第48話 どうしたんだい?月坂さん??

「──とまぁ、そんな感じであります!」


 事務所で聞かされた内容は、今までのおさらいと、昨日聞かされた追加項目だ。特にその内容を聞いているときの黒川さんのニヤケ具合はひどく、たまに俺たちをチラチラ見て、「期待してるよ?」と言わんばかりの怖い笑顔を向けてきた。


「ということで決行は明後日。それまでに先輩方たちはイチャイチャする練習をして備えといてくださいね?」


 アカネはそう言い残して、カマルさんと共に事務所を後にした。

 イチャイチャ? 月坂と? んな無茶な……。

 でも、明後日からやらなくてはならないと考えると、頭が痛い。


「じゃあ俺、モコと日向さんのところに行ってきます」


 俺は月坂から逃げるように、事務所を出て行った。

 明後日から月坂と二人にならなきゃいけないってのに、自然と身体が月坂を避けようとしているのだ。


「私は、もうちょっと事務所でゆっくりします」


 対する月坂は頭を痛そうに抱えている。もう、重症だ。

 こんな調子で、明後日から上手くやっていけるのだろうか──。



 〇



 翌日、俺は仕事が無いので、あとは学校でいつも通りの時間を過ごすだけ。

 だけどこの一日が終われば、とうとう地獄の日々が始まり、学校もしばらく休まなければならない。


 けれどそんな一日は何事も起こらず、早いことにもう夜の9時だ。

 俺は家の時計を見て、ベッドで寝そべりながら憂鬱に感じていた。


 そんなとき、『ピンポン』とインターホンが鳴った。


「誰だ? こんな時間に……」


 重い身体を起こして、ドアの覗き口に目をやった。


「なにしに来たんだよ……」


 俺はうんざりした声を出して、ドアを開けた。

 だって月坂が、大きなキャリーバッグを持って家の前にいるのだから……。


「話は後。早く家に入れなさいな」


 ワガママなお嬢様は、偉そうな口調でそう言った。


「無理だ。早く家に帰れ」

「いいえ、早く家に入れなさい」

「なに? 家族の誰かと喧嘩して気まずくなったの?」

「いいえ。家には私しか居ないわ」

「じゃあ、なんでだよ……」

「いいから……早く……」


 髪を指に巻き付けて、もじもじする月坂。

 よく分からないが、このまま抵抗しても話が進まないので、俺は仕方なく月坂を家に入れることにした。


「で? 何しに来たんだよ。キャリーバッグまで持ってきて」

「……あ」

「あ?」


「あ、明日のために! い……イチャイチャするわよ!!」


「……は?」


 月坂は顔を真っ赤に染めている。そんな月坂を見ていると、自分も身体が熱くなってきた。


「ちょっと待て! 一回、頭を冷やせ!!」


 俺は急いでコップに冷水を注いで、月坂に手渡す。もう、あれだ。こいつ、病気だ。それで頭がぶっ壊れたんだ。間違いない。


「……はぁぁ」

「よし、水飲んだな? それじゃあ、深呼吸だ」

「すぅぅ……はぁぁ……」


 よし、これで落ち着いたか?

 あとはあの変な目的を忘れていればいいのだが……。


「もう一度聞く。月坂、お前はここに何しに来た?」

「だから……久しぶりに、イチャつきに来たのよ」


 くそっ、至極真面目な顔して答えたよ。

 てか、真顔で「イチャつきます」って言うやつがいるかよ普通。


「ていうか、何するんだよ?」

「……わからないわ」

「ですよねー」


 そういえば、付き合ってた頃に月坂を家に呼んだときは、月坂に紅茶出して、二人で趣味の話して終わり──っていうように、恋人らしいことは特にしてなかったしな。

 つまり、家の中でイチャイチャなんてことは一度もやったことがないのだ。


 ──何をするべきだろうか。


 そう考え、俺は一人で頭を回す。


『家に呼んだんでしょ? 手料理は!?』


 すると、日向さんと初めて会った日の放課後のことを思い出した。

 そうだ、手料理だ。月坂に手料理を作ってもらおう。できれば恋人風に……。かなり苦なことだが、なんとか耐えてみせよう。


「じゃあ俺、月坂の手料理が──」

「いいの? 死ぬわよ?」


 月坂は深刻な表情を見せて即座に答えた。

 あっ、そういえば月坂、料理下手だったっけ……。

 俺はそのことを思い出し、「じゃあ、やめとく」と返した。


 ていうかお互い、好意なんて微塵もないのに今更「恋人ごっこ」なんて無理な話しではないか?


「あのさ、月坂」

「何? 私にやって欲しいこと、決まったの?」

「いや……もうやめないか? こんなこと」


 明日から始まる仕事のことを思って行動している月坂には申し訳ないが、こんなんじゃ何の結果も得られないと判断した俺は月坂に帰ってもらうことに。


「……そうね」


 すると月坂は立ち上がり、荷物を置いて家から出ていく──かと思いきや……。


「おっ、おい!」

「じゃあ、やめるわ。考えるの」


 俺の隣に座って、俺の肩に頭を委ねてきた。

 何こいつ、本当にぶっ壊れたのか?


「そうじゃなくて、無理にイチャイチャするの……やめないか? ってことだよ」

「ふーん。私は別に無理してないけど?」

「いやいや、お前がそんなわけ……」

「どうせ『明日から頑張ろう』なんて思って逃げるつもりなんでしょ?」

「別に逃げてるわけじゃ……いてててっ」


 月坂は俺の腕を強くつねってきた。こんなの、今まで無かったのにぃ……。


「どうせあなたは、明日もビビって逃げるんでしょ?」

「うっ……」

「いっつもそう。何でもかんでも後回しで、いつまで経っても行動に起こさない」

「いや、それは……ごめんなさい」


 月坂の言葉が胸に鋭く刺さり、それに耐えられなくなった俺の口から自然と弱々しい謝罪の声が漏れた。


「言っておくけど私、本気だから」


「月坂……」


 月坂の仕事への本気な姿勢を見て、心が動かされた。

 こんなにも月坂がやる気なのに、俺がいつまでもやる気を出さないのは申し訳ないよな。


「……わかった。今夜はウチに泊まれ」

「よろしい」


 こうして月坂は、俺にもたれかかったまま動かなくなった。


「……すぅぅ」


 って、寝やがったよ、コイツ……。


 俺は呆れて息をつくと、僅かに感じた羞恥を紛らわすためにテレビの電源をつけた。

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