第14話 日なたに翳り(かげり)あり……

 昼休み、浮かれた気持ちを抑えることなく俺はいつも通り、一人で図書室へ向かう。

 きっと今のニヤニヤした表情、吐き気がするくらいキモいんだろうな。

 そう思うが、「まぁ、いいや」と割り切って俺は歩き続けた。


「あらあら、吐き気を感じて辿ってみれば、あなただったのね」


 けれどここで、月坂と遭遇する。


「はいはい、そういうのいいから。どうせ何か用があるんだろ?」

「えぇ、あまりにもあなたが上機嫌だから、『オタクは学校に来んなよ』とでも言って、心をへし折ってやろうと思ったの」

「それ、いつかのTwitterのネタじゃねぇか。古いぞ」

「ぎゃあぎゃあうるさいわね。心の動きまるごと、止めたいくらい」

「おいおい、ナイフ刺すのは無しだぞ!?」


 これにはさすがに狼狽えた。そんな俺の姿を見てニヤリと笑う月坂が実に腹立たしい。


「それはそうと、今日は何かあったの?」


ナイフを出そうとする手を戻して、月坂は真顔でそう言った。


「なんでそんなことを聞く?」

「そりゃ気になるわよ。だってあなた、学校ではそんな顔を滅多に見せないのだから」


 月坂を突き放そうとするが、しつこくがっついてくる。

 さすがストーカー気質のある根暗陰キャは違う。


「まぁあなたのことだから、女の子に話しかけられた。または仲良くなった、といったところかしら」

「うっ……」

「図星ね」


 俺はつい動揺してしまった。

 けれど月坂にはどうでもいいこと。だから「それが、なんだよ?」と月坂に言おうとした、そのときだ。


日向 葵和子ひなた きなこ

「なっ……」


 その言葉に、背筋がゾクッとした。

 そんな俺を見て、月坂はまた「図星ね」と言わんばかりのニヤつきを見せる。


「ねぇ、知ってる?」

「な、なんだよ」

「『イカロスの翼』のお話」

「あぁ、翼を授かったイカロスが調子に乗って太陽の近くまで飛んだら、翼が溶けて、イカロスが落下して死ぬ話だろ?」


 ──それがどうしたんだよ?


「翼くんに忠告してあげる」


 偉そうな口調でそう言うと、月坂は急に真面目な表情に切り替えてこう言った。


「日向 葵和子には、近づかないことね」

「……は?」


 まさかそんな表情で、そんなことを言うとは──。俺は月坂の言葉にたじろいだ。

 だけど俺は屈せずに、月坂に言い返す。


「なんだ? イカロスが太陽に近づいたときのように、日向さんに近づいたら絶望的な結果が待ってるとでも言いたいのか?」

「あら、もの分かりがいいわね」

「言っとくけど、俺はもう日向さんにいろいろと溶かされて、もう恋にからな?」

「あっそ。そんな下手な屁理屈を言って、私の忠告から目を背けるなんて、馬鹿らしいものね」

「うるせぇ、馬鹿にしたきゃ、勝手にしろ」


 月坂との言い合い。もちろんいつもイライラしているが、今日は自分の恋を邪魔されているから、イライラがカルデラのマグマの如く溢れ出す。

 せっかく日曜日まで元気に生きていけると思ったのに、この女のせいで台無しだ。


「そう。ならば好きにすればいいわ。そして、勝手に絶望すればいいのよ」


 対して月坂は何一つ真剣な表情を揺るがすことなく保ち続けている。

 元カレの恋愛にヤキモチを焼いているのかと思ったが、全くそれが伺えない。


「……なんだよ。さっきから日向さんのことを何か知ってるみたいな言い方しやがって」


 だからつい、知りたくなってしまった。月坂の知る、日向 葵和子の存在を。


「えぇ、知ってるわ。だからこれだけ言っといてあげる」


 けれど月坂は詳細を言わずに、後ろを振り向いて立ち去ろうとする。

 そのときに彼女が吐いた言葉は──


「彼女はあなたを、道具としか見てないと思うわよ」


 俺の中の日向さんのイメージを、一気に崩したのだ。

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