第47話 モコ
くそっ、なんて災難なんだ。
月坂と旅行デートする羽目になるわ、写真集の企画者だと名乗る一つ歳下の後輩……八重歯のポニーテール悪魔に月坂と無茶ぶりされるわ脅されるわで……、もう、何これ?
一旦、家に帰ってから事務所に向かう俺はその道中でずっと愚痴を零していた。
どうせこうなるならば、日向さんとが良かったな。急遽、月坂と日向さんが交代にならないかな?などと、叶いもしないことばかり願っている。
「おはようございます……」
「せ、先輩!!」
ひっ!!
俺を呼ぶ声を聞き、全身に悪寒が走った。あの悪魔が頭にチラついてくる。
誰だ、俺を『先輩』と呼ぶやつは……。
「あの、ごめんなさい。いきなり……」
「なんだ、モコか」
良かった。俺は安心してホッと息をつく。
「それにしてもどうした? 俺のことを『先輩』だなんて呼んで」
「えっと、それは……」
モコは羞恥に染まった顔を見せながら、人差し指同士をツンツンとくっつける。
「いや、あの、翼さん、歳上だし。それに……」
「それに?」
「あっ、憧れなんです。『先輩』って呼ぶの」
変わった憧れだな。
俺は首を傾げて「どういうこと?」と聞いてみる。
「私、中学のときは部活とか入ってなくて、仲良い歳上の人もいなかったし。それに今は高校に行ってないから、尚更『先輩』と呼べる人がいなくて……」
「月坂がいるじゃん」
「凜々さんは、『凜々さん』です!!」
「日向さんは?」
「……日向さん」
「先輩って呼べばいいのに」
「ユニットのメンバーには言いたくないです。距離感が生まれるというか……」
「じゃあ、俺はいいんだ……」
「ちっ、違う! そうじゃなくてですね!! えっと……」
ダメだ。モコの思考とか理論がさっぱりわからん。
話についていけなくなった俺は──
「わかった! いいよ。是非、先輩って呼んでくれ。そう言われるのは悪くないし」
と言って、モコの話を止めて、モコが俺を『翼先輩』と呼ぶのを許した。
すると彼女は「ありがとうございます!」と言って、天使のように可愛い笑顔を見せた。やっぱ、アイドルって感じだわ。
「そういえば先輩、凜々さんの写真集の撮影に同伴するんですよね!?」
「あぁ、そうだよ。できるものなら日向さんの写真集の撮影に同伴したかった」
「ふふっ、先輩って本当に日向さんが好きなんですね??」
「……あぁ」
他人に俺が日向さんが好きだと言われると、なんだかくすぐったい感じだ。
俺は頬をかいて、小さく頷いた。
「でも、いいなぁ……」
「良くねぇよ。旅行だぞ? 嫌いなやつと。しかもカップルごっこだなんて、御免だよ」
「いや、旅行も羨ましいですよ!? それよりも……」
「モコ?」
「私にもいつか、来ますかね? 撮影のお仕事……」
モコは少し顔を俯かせた。
やっぱり後からアイドルになった月坂との間に生まれた差に負い目を感じているのだろうか。
でも、彼女は月坂や日向さんよりもたくさん頑張っている。
学校に行かない分、たくさんレッスンを詰め込んで、失敗してドジしても、笑ってまた立ち上がって前を向くんだから、確証は無いけどきっと報われると思う。
「きっと来るさ。撮影の仕事も、歌やCM、なんだって来るはずだよ」
「ホントですか?」
「あぁ、もしかしたらユニットの誰よりも早くソロデビューだって出来るかもしれないぞ!!」
「ソロデビュー……かぁぁぁ」
その言葉にモコは目を輝かせた。
きっと頭の中で自分だけがステージで光り輝く姿を想像しているのだろう。
「だってモコ、誰よりも頑張ってるし。それに……月坂よりは可愛いし」
「ホントですか!? じゃあ、日向さんとだと、どっちが可愛いですか?」
くっ、モコめ。モコは意地悪そうな顔でそう聞いてきた。
「……いい、勝負かな?」
「ふーん」
「なんだよ?」
「いえいえ、先輩らしいなって思っただけですよ」
「なんだそりゃ」
そう言って、俺たちは笑い合った。
不思議なことに、モコと話しているとさっきのイライラとか不快な気持ちがどこかに消えた気がする。それに、思い出してもすぐにはその気持ちが戻ってこない。
誰かを元気つける存在がアイドルだとすれば、彼女が立派なアイドルになれる日もきっと遠くないだろう。俺は思った。
「ありがとうな、モコ。なんか気持ちが楽になった」
「いえ、私こそ。もう気持ちはフワフワです!」
モコは柔らかな表情で言った。
そんなモコの姿を見て、俺も自然と口元が緩んだ。
「旅行、楽しんできてくださいね?」
「うっ……、まぁ、月坂とそれなりに上手くやるよ」
やばい。月坂との地獄のプランがさっきまでの心地良さを蝕んでいく。
しかも、お腹痛くなってきた……。
「いえ、そういう事じゃなくて」
するとモコはそう言って、クスリと笑いながらこう続けた。
「ただ単に、旅行を楽しめばいいってことですよ。せっかくの機会なんだし、楽しめないともったいないですよ?」
「モコ……」
「そりゃ凜々さんと仲良くやってくれる方が、私としては嬉しいし見物でもありますからね?」
「うっ……、そいつは聞けない願いだな」
「え〜」
そうやってモコと話している最中、モコが時計を見て「あっ」と声をあげた。
「私、そろそろレッスンの時間なんで!」
「おう、わかった。気をつけてな?」
「はい!」
「後で顔出すからー」
「はーい!!」
そう言ってモコは丁寧にお辞儀をして、事務所を後にした。
それと入れ替わりに──
「あっ、先輩。おはようで〜す」
「…………」
制服姿のアカネと月坂が入ってきた。
アカネはヘラヘラしていて、対する月坂はずっと口を噤んで何も言わない。
イライラしているのか? それとも隣にいる悪魔に恐れているのか?
どのみち月坂は今、気分最悪といったところであろう。
「お待ちしておりました。大鎌アカネさん」
黒川さんが入り口前に現れて、事務所への来訪者に向けて丁寧に挨拶をした。
「そして、Mrs.KAMALさん」
うわっ、出た。
赤色のアフロヘアーに黒いサングラス。
この二人、本当に親子か?と思わせるほどの違いに俺は驚かされた。
「おっ、クロちゃん。おっつおつ〜☆」
「お疲れ様です。そして、お久しぶりです」
「うんうん、おひさぁ〜☆ とまぁ、挨拶はこの辺にして──」
平然とした様子から一変。カマルさんはこれからの事が楽しみだと言わんばかりのニヤケ顔を見せた。
「早速、始めましょうか? 例のプランの打ち合わせを」
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