第36話 突然の電話

『彼女はあなたを、道具としか見てないと思うわよ』


 ふと、月坂が俺に言ったあの酷い発言を思い出す。


「日向さんが俺を……、もしそうだったら?」


 ──俺、もしかして眼中から外されてる!?


「んぉああああああああああ!!!!!!」


 俺は悶え、ベッドの上でジダバタした。

 待て待て待て! それじゃあ俺の恋は絶望的か?

 確かに俺は、たとえ日向さんがそう思っていても、彼女が日咲みのりのような存在になれるようにと応援した。いや、だけどさ──


『これからはもう、お姉ちゃんを目指すの……やめる』


 これ、俺もう要らないよね?

 憧れの日咲みのりのような存在になるのも辞めるから、俺に優しくする必要ないよね??

 えー、どうしよー! 明日、日向さんとデート……じゃなくて、二人きりで勉強するのに!!

 もし日向さんが明日から本性をさらけ出し始めたら──。


『なにキョドってんの? キモっ』

『ていうか前々から思ってたんだけどさ、ツバサ見てたらマジでイライラするんだけど?』

『えっ、なに? 勉強できるアピール?? そういうの要らないから』


「ああぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!!」


 日向さんがこんなこと言うはずない。それはわかっているのに、脳内で再生できてしまった。


『アタシって中学のときまではそんなんじゃなかったんだ。昔は全然、社交的じゃなくて……』


 そういえば中学のときは積極的じゃないって言ってたっけ。

 てことは、こういうパターンも──。


『あっ、あの、つ、ツバサ……。ここ、教えてくれませんか?』

『やっ、やっぱツバサって呼ぶの恥ずかしい……。今更だけど、ツバサくん、って呼んでもいいですか?』


 あっ、いい……。


「じゃねえええぇぇぇぇ!!!!」


 確かに可愛いけど、俺が好きになった日向さんじゃねぇぇ!!!

 俺は布団にくるまって、また悶えた。


 俺も月坂も日咲みのりも、日咲みのりらしく振舞おうとする日向さんの変化を求めた。

 あの二人は満足かもしれない。俺もそのはずだった。

 でも、俺は……。


「これはもう、聞くしかねぇ」


 俺はLINEを開いて、日向さんとのチャット画面を見た。

 えっと……、突然だけど、俺のこと……。


「いや無理無理無理無理無理無理無理無理!!!」


 俺は送ろうとしたメッセージを全て消した。

 そして──何故か月坂とのチャット画面を開いていた。理由は特にないのだが……。


「…………」


『ちょっと話がある』


 気づけばそう、月坂に送信していた。

 月坂がこの前言ってたことの真意を確かめるため、あと……そう! 恋愛相談だ!!


『プルルルルル……』


 すると、携帯のバイブと共に着信画面に移行した。

 相手は、月坂だ。メッセージより電話で話そう、ってか?


「おっ、おう」

『ごめんなさい、こんな時間に』


 ん? 俺のメッセージを見ずに電話をかけてきたのか?

 どうやら月坂は俺に用があって、一方的に電話をかけてきたみたいだ。


「いや、ちょうど良かった。あのさ……」


 だけど、あの言葉の真実を知りたい衝動に駆られた俺は、無理に先手をとろうとした。


『翼くん……』


 けれどすぐさま、月坂が俺の言葉を遮った。

 そしてこの後、彼女はこう言った。



『今後、私と関わらないで欲しいの』



 ……………………

 ………………

 …………


 これには声が出なかった。


「は? なんだよ? いきなり……」


 確かにこれは、月坂と再会してからずっと願ってきたことだし、月坂と俺と再会したときに「話しかけないでちょうだい」と言っていたものだから、切に願っていたことだろう。


 だけど今に言われた言葉はあの時と違う。

 もっと重みがあって、なんだか急すぎて……どうも簡単に呑めなかった。


「い、言われなくても、お前とは学校で関わるつもりねぇし?」


 違う、そうじゃない。と、わかっていても尚、本能がそれらを避けようとしているのか……。

 俺はヘラヘラ笑って、月坂に言った。


「そ、それに仕事上では仕方なく関わらなきゃいけねぇし、そんなの無理だろ。それがわかってて言ってんのか?」


 嫌な予感がする。

 それなのに俺は苦笑いしながら、そう言い並べた。


『ツバサくん、あなたには──』


 そして「お前の『逃げ』はもうここまでだ」と告げるように月坂はこう言った。


『……あなたには、マネージャーを辞めてもらうことになるかもしれない』


「……えっ」


 空気が固まり、目に見える時計の秒針が止まっているように見える。そんな感じがした。


「…………」

『ごめんなさい。急に……』


 俺は携帯電話を耳から離し、その手をぶらんをさせる。


「なんだよ、それ……」


 月坂のことが嫌いで嫌いで仕方なくて、そんなアイツとおさらばできる。

 仕事を辞めること、日向さんと仕事上でも関われる機会を失ったのは痛手だが、平和な日常が、俺の望んだ『月坂美狐乃と関わらなくてもいい』日常が手に入るはずなのに──何故だろうか。


「ふざけんなよ……どうして……」


 俺の胸が、締め付けられるように痛み、目頭が熱くなってきたのだった。

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