第23話 私のこと、好き?
新ユニット『グリッターステラ』の初顔合わせが終わり、俺は会議室の最寄り駅まで歩いていた。
ちなみに月坂は車に乗ってどこかへ行き、モコは黒川さんの車に乗って事務所へ向かい、
「やべぇ俺、今……」
つまり俺は今、日向さんと二人で歩いているということだ。
「ふんふんふ〜ん♪♪」
日向さんを意識して、ひどく緊張している俺に対して、日向さんは会議室を出てからずっとハミングを
実の姉でトップアイドルの日咲みのりのライブで共演できると聞かされたのだ。溢れる喜びはそう簡単に抑えられないだろう。
そして今、俺たちは駅にいる。
乗り場が二つしかない地下鉄の駅。狭くて密閉感があって、そして電車を待つ人が何人かいる。
それが圧迫感を与えるものだから、尚更胸が締め付けられる。
俺たちは駅の椅子で、少し距離を置いて座っていた。
こういうときこそ、話をしないと……。
「いっ、いやぁ驚いたよー。まさかあのトップアイ……あの人が日向さんのお姉さんだったなんてねー」
危ねぇ! 声を大にして、「トップアイドル日咲みのりが日向さんのお姉さんだったんだね!」って言うところだった!!
もし言ってたら、この駅はもう大騒ぎだったぞ……。
「ごめんね、驚かせちゃって……。てかツバサもだよ? まさか月坂さんのマネージャーやってたなんてさ。月坂さんとは関わりたくないって言ってたのに」
「いや、あれは事故だ! 俺も別にやりたくてやってるんじゃなくて……」
「じゃあ辞めたらいいじゃん?」
「いや、それも簡単に出来なくて……」
「なにそれ? ブラックバイト??」
「まぁ、そんな感じかな。うちの父さんがさ──」
「へぇー、大変そう。ていうか、なんかヤダなぁ。合わない人と一緒に働くって」
「じゃあ、月坂とユニット組んでデビューするの、辞める?」
「いやいやいや、そんなんで簡単にチャンスを捨てるわけないじゃん! そんなことよりモコちゃん、超可愛くない??」
「あぁ……わかる」
おっ、もしかして日向さんとの会話、盛り上がってる?
そう感じると、なんだか全能感が得られた。
『あの子、私のようになろうとしてるの。モノマネとかいう可愛いのじゃなくて、完成度ほぼ100%の日咲みのりに……』
日向さんとの会話が止まって、ふと、日咲みのりが吐いた言葉を思い出す。
そうか。日向さんはトップアイドルである実の姉に憧れていたんだ。
『怖いの。そんなあの子を見るのが……』
同時に、彼女が日向さんの憧れの強さに恐怖を抱いていることを思い出した。
彼女は言った。日向さんから『自分らしさ』が失われている、と。
『怖いわ、あなたのことが……』
もしかしたら月坂も、日咲みのりが抱く恐怖と同じものを感じているのだろうか?
「ねぇ」
「あっ、あぁ、なに?」
考え事をしている最中に話しかけられたものだから、つい俺はキョドってしまった。
「どしたの? ずっと怖い顔してさ」
「あっ、いや、別に何も無いよ?」
考え事に
あれ? 「
そう思うと、身体全体が熱くなった。
「あっ、あのさ、ツバサ」
「ど、どうしたの? 急に立ち止まって……」
「……私のこと、好き?」
……………………
………………
…………
「ほぉぁ!?」
いや、ちょっと待った! これすなわち……
「あっ、い、いや! 違うよ!? 別に私のこと、『異性として好き』かどうかを聞いてるんじゃなくて!!」
日向さんは慌てて、全力で両手を振った。顔、耳、首はもう真っ赤っかだ。
「あっ、いや! 大丈夫! アレだよね? アレ」
パニックで頭が回らない。俺は『アレ』と言っているが、どういう意味の『好き』か、言語化できていないだけだ。
「えっと、じゃあ聞き方変えるね。私のこと、
不安が滲んだ表情から俺は彼女の聞きたいこと、何故それを聞きたかったのかがすぐわかった。
彼女は薄々、恐怖を感じている。
実の姉、日咲みのりをマネして生きる自分を見る周りの目には、どう映っているのか?
今はそれが気になって、仕方ないのだろう。
「そ、それは……」
だけど俺は、一度もそんな彼女を不快感なんて微塵も抱いたことがない。むしろそんな彼女に惚れたのが事実だ。
それに……。
「す、好きだよ。日向さんのこと……」
好きな人に、「嫌い」なんて言えるわけないだろ……。
「あっ、ありがと……」
恥ずかしそうな、安心を得たような微笑みを日向さんは浮かべた。
そのタイミングで二つの乗り場に電車が来た。
「じゃあ私、こっちだから」
「お、俺も、あっちだから」
「じゃ、じゃあ、また明日ね?」
「うん。また……明日」
本当にこれで良かったのか? 別れ際に小さく手を振ってから、そう考える。
俺は決して嘘なんかついていない。日向さんのことは、一人の人間としても、異性としても好きだ。
正直に答えた。なのに、正しいことをしたとは思えない。
スッキリしない気持ちが身体にのしかかる。
俺は電車に乗るとすぐ椅子に座って、窓側に身体をもたれかかった。
〇
『アイドル
とあるネットニュースでこんな記事が書かれていた。
『病院ってマジ!?』
『凛々ちゃん、まさか病気??』
その記事のコメントには、彼女を心配する数々のコメントが残されていた。
そんな中、彼女が病院にいる理由として最も的確なコメントが一つあった。
『お母さんに何かあったんじゃない? 噂だと前のマネージャーさんが今、お母さんの代わりにプロデューサーやってるらしいし?』
コメント主いわく、現プロデューサー
「美狐……凛々ちゃんが病院!? 理由は何であれ、大変そうだな……」
とあるネットカフェの一室、ある男はその記事をパソコンで目にしていた。
「そういえばこの病院、どっかで……」
コメント欄に書かれた病院名を見て、男はマウスのカーソルを止める。
そこで彼は思い出した。その病院が、今いるネットカフェの近くにあることを。
「そうか、そうか……」
男は何かを企むような笑みを浮かべた。
「凛々ちゃんは今、大変だろうな。だから俺が、あの子を励ましに行こう……」
そんな言葉を呟いてから、彼はディスプレイの画面の電源を落とす。
暗くなった画面には、男の怪しげな笑みがくっきり写っていた。
「これで陰キャの俺にも……」
そんな言葉を吐いてから、男はネットカフェを後にした。
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