第10話 孤独な少女とオタクの少年

 月坂美狐乃は孤独だった。小学校の頃から、ある日まで──。


 美狐乃は基本、周りの女の子たちを「低俗な奴ら」と見なして避けてきたのだ。

 そんな気持ちがどうやら態度に出ていたらしく、それが気に食わないと感じた子たちは彼女に様々な嫌がらせをしてきた。


 しかし眼には眼を、歯には歯を。

 美狐乃はいじめっ子たちにその嫌がらせを「低俗な奴らの愚行」だとか言ったり、心に刺さる罵詈雑言を浴びせて黙らせてきた。中にはその言葉に泣き出す子もいて、それを機に嫌がらせがぴったり止まったとのことだ。


 とある理由でアメリカに渡ってからは、虐めが無かった。

 けれど孤独であることには変わらず。いや、日本で感じた孤独以上に辛かった。


 言語はわからないし通じない。意思疎通もままならない。

 そのせいで誰にも話しかけられず、美狐乃自らが誰かに話しかけることもできなかった。

 日本に居た時と変わらない孤独。だけど違う。

 アメリカにいるときの彼女は、まるで空気。誰とも関わらず、誰も彼女に触れず、ただ浮いているだけ──だから一段と辛かった。


 これは、そんな彼女に救いの手が差し伸べられるまでの話である。



 〇



 中学二年になったばかりの頃、日本と同様にクラス替えが行われた。

 相変わらず美狐乃の周りには誰も寄ってこない。というより、彼女が誰も寄せ付けようとしない。周りにはそう見えていた。


(あの人が、噂の日本人か)


 そんな中、隣の席の少年が美狐乃に興味を示す。その少年こそ、藍川翼。美狐乃と同じ、アメリカの学校に通う日本人だ。

 彼のその心は、日本人仲間を見つけたことへの嬉しさによるモノだ。


(でも、めっちゃ怖い……)


 けれど彼女から放たれる空気に、翼は接近を厭う。

 刃物のように鋭い目つき、誰も近づけない静かなたたずまい。それらに翼は恐れおののいていた。


(でも、またボッチは嫌だなぁ)


 陰キャでコミュ障、それが原因でボッチになることを自覚していた翼はそれらを克服するために美狐乃に話しかけようと考える。


(でもでも……なんて話しかけよう……)


 話題に悩む翼。頭の中で話題を探すが、アニメやア〇マスのことばかり。これではダメだと、翼は頭を抱えた──そのときのことだった。


(もしかして、あれって……)


 美狐乃のカバンにラバーストラップがついているのが見えた。

 ラバーストラップに描かれた少女は、翼がよく知っているキャラクターだ。

 美狐乃によく似た、素直になれないクールな少女。まるで美狐乃の分身のような少女である。


「ねぇ、ア〇マス知ってるの?」


 それがきっかけとなり、翼は美狐乃に話しかけることが出来た。


(やばい、話しかけちゃった。振り向いた! 目つき怖っ!!)


 彼女の反応に恐れ、手汗がにじんでいた。


「えっ……うっ、うん……」


 けれど意外なことに、彼女はたじろいだのだ。そしてしばらくして、口元が少し緩んだ。 

 アメリカ人しかいない中、自分と同じ日本人に話しかけられたこと。自分の好みのコンテンツを知る者に出会えたこと。今までなかったことだからちょっぴり嬉しかったのだ。


 普段なら「気安く話しかけないで」と言って遠ざけるのだが、せっかく見つけてもらった“仲間”にそういう態度を取るのはもったいないものだと思い、いつも通りのことが出来なかった。


「あ……あなたも知ってるの?」


 さらに、美狐乃は翼に話しかけた。人を遠ざけてばかりだった口は、久しぶりのおしゃべりに緊張して震えていた。


「うん。好き! めちゃくちゃ好き!! ミ〇シタ始めて沼にはまっちゃったよ」

「あら? 私はデ〇マスのアニメからはまったわよ?」


 自然と美狐乃の声が弾んでいた。

 ここから日本人ア〇マスP同士の会話は盛り上がるのだが、なんだか様子がおかしい──。


「ミ〇シタから始めたってことは……あなた、P歴1年程度でしょ? 私、3年目なんですけど?」

「うっ、P歴でマウントとるのかよ……」

「えぇ、ア〇マスPの歴の長さは、愛の強さだもの」

「へぇ、俺はそんなもので愛の強さは語れないと思うけど?」

「あらあら……千早、志保、凜P歴3年の私に楯突くのかしら?」

「ふーん、担当アイドルは千早と志保かぁ。愛の強さを語るなら、卯月と杏奈P1年とは思えないくらいの、俺の部屋を見てから言うんだな。ほら、この写真が俺の愛の証だよ」

「……卯月のフィギュアと杏奈のフィギュアが全部……。それに杏奈のミ〇シタ1周年記念の等身大パネルまで……。ふん、愛をお金で買うなんて、何がいいのかしら?」

「なんだよ。俺の愛に負けてるからってケチつけようとしてるのか?」

「いいえ、その『担当アイドルに短期間でたくさん貢ぎました』アピールを軽蔑しているのよ? あなたの行為なんてね、『パパ活』と変わらないのよ」

「なんだと?」

「なに? 重課金にわかPくん。私のじっくり煮込まれた愛に歯向かうつもり?」

「ぐぬぬ……。もういい。お前と話してるとイライラする」

「ふっ、あっそ……」


 オタク同士の言い争いは、互いがそっぽを向いたことで一度、終戦した。


(くそっ、なんだよアイツ。厄介オタクじゃねーか)


 翼は頬杖をつき、美狐乃にイライラしつつも、女の子との会話したことが照れくさくなって、紅潮していた。


(なによあのオタク。ほんとキモい……)


 美狐乃は指に自分の髪を巻き付けてクルクルさせながら、頬を赤く染めていた。


((だけど、胸が熱い……))


 これがオタク同士の衝突から始まる、アメリカで出会った日本人の少年少女の物語の序章である。

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