第38話  最大の役割

「おはよ、ツバサ」

「あっ、おはよう」


 翌朝、校舎まで続く長い坂道の上で日向さんに後ろから声をかけられた。

 気をつかってくれているのか、今日は少し大人しめな挨拶だ。


「月坂さん、大丈夫かな」

「わかんない。ただ単に俺を避けてるだけならともかく、どうもそんな感じがしないからな……」


『おらおらー!学園のアイドル様のお通りだぞー!!』


 後ろから、久しぶりの光景が近づいてきた。

 まるで下僕かのような取り巻き男子生徒たちに囲まれた学園のアイドル──月坂美狐乃の登場だ。


「月坂……」


 いつもはその下僕たちを飾りにして不敵な笑みを浮かべるのだが、今日は不安で表情が曇っていた。

 それだからか、今日の下僕たちはまるで、月坂を何かから守る防護壁ぼうごへきみたいな存在に見える。


「月坂!」


 俺と日向さんは立ち止まり、後ろを振り向く。

 すると大名行列は足を止め、そこで月坂が前に出てきて俺に噛み付いてくるのだが……


「…………」

「おい、月坂!」

「……行きましょ」


 今日は目を合わせることすらなく、男たちの中で身を潜めるように校舎へ向かって歩き出した。


「待って、月坂さん!」

「…………」


 日向さんの声も届かず。やがて月坂の背中は男たちの大群に紛れて見えなくなってしまった。


「くそっ、聞く耳持たずか」


 去っていく大群に、俺は小さく舌打ちした。

 そんなとき、「ツバサ、電話」と言われて、携帯電話のバイブレーションに気づいた。


「あっ、はい」


 相手は、黒川プロデューサーだ。


『翼くん、今日の仕事なんだけどさ』

「はい」

『……お休みしてもらっていいかな?』

「……月坂が何か言いましたか?」

『そっか。凜々りりちゃん、翼くんに言っちゃったんだね。その通りだよ』

「……俺、辞めませんからね!」

『わかってるよ。だから言ったでしょ?今日は、って』


 月坂に俺をマネージャーの職から外せと言っただろうに、黒川さんは全く動揺もしておらず、いつも通りの軽々しい声の調子を保ち続けている。


 かと、思えば──


『翼くん、キミを辞めさせるつもりなんて微塵も無いから』


 声にかなりの重みが加わって聞こえてきた。


『凜々ちゃんとの間に何があったかは知らないけど、明後日の仕事までには絶対に解決してね』

「……はい」

『それに今このときが、キミの最大の役割だから……。期待してるよ、マネージャーくん』

「えっ?それってどういう……」


『最大の役割』について聞こうとすると、その答えが返ってくることなく通話が切れた。


「プロデューサーさん、なんて?」

「あぁ、今日は俺、休みだって」

「えっ……」

「でも、大丈夫……」


 こんなに日向さんを心配させてばかりだといけないよな。

 俺は恥ずかしさを押し殺し、彼女の目を見て言った。


「俺、絶対にマネージャー辞めないから」

「……うん!」


 すると彼女は眩しい笑顔でコクリと頷いた。



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