第22話  誰がリーダー?

「俺が、彼女たちのマネージャー……ですか??」


 察しはしていた。きっと、こうなるだろうと。

 だが、いざ直接言われると、衝撃が身体に走って、驚きを隠せなかった。


「そうそう。それでね……はい、これ」


 黒川さんが黒く小さな本をポイっと投げ渡した。

 あたふたしながら受け取り、中身を確認した。またメモ帳だ。


「これからキミには、この3人の予定と、このユニットの予定を管理してもらうから、それに伴ってのアップデートだよ」


 見てみると、エクセルで作られたような、さいの目状の表が描かれていた。

 横は日付、縦には空白の枠が4つ。メンバー3人とグリッターステラ、4つの予定を書き分けられる優れものだ。


「おぉぉぉ……」


 正直なところ、仕事が増えて気分は決していいものでは無いはず。

 それなのに俺はそのメモ帳を、まるで新しいおもちゃを買ってもらった子どもみたいに眺めていた。



 〇



 この後は本格的に話が始まった。

 向かい合った二つのソファの一方に俺と黒川さんが、もう一方のソファに、モコを挟むように月坂と日向さんが座っている。


 黒川さんがこのユニットについて話している中、3人は真剣な眼差しで彼女の話を聞く。

 それにしても……。


 ──この部屋、広くない?


 俺たち5人が入るにしては、大きすぎる部屋だな。

 俺は広い部屋にいるとどうも落ち着かない。

 いや、広い部屋とはいえ、それなりに多くの人が収容されていれば、特に気にならないのだが、今は人が少ないから、どうも広く感じてしまうのだ。


 ──まぁいいや。集中、集中……。


 俺はなんとか平常心を保とうと、黒川さんが彼女たちに見せている資料をじっと睨みつけた。

 だが全然集中できず、話の内容が入ってこない。あとで月さ……日向さんに聞こうかな。


「……とまぁ、こんな感じかな。なにか質問ある?」


 黒川さんが新しいユニットについて大方話し終わった──そのときだ。


「あの、黒川さん」


 月坂が手を挙げた。見ると不満げな表情を浮かべている。


「どうしてこの人が新しいメンバーなのですか?」


 嫌味一つない、純粋に疑問を抱く声で月坂は黒川さんに言った。


「別に新人が入ることに文句はありません。ただ、どうして日向さんが入ってきたのかなと……」


 だが、表情が曇るのが伺える。やはり無名の新人とユニットを組むことに不安なのだろうか。

 けれど彼女は月坂にニカッと笑ってみせる。


「それはね、間違いなくこの子はグリッターステラここで輝ける存在だからよ?」

「ですが……」


 ──月坂、納得してないみたいだな。


 以前に黒川さんから聞いた話だが、月坂は頑固とはいえ、黒川さんの考えには目を輝かせながら首を縦に振っていたという。

 けれどそんな月坂でも、今回はモヤモヤした表情を見せている。

 日向さんのことを悪く言うわけではないが、間違いなくど素人であろう者をメンバーに入れられても、経験者はきっといい顔をしないだろう。

 足を引っ張るのではないか? 大抵の人はそう思って、嫌でも不信感を抱いてしまう。月坂も同じなのかな。


 けれど月坂は他の気持ちも抱いている。そんな気がした。


「大丈夫。今までのように、私を信じてみなさいな」

「……」

「それにデビューまで時間もあるんだから、そんな焦っちゃダメだし、彼女を焦らせるのもダメよ。わかった?」

「……それはそうですが──」


「アタシも……いいですか?」


 今度は日向さんが手を挙げた。月坂の言葉に、表情は不安で曇っていた。


「アタシみたいなど素人が、いきなりデビューしてもいいのでしょうか……」

「日向さん……」

「月坂さんやモコちゃんも、アタシ以上にいっぱいアイドルの世界に生きてきて、それで手に入れたデビューの機会なのに。アタシみたいなアイドルの世界に全く足を踏み入れたことの無い人間がそんな機会を得られるなんて、恐縮というか、めっちゃ申し訳ないというか……」


 両手の平をすりすりしながら、日向さんはもじもじとしていた。

 すると黒川さんは、そんな彼女の後ろに回り込んで、両手を肩にポンと置いた。


「大丈夫。あなたにはデビューまで時間がある。それに、頼もしい経験者が二人もいるじゃない! だから、安心して?」

「確かに、そうですね……」

「それにあなたには、才能がある。アイドルとしての、天性の才能がね」


 きっとオーディションか何かで、日向さんに無限の可能性を感じたのだろう。俺は黒川さんの自信に満ちた表情を見て思った。


「あっ、あの!!」


 今度はモコが挙手。二人とは違って暗い表情ではなく、単純に質問を持っている様子だ。

 そしてその質問は、このユニットに大きく関わるものだった。


「リーダーって、誰がやるんですか?」


 モコの質問に、黒川さんは「そういえば」と言って、3人の顔を見た。

 そして彼女たちを見る目が止まる。止まった視線は──モコに向いていた。


「えっ? 私ですか!?」


 モコは思わず声を裏返す。

 日向さんも月坂も、そして俺も、この意外すぎるチョイスには驚きを禁じ得なかった。


「待ってください! 私、二人よりも歳下ですよ?」

「いやぁ、今の座ってる配置見て思ったんだけどさ、なんかモコがセンターにいるのがしっくり来るなぁって思ってね〜」


 黒川さんは笑いながら言った。

 冗談っぽく聞こえるが、彼女の言うことに強く納得した俺には冗談に思えない。

 彼女の言う通り、モコがセンターに立つのが想像できたし、太陽(日向さん)と月(月坂)が端に立つと映えることを考えると、やはりセンターはモコ以外にありえない。


 だがそれだけを理由にして、リーダーに任命するのは安易ではないか? そう思ったが、黒川さんはしっかりした理由を持っていた。


「モコは率先して、みんなを仕切る立ち位置に立っていたし、みんなに頼られることもあった。それにモコは歳上相手でも、遠慮なくなんでも言える。だからモコにお願いしてるのよ」

「そう言ってもらえるのはありがたいのですが……」


「あら? アイドルになったばかりの私にいろいろと教えたり、この前のイベントで、他の事務所の歳上の方々やスタッフにまで的確な指示を送っていたあなたが、今更なにを言ってるのかしら?」


 月坂はモコに言った。まるで「あなたにリーダーをやって欲しい」と言うように。

 リーダーにふさわしい一面を存分に暴露され、モコは顔から首下まで真っ赤っかだ。


「もう。そこまで言われたら……やるしかないじゃないですか!!」

「よくぞ言ってくれた!!」


 こうして新ユニット『グリッターステラ』のリーダーも決まり、打ち合わせは終了したような雰囲気になる。


 けれどその後、衝撃的な展開が待っていた。


「黒川さん、お待たせしました!」


 ドアのノックなしで、誰かが入ってきた。

 いきなりの事で驚いたが、最近見た容姿であるため、その人が誰かすぐわかった。


「ひ、日咲さん!?」


 俺は思わず声を上げた。

 この広い部屋に、日咲みのりと、彼女が所属するアイドルユニット『Euphorbiaユーフォルビア』のメンバー二人が入ってきた。


 アイドル界のトップと、そのユニットが新人アイドルたちの前に現れただけでもかなり驚愕的だというのに、それを遥かに上回る衝撃が待っていた。


「お、お姉ちゃん? なんで!?」


 日咲みのりを見て、日向葵和子きなこが上ずった声をあげた。


「お、お姉さん!? 日咲みのりが、日向さんの??」


 これには開いた口が塞がらなかった。


 あまりにも衝撃的だった。

 まさか隣の席の好きな人が、トップアイドル日咲ひさきみのりの妹だったとは──。


「ててっ、てことは葵和子きなこさんとみのりさんって、姉妹なんですか!?」


 モコは目を輝かせて、日向さんを見つめていた。

 そんな彼女に、日向さんは、あはは……と苦笑いをする。


「……」


 日咲みのりが入ってきた瞬間に驚くあまりに口を手で押さえていた月坂からは驚きが消えて、今は姉妹を黙って見つめていた。

 月坂は日向さんのことを俺以上に知っているようなことを言っていた。だからあの姉妹関係も知っていたのであろう。


「ところで、なんでお姉ちゃんがここに??」

「実はね……」


 そんな彼女を更に喜ばせるビッグニュースを、日咲みのりたちのユニット、ユーフォルビアは持ち込んでいたのだ。


「……あなたたち3人、私たちのライブに出てもらおうと思ってるの」

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