第49話 始まりの朝

 勝手に家に来て、勝手に「泊まる」なんて言って──挙句には俺の肩に頭を乗せて眠るワガママなお嬢様。

 結局あの後月坂をベッドまで運び、俺は床に布団を敷いて夜を越した。


 そして翌朝、ついにこの日が来てしまった。月坂との、地獄の強制デートの日が……。


「っぐっ……、うぁぁぁぁ……」


 身体を起こし、苦しい欠伸あくびをあげる。

 床で寝たからというのもあり、今日のことへの不快感もありで、目覚めは最悪ってところだ。


「さて、アイツを起こすか」


 俺は立ち上がり、隣をベッドを見るが──


(このにおい……)


 コーヒーがかれたニオイが鼻をくすぐった。

 他人の家で他人にコーヒーを朝から出す。そのコーヒーを飲むかもわからないのに、他人のためにコーヒーを挽くなんて、そうはできない。


 それでもそんなことが出来るのは、俺が毎朝コーヒーを飲むと知っているやつ。俺が長い間使っていたコーヒーメーカーの使い方がわかっているやつだけ。


「月坂……」


 寝起きなのにも関わらず、寝癖が一切立ってない綺麗な髪の少女はコーヒーメーカーに溜まったコーヒーを取り出した。


「月坂……」


 その姿に、俺はつい見とれてしまった。あの小さく細い背中から優しさが伺えたのだ。


 彼女はマグカップを一つ取りだして、コーヒーを注ぐ。そして砂糖を入れ、冷蔵庫から取りだした牛乳を……って──


「なにやってんだよ、月坂!!」

「?」

「俺はコーヒーに牛乳なんて入れないだろ!!」


 俺は月坂の予想外の行動に声を荒らげた。するとだ。


「は?」


 何言ってんだコイツ、とでも言わんばかりのキョトンとした顔で、首を傾げた。


「だってこれ、俺のために……」

「そんなわけないでしょ」

「は?」

「自分のことくらい、自分でやりなさいな」


 くそっ、期待して損した。ていうか、あんなヤツだというのに期待した俺がバカだった。

 俺は深く溜め息をついて、残ったコーヒーを自分のマグカップに注いだ。

 ちなみに俺はコーヒーに砂糖も牛乳も入れない主義だ。



 〇



「えっと……」

「はい?」


 待ち合わせ場所の駅にて、黒川さんが俺を見て何か言いたげな顔をしている。


「あの、俺……なんか変ですか?」

「いや、なんでも!!」


「あなた、絶望的にダサい私服ね」


「うっ……」


 そう言って俺に毒を吐くのは、毎度の月坂様。ドレスをヒラヒラさせている。

 なんでコイツ、さらっと言いにくいこと言うかなぁ。いや、俺だからか。


「あの、そんなに変ですか?」

「あっ、いや……」


「変ですよ、変。ナメてるんですか??」


 今度は後ろからアカネがやってきた。

 上には白くブカブカなパーカーの裾を股近くまで下げているのに、パンツが極限に短いうえに靴下も短い。なんか、えっちぃな。


「あれ? ポニーテールは?」


 だがいつもと違って、彼女は髪を結ばずに下ろしている。何故だ?


「あぁ、このニット帽を被るからですよ?」


 そう言ってアカネは猫耳のついた赤いニット帽を被った。

 そりゃ白いTシャツの上に黒のセーターを羽織っただけの俺に「ナメてる」と言ってもおかしな話じゃ無いか。

 服のセンスがないのは自覚していたが、あんなものを見ると改めて痛感してしまう。

 自分が場違いなセンス皆無陰キャであることを。ううっ……。


「あっ、みんなおっつおつ~☆」


 なんだありゃ!?

 ワゴン車の中から、更に場違いの人が現れた。

 虹色のアフロヘアに黒サングラス。白いシャツのボタンを上三つも外した奇抜なスタイルの、ガングロ細マッチョおじさん──ミセス.カマルだ。


「みんな揃ったわね☆」


 そう言うと、数台のワゴン車から関係者らしき人たちが出てきた。

 その真ん中に立つカマルさん。謎の威圧感を感じて、俺と月坂はおののいた。

 見た目はめちゃくちゃで、まるで異星人みたいなのに、サングラス越しに写る本気の顔が勇ましく見える。


「さぁ、撮影を始めましょうか──」


 この仕事、ガチでやる気だ。


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学園の"アイドル"が元カノだった件〜好きな人ができたので、関わらないようにしたいのだが〜 緒方 桃 @suou_chemical

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