第9話  陰キャと思えない。クールに見えない。

「なんでお前なんかと……」

「それは私のセリフよ? なんで私のようなアイドルのマネージャーが、Twitterでしかグチグチ言えなさそうな陰キャなのよ……」

「おい。Twitterは関係ねぇだろ?」

「あるわよ。あれは真の人間性を映す鏡だもの」

「はいはいそうですか。じゃあ俺はTwitterで陰口とかネチネチ言わねぇから、それが真の人間性だな」


 事務所を出てからずっと、喧嘩ばかりの元カップル。


「でもあなた、『いいね』したツイートにたまに、えっちぃイラストがあるじゃない? しかも巨乳の女の子ばっかり。それがあなたの真の人間性よ。巨乳フェチコミュ障陰キャ」

「なんで俺の『いいね』したツイート見てんだよ。そういうストーカー気質がお前の真の人間性だよ。付き合ってた頃もそうだ。この束縛根暗陰キャ」


 夫婦喧嘩同様、この二人の言い争いは犬も食わぬほどだ。


「あのな、お前のそういうねちっこいところが嫌いなんだよ。なにがそれで『クール美少女』だ。アホらしいったらありゃしないね!」


 陰キャでコミュ障を自称する翼は、早口でまくし立てる。

 顔を上げてペラペラと言葉を話す彼が陰キャでコミュ障とは思えない。


「私も、あなたの気持ち悪いところが本っ当に嫌い。あなたがえっちぃ絵を見て、ニヤニヤしてるのを考えると、吐き気と悪寒が走るわ」


 冷静沈着なクール美少女と謳われた美狐乃は感情をむき出しにして饒舌になる。

 クールなのは見た目だけ。溢れる感情はそう簡単には抑えられないようだ。


「あぁ、そうかそうか。俺なんてお前の顔が脳裏に映るだけで吐血するね」

「あぁ、そうですか。だったら私のことばかり考えて、さっさと血まみれになって死んでくれる?」

「いやいや、無理だから。お前を思い出そうとすると、脳が拒絶反応起こすから」

「は?」

「あ?」

「「……」」


「「ふんっ!!!!」」


 こんな不仲の状態で、翼の初めての仕事は始まるのだった。



「お疲れ様です」


 数分後、彼らは撮影の現場にたどり着いた。

 駅から電車に乗って現場に向かっている間も、結局二人は喧嘩ばかりだった。


「はぁ……」


 喧嘩ばかりで疲れた様子の翼。対する美狐乃は涼しげな顔をしていた。


「それにしても……すげぇ……」


 翼は辺りを見渡した。

 高そうなカメラに、大きなライト、アンブレラなどの撮影機材。多くのスタッフさんや、さっきからクネクネしているオカマのような見た目のカメラマンなどなど……。

 どれもが翼が見る初めての光景だ。彼は胸を躍らせた。


「あの子たちもアイドルか……」


 現場には美狐乃以外に二人、美狐乃と同い歳くらいの女の子が待機していた。

 バッチリ決まったメイクとクールな撮影衣装がやけに眩しい。白い壁でライトの光が反射しているものだから、その光が彼女たちから放たれる後光に見えた。

 これには翼は目を細めた。


「お待たせしました」


 しばらくすると、美狐乃が現れた。

 黒いドレスを身に纏い、首には真珠のネックレスがかけられている。

 メイクもネイルもクールに決まっていて……これには翼も目を逸らすことはできなかった。それどころか、釘付けだ。

 アメリカにいた頃に一度も見たことなかった、彼女の美しい姿を見つめる翼の開いた口が塞がらない。


「……いやいやいや。何を見とれてるんだよ……」


 翼は目を瞑り、首を振った。

 そうだ、日向さんのことを考えよう! と思い、彼は再び目を開けてみた。


「なんか……違うな……」


 けれど、どうも元気で明るい彼女とは合わないようだ。

 翼はその結果にため息をついた。


 そんなとき、美狐乃がヒールをカツカツさせて近づいてきた。


「どうかしら?」


 自慢に満ちた表情を浮かべながら、彼女は翼に衣装の感想を求めてきた。


「ぐっ……なんか、似合っててムカつく」

「あら、わかってるじゃない。だって私、アイドルだもの。あなたみたいな低俗なオタクとは格が違うもの」


 悪役のような笑みを浮かべる美狐乃を見て、翼は「褒めるんじゃなかった」とひどく後悔。

 ここで彼は思った。美狐乃アイツを調子に乗せるべからず、と。


「それじゃあ撮影はじめまーす」


 けれど撮影が始まると、美狐乃の輝きは留まることを知らぬほど増していった。

 カメラマンの指示によりシュッとしたボディラインと様々なイカした表情がどんどん発揮されていく。


「んぁーっ! いいっ!! いいわよっ☆」


カメラマンは腰をクネクネさせて、美しく映る美狐乃を前傾姿勢になって撮影していた。


「……すげぇ」


 翼はついつい見とれていた。

 同時にイライラも溜まってきたので、もう一度彼女を日向葵和子ひなたきなこに置き換えてみる。しかし、やはりマッチングしない。



「皆さん、今日も超パーフェクトッでしたわっ! 今日はゆっくり休んでねっ☆ そんじゃ、おつおつ〜」

「「お疲れ様でした!」」

「お疲れ様でした」


 撮影が終わり、カメラマンが立ち去ると同時に美狐乃は颯爽と一人で更衣室に向かった。

 同じ現場のアイドルたちはそんな彼女をチラリと見るが、その後すぐに気にすることなくおしゃべり。学校での話とか仕事の話とか──何気ない話をして、美狐乃については何一つ触れなかった。


「なんだよ、ちっとも変わってねぇじゃん……」


 それを眺める翼。美狐乃はいつも通り、孤独になるんだなと思う。


 月坂美狐乃は小学校の頃から今まで、ずっと孤独だった。

「あんな低俗な奴らと絡むなんて無理」だとか自分に言い聞かせて、孤独になろうとしていたのだ。


 だが違う。本当は"仲間"が欲しかった。そしてそれが見つけられなかった。


 そう気づかされたのは、彼女が中学生の頃に、アメリカに渡ってからのことである。 

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