を食いしばった。
けれど美狐乃の表情が、「さぁ、歯向かって来なさいよ」と言わんばかりの得意顔に見えて──これが葵和子に火をつけたのだ。
(そんな嫌がらせで、アタシが屈するわけないじゃん!)
美狐乃のパートが終わろうとしている。
葵和子が歌うのは、クールなパート。サビ前にシャウトもある。
『基盤は消えた。それでも彼女は咄嗟に声を出すと思います。そしてそれが、日向葵和子の本当の歌声だと、俺は思います……』
そして翼は狙っていた。信じていた。
そのパートを、日咲みのりに真似た声でなく、新人アイドル『日向葵和子』の本気の歌声で奏でられることを。
(日向さん……騙してごめん。そして聞かせてくれ……、本当の歌声を!!)
客席で翼は葵和子を見守る。
彼はただひたすら、成功を願ってペンライトをオレンジ色に灯して振り続けた。
(……もう、どうにでもなれ!!)
彼女は呼吸を整える。
クールなパート? そんなもの知るか!
お姉ちゃんらしく歌う? そんなの今は無理!!
だからもう何も考えずに、歌ってやる!!!
葵和子は歌った。オレンジ色のスポットライトが、彼女を太陽のように眩しく輝かせる。
「うおあああああああ!!!!!」
客席に驚嘆した声が溢れ出す。
迫力があって、それでも透明度を保ち続ける美声に、観客の鼓膜を振るわせると同時に、身体を震わせたのだ。
「……すげぇ」
翼の口から思わず声が零れた。
彼はペンライトを振る手を止めて、彼女の歌声にのめり込んでいた。
そしてサビの前──日向葵和子のシャウトが会場に響く。
初めてのボイスレッスンの時とは大違い。腹の底から出た力強い大声だ。
(これはもう、先輩アイドルとして……)
(あの頃に、あなたを負かした身として……)
((負けられない!!!))
曲はサビに突入する。
彼女のシャウトに鼓舞されたのか、ここから三人の本気の歌声が交わる──いや、ぶつかり合うのだ。
透き通っていて、だけど可愛さが秘められたモコの歌声。力強く、だけど優しさが込められた葵和子の歌声。気高く、だけど
これら三色の音色が調和して生まれた歌声、これが新人アイドルユニット『
「うわあああああああ!!!!!」
曲が終わり、熱狂的な大歓声が巻き起こる。
初めてステージに立って歌った彼女たちに惜しみない拍手と声援が送られた。
「なに? あのオレンジ色の子?? 歌声半端なかった……」
「ほんと。新人アイドルが出るとは聞いてたけど……新人の域超えてるだろ……」
翼の近くの客席から葵和子を褒め称える声が聞こえた。
翼は自分のことのように喜び、感極まっていた。
もちろん声援は葵和子にだけでない。モコや美狐乃にも送られた。
「みなさーん、いかがでしたかー!?」
拍手と声援が鳴り止もうとした瞬間、ステージに日咲みのりが登場。これには再び会場のボルテージが湧き上がった。
「お姉ちゃん、これは!?」
「しー。ごめんねきぃちゃん。後でゆっくり話すから──」
姉の登場に驚いた葵和子の元へ、みのりは真っ先に向かって、彼女の肩に手を置いて声をかける。
「紹介します! デビューしたての新生アイドルユニット『グリッターステラ』の三人です!!」
みのりが紹介すると、観客は再び彼女たちに声援を送った。
「そして──」
「えっ?」
「さっきの迫力ある歌声を披露したこの子は──私の実の妹です!!!」
葵和子の手首を掴んで上げ、みのりと姉妹であることを明かすと、観客は
そして会場のペンライトはオレンジ色一色に染められた。
ステージを見て、翼は思った。
確かに俺は日咲みのりに憧れ、その憧れに縛られたように生きる彼女の姿に惚れた。
だけど今は、自分らしさを全開でさらけ出した彼女に心を奪われた。心の底から、「好きだ」と思えた!! もういっそ、ここで愛の告白を叫んでやりたいくらいだった!! と。
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