第1話  転入初日、好きな人ができました。

「あ、藍川翼あいかわつばさ……です。よ、よろしくお願いします……」


 教室に入り、黒板の前で自己紹介をする。

 背筋がピンとしておらず、猫背だからか──「なんだこの陰気くさい奴は?」と言わんばかりの顔で、生徒たちがこっちを見てくる。


「えっと、四年間、アメリカに住んでました……」


 このようなインパクトのある事実を言ってみても、食いついてくれない。

 そりゃ食いつく者は一人いたが、そいつは目を細めて「嘘なんじゃないの?」と思っているみたいだ。

 メンタルが限界なので、俺はペコッと頭を軽く下げて自己紹介を締めた。

 教室には盛り上がりの乏しい拍手が鳴り響く。やはり、ウェルカムムードでは無いみたいだ。



 高校二年の四月。俺の新しい生活が始まる。

 つい最近まで親の仕事の都合でアメリカに住んでいたが、今日から俺は日本の高校で生きていく。


 俺はいわば帰国子女だ。人々は帰国子女に「英語ペラペラでかっこいい」とか「海外経験あるの強すぎ!」とか……勝手な憧れ持つのだろう。まぁ、俺は違うみたいだけど。


 ちなみに俺は英語がそんなにペラペラではない。というより、言葉すらペラペラと喋れない。だって俺、“コミュ障陰キャ”だもの。

 話し相手なんかいないし、英語はおろか、言葉すら発しない。

 英語は読めるし話せる。だが、憧れられるほど流暢に話せない──憧れられてないみたいだけど。


「それじゃあ藍川、お前の席は……あそこだ」


 担任の先生に促され、俺は後ろの空席まで足を運ぶ。空席の隣の席の女の子が「こっちこっち!」と手招いている。なんだか恥ずかしい。


「アタシ、日向葵和子ひなたきなこ。よろしく!!」


 席につくと、屈託のない笑顔でその子は自己紹介してきた。

 ふわっとしたミドルヘア。きめ細やかな白い肌。癖のないナチュラルメイクなどなど……美少女的要素満載だ。

 窓から刺す光が彼女を明るく照らす。この目映まばゆさ、耐えられないんだよな。


「あっ、よろしく……」


 俺は思わず彼女から目を背ける。美しい顔はまぶしくて直視できない。かと言ってご立派なお胸になんか目を向けられない。


「それじゃあ今日の朝礼は終わり。藍川と仲良くしてやってくれ」



「ねぇねぇ」


 教室から先生が出ていくと早速、日向さんは俺に話しかけてきた。

 どんな顔して振り向こうか?と考えながら、俺はゆっくりと彼女の方へ振り向いた。絶対ニヤニヤしてて、キモい顔してるんだろうな。泣きてぇ。


「あっ、はい。なんでしょうか?」

「えっ、なんで敬語? アメリカ人なのにフレンドリーじゃないとか、ウケる」

「いや……俺はアメリカにいただけで……」


 くそっ、眩しい! 振り向いたのはいいが、全然直視できない。何この子? 太陽かな??

 俺はたった二言喋っただけで目を背けてしまった。


「ねぇ、キミ」


 あまりの眩しさに目を痛めているのに、彼女は容赦なく話しかけてくる。

 無視したいが、こんな美少女が話しかけてきてくれているのに、無視するなんてできない。

 俺はまたゆっくりと振り向いた。


 すると彼女は自らの頭の左に人差し指を当てて、「ね・ぐ・せ」と、トン、トン、トンと軽く叩きながら言った。


「ついてるよ?」


 トドメは無邪気な笑顔を向ける。

 俺は照れくさくなった。それどころか、胸がざわついている。久しぶりの感覚だ。


「あ、ありがと……」


 俺は後ろを向いて、即座に手ぐしで寝癖を直そうとするが、直らない。

 寝癖直しに苦戦する俺。そのとき、頭に何かが当たる感覚がした。


「手、どけて?」


 俺が後ろを見ると、そこには櫛を持った日向さんいた。

 しかもさりげなく手で頭触っちゃってるし、あと近い! 初対面の陰キャによくそんなことできるな?


「寝癖、直してあげる」

「あっ、ありがと……」


 生まれて初めてだ。寝癖を直してくれる美少女なんて、フレンドリー大国アメリカにはいなかったぞ?

 それどころか、フレンドリー大国アメリカで女の子がここまで優しくフレンドリーに接するなんてことは無かった。


「……はい! おっけー」

「あっ、ありがと……」

「ううん、困ったときはアタシに頼ってね? !!」

「えっ……??」

「あっ、ごめんいきなり。アメリカってこういうノリなのかなー……なんて。ダメ、かな……?」


 だからだろうか? 俺はこんなにも優しくフレンドリーな美少女の日向さんが──


「あっ、いや、つ、つびゃさでいいよ!!」

「ほんと? じゃあお隣同士、これからよろしく!!」


 日向さんのことが、好きになっていた。

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