二章 独りにするもんか
第35話 超敏腕プロデューサー
美狐乃たちグリッターステラが初めてステージに立ったライブから翌日のこと。
「ふんふんふふんふーん……」
ここは車の中。昨日のライブで歌った曲を思い出したのか、美狐乃が軽快な鼻歌を奏でている。
ハンチング帽を深々と被っているからか、いつもの気高くクールな姿が隠れている。けれど今の楽しげな表情は隠せていないからか──
「お嬢様、今日はやけにご機嫌ですな?」
「ち……違います! 別に昨日のライブが楽しかったなんてことは……」
「ほぉ、昨日のライブですかぁ……」
「ち、違います!!」
車を運転する執事に指摘され、美狐乃は両手で赤くなった頬を押えた。
「ははは……、こりゃお母様にもお伝えしなきゃいけませんなぁ」
「そ、そりゃ……お仕事の報告は必須事項ですから」
「ははっ、そうですな」
美狐乃を乗せた車は、とある大学病院へ向かっていた。
目的は母親の見舞いである。
つい最近まではプロデューサーとして事務所で働いていたが、『脳梗塞』を患い、今はアイドル業界から一時的に退いて療養に励んでいる。
「お母様、お見舞いに参りました」
病室に入ると、美狐乃は律儀に頭を少し下げた。
「おはよっ、凜々ちゃん」
「おっ、美狐乃ちゃん。お久しぶり!」
病室には才加ともう一人、『山下』という、スーツ姿で眼鏡をかけた男がいた。
そしてベッドには美狐乃に似た長髪の母親が微笑みを娘に向けた。
「おはよう、美狐乃」
「母さん、調子は?」
「うん、良い感じかな」
「そっか」
「『良い感じ』ってアンタ、何日言ってるんだい」
二人が会話していると白髪の
彼は
ちなみに山下という男は、彼の付き人で、
「別に嘘はついてませんよ?」
「はぁ……、そうかそうか。そんなに『良い感じ』が続くなら、さっさと治して戻ってきなさいな」
「そうしたいけれど、上手くいかないもんですよ……」
「けっ、情けねぇ」
ここで二人の間に沈黙が生まれる。
「鷹倉さん、おはようございます」
そのタイミングを見て、美狐乃は恐る恐る挨拶した。
「おめぇ、デビューが決まったんだってな」
「……はい」
「はぁ……、それでおめぇらのプロデューサーがこのチャランポランかい」
鷹倉は才加に向かって言うと、才加は「あはは……」と苦笑した。
「そういや鷹倉さんも、また新しい子をプロデュースしてるらしいですね?」
芙雪がそう聞くと、鷹倉は「あぁ」と返事する。
そして不満が詰まったため息を吐いて──
「ったく、最近の若ぇのはホントに情けねぇ! すぐ弱音吐くわ、すぐへばるわ……怒鳴ればすぐにワンワン泣き出しやがる」
「でも今どき、そういうのが『パワハラ~』とか言われるんですよ?」
「ふん。そんなことしか言えん半端なヤツは、もうオーディションの段階で見抜いて落としてるさ」
「それに、鷹倉さんにそんなこと言えるほど肝の据わったアイドルなんかいませんですしね」
山下が笑いながらそう言うと、才加と芙雪も口を歪ませて微笑した。鷹倉穣治、恐るべし、と。
「でも、今回の俺は本気だ。グリッターステラはもちろん、おめぇのとこのアイドルも、すでにデビューしてるアイドルも全員潰すから、覚悟しな」
「ほぉぉ……前に私に言ってた、鷹倉さんの孫娘さんですか?」
「あぁ、そう。山下の娘だ」
二人の敏腕プロデューサーが互いに火花を散らす。この二人の間には、かなり強い因縁がありそうだ。
「見せてやるよ、おめぇのとこのトップアイドル『日咲みのり』がトップの座を奪われる瞬間をな」
「ふーん。それは楽しみですね」
二人から溢れる強い闘争心に、才加は身震いし、尻込みした。
この空間には恐ろしい存在が二人いるようだ。
「あの、鷹倉さん」
けれどここには、もっと恐ろしい少女が一人いた。
「私、その子に負けるつもり……ありませんので」
恐れ知らずの真剣な表情で美狐乃は言った。
トップアイドルの創造神に鋭い眼光を向けるその姿から、「トップアイドルを超える」という強い意志が伺える。
「……帰るぞ、山下」
「あっ、はい」
彼は美狐乃に何も言い返さずに、ゆっくりと病室を出た。
とりわけ不機嫌な表情を見せず、平然とした様子で。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
鷹倉の姿が消えると、才加が声を上げて腰を落とした。
「もぉぉ、なーに言ってんのさ
「私はただ、宣戦布告を……」
「いやいやいやいや! 喧嘩売る相手間違ってるから!! ホントだったら、鷹倉さんに怒鳴りつけられてたよ!?」
そう言って怯えた様子を
「いや、でも……」
けれど美狐乃の表情は一切ブレてない。
「そのくらいの気持ちになれないと、トップになれないと思いますけど?」
あまりの向上心の高さに、才加は「こりゃ参った」と笑うしかなかった。
「そうね」
娘の強い気持ちに応えるように、芙雪は微笑んだ。
「それじゃあ、私はそろそろ行きます」
「あっ、待って美狐乃」
カバンを持って病室を出ようとする美狐乃を呼び止めて──
「初めてのステージは、どうだった?」
「……最高だったよ」
本当に楽しかった、と言わんばかりの笑顔を向けた。
〇
病室を出て、エレベーター乗り場で立ち尽くす美狐乃。
上のライトが動くのを目で辿り、エレベーターが上がってくるのをじっと待っていた──そのときのことだ。
「つ、月坂さん!!」
男の声が耳に入る。
「……だれ?」
その声がする方へ振り向くと、美狐乃の表情が恐怖で染められた。
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