第11話 仲間

 あの後二人が知り合ってから、教室では喧嘩ばかり。目を合わせる度ににらみ合ったり、互いに舌打ちすることもあった。

 もちろん言い争いは日本語で展開されるから、周りのクラスメートに内容は理解できない。だけど皆、二人がかなりの不仲であることは認識していた。

 たまには二人の言い争いに口笛などの煽りが飛び交うことがあった。完全に見世物状態である。


「結局、今年もボッチだ……」


 ある日の放課後、翼はため息をついた。

 隣をちらりと見ると、美狐乃は一人読書をしていた。猫背気味の翼に対して、美狐乃の背筋はまっすぐ伸びている。


(あいつもボッチなのか……)


 ボッチ仲間に惹かれていた翼。けれど普段の喧嘩を思い出し、「アイツなんか無視だ。無視!」と言い聞かせて、ぷいっと美狐乃から視線を外した。


 そんなとき、美狐乃に同じクラスの、眼鏡をかけた地味めな女の子が話しかけてきた。

 もちろん相手は日本語がわからないアメリカ人。美狐乃は彼女の言うことに首を傾げていた。


「えっ、あの……」


 だけど美狐乃はその子を遠ざけようとしなかった。きっと彼女の言う「低俗な奴ら」に見えなかったからだろう。


(日本のアニメについて話したいってか……)


 クラスメイトの少女の言葉が、翼にはわかった。

アメリカに来る前に英会話教室とKUMONに通っていたから、英語は美狐乃よりも理解できるのだ。

ちなみに他人と話さないので、英語はペラペラと話せない。


「なぁ、日本のアニメについて語りたいんだとよ」

「えっ、そうなの……あ、ア〇マス?」


 美狐乃がそう聞くと、少女は頷いた。どうやら『ア〇マス』という言葉に強く反応したのだろう。


「えっ、ちょっ……」


 少女は嬉しくなったのか、美狐乃の両手を包んだ。オタクというのは、仲間を見つける興奮するもので、彼女もその一人だろう。翼は思った。


(おいおい、そんなに嬉しいのかよ。相当なオタクだなぁ)


 少女が半泣きになっているのを見て、翼はニヤリと笑った。


「じゃあ俺はこのへんで……」

「あ、あなたもここにいなさい! 翻訳係として」

「うっ……わかったよ」


(美狐乃のことは嫌いで手を貸したくないけど、せっかく見つけたオタク仲間とアニメの話が出来ないのは、がかわいそうだからな)


 翼は、あくまでと思って、美狐乃の言うことに従って、家に帰るのをやめた。

 ついでに少女とアニメの話ができそうかも、なんて期待をしてみる。女の子と楽しく話せる機会なんて、翼にはそうそう無いことだからだ。


「あ、ありがとう。ツバサくん!」

「あっ、うん」


 あまり異性に感謝の言葉を言われたことがないものだから、翼はもじもじとした。

 その後、翼の翻訳が上手く働いて、美狐乃と少女のアニオタトークが円滑に進み、翼もお望み通り、彼女とアニオタトークで盛り上がる事ができた。

 まぁ途中で美狐乃と翼の口喧嘩が発生したこともあったが、少女はそれを見て楽しげに笑っていたから結果オーライであろう。



 〇



 あの後、結局日が落ちるまで学校で語り合った三人。

 帰り道も途中まで一緒で、その間もアニオタトークは続いた。

 後に少女と別れ、翼と美狐乃が二人きりになる。


「あっ、ありがとう」

「なんだよ。らしくない……」

「な、何よ。私だって、お礼の一つは言うんですけど?」

「あぁ、そうかそうか」


 翼はそう言っているが、内心かなり照れていた。美狐乃に至っては、顔から首の下まで赤い。


「てかお前、あんなに楽しく話すんだな」

「……」


 翼の言葉に、美狐乃の赤くなった部分がどんどん真っ赤になった。今にも火が出そうだ。

 美狐乃は基本、口数が少なく、楽しそうに話す姿を人前で見せたことが無いものだから、そんな『初めて』を見せたことにかなりの羞恥を感じたのだ。


「あ、あなただって、ニヤニヤしてたじゃない! 気持ち悪い……」

「なっ、気持ち悪い……だと……」

「えぇ、ほんと、吐き気がする!!」

「お、お前ぇ……」


「……だけど、た、楽しかった」

「…………んだよ」


 美狐乃が早口で暴言を吐いてから、すぐ照れて顔を俯かせるものだから、どうも調子が狂う。

 翼はそんな彼女を見てすぐ、そっぽを向いた。頬はかなり紅潮している。


「私、嬉しかったの。アメリカでこんなに楽しく話せて」


 ポロリと、美狐乃は本音を零した。

 そんな彼女に、翼は更に狂わされる。それでも彼女は話し続けた。


「私、ずっと孤独だったの。小学校のときは虐められて……まぁそんな低俗な奴ら、泣かせてやったんだけど」

「だから孤独なんじゃ……」

「は?」

「……すみません」


「あなたもボッチのくせに、調子乗ってんじゃないわよ」と言われた気がして、翼はすぐ萎縮した。


「でもアメリカに来れば、もっとキツかった。虐めは無かったけど、言語の違いのせいで誰とも話せず話しかけられず……。でもそんな中、あなたに会った。私と同じ、日本人でボッチで、オタクのあなたに」

「俺も、正直嬉しかった。仲間がいた! ……ってなったよ」

「まぁ、それがあなたじゃなきゃ、もっと嬉しかったんだけどね」

「それはこっちのセリフだ……」


 両者とも恥ずかしくなって、また目を背けて黙り込んだ。


 ──アイツは嫌いだ。だけどアイツも俺と同じ。もしかしたら、仲良くやっていけるのかな……。


 その沈黙の中で、翼は深呼吸して気持ちを落ち着かせて、口を開く。


「あのさ、月坂」

「──無理よ」

「まだ何も言ってないんですけど……」

「どうせ『友達にならないか?』なんて提案を持ちかけようとしたのでしょ?」

「うっ……」


 ──何こいつ、読心術でも使えんの!?


 あまりにも翼の思いを的確に当てるので、翼は美狐乃に畏怖感を抱いて身を引いた。


「言っとくけど私、あなたと仲良くなる気なんて更々無いから」

「あーはいはい、そうですか」

「えぇ、でもあなたみたいな仲間……がいないと退屈だから。話し相手になら、なってあげてもいい……」


 髪を指で巻きつけながら、美狐乃はボソッと言った。

 翼は頬を掻きながら、「じゃあ、俺も」と返事した。


 翼と美狐乃は現在、元カップル──すなわち二人はいずれ、めでたく付き合うことになるのだが……それはまた別のお話。

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