三章 元カノと始める地獄のカップル旅行

第45話 地獄の始まり

「あの、黒川さん。お知らせってのは?」

「ふっふっふっ……よーく来たねぇ……」


 あの日から数日後の土曜日。朝っぱらから俺と月坂の二人だけが事務所に呼び出された。

 黒川さん、さっきからニヤニヤしててすごく怖いんですが……。


「ていうか、何故私たちだけなのでしょう?」

「そりゃ、凜々りりちゃん個人のお仕事の話だからねぇ〜」


 月坂個人のお仕事? なんだろうか?


「ねぇ二人とも。ミセスカマルさんって覚えてる?」

「「Mrs.KAMAL?」」

「発音カッコイイねぇ……。さすが帰国子女って感じ」


 くそっ、月坂と被った。

 なお、月坂もよろしいと思っていないみたいで、俺を強く睨みつけてきた。


「それで、えーっと……誰ですか。その人?」

「あら? 覚えてないの? 仕事で一緒だった人の名前を一ヶ月で忘れるなんて失礼なものね」

「はいはい、わるうございますぅ」

「ま、あなたの脳はえちえちイラストでいっぱいだから、脳のキャパオーバーってところかしら」

「は?」

「はいはい、喧嘩ストップー」


 やっぱり俺と月坂は仲良くやっていけないようだ。

 こんなやつに『大切な存在』とか言ったり、カッコつけたマネをした自分が恥ずかしくて仕方ない。

 あんなことがあったけど……やっぱり俺、月坂が嫌いなことに変わりはない。

 吊り橋効果とか、クソ喰らえだ。


「カマルさんはこの前、凜々ちゃんのカメラマンをやってた人よ」

「あー、あのキモ……変わった口調の」

「そうそう、あのキモい口調の人よ!」


 あーあ。

 せっかくそのあたりをカバーしたのに、黒川さんはどストレートに『キモい』と言った。


『皆さん、今日も超パーフェクトッでしたわっ! 今日はゆっくり休んでねっ☆ そんじゃ、おつおつ〜』


 といった口調と、赤色のアフロにサングラス──カマルさんには失礼だが、もはやあれは異星人だ。


「それでね、カマルさんが……凜々ちゃんに惚れちゃったみたいなのよ!!」

「あっ……そうなんですか」


 月坂は露骨に嫌そうな顔をしている。気持ちは分かるが、やめてあげて。


「それでねそれでね!! なんと……」


 そう言って黒川さんは資料らしき紙の束を俺たちの前に出してきた。


「凜々ちゃんの……」


 そしてその後に放った言葉に……


「写真集の制作が決まりましたァ!!」


 俺たち二人はポカンとした。



「写真集……ですか?」

「そうだよ!カマルさんプロデュースの!! アイドルらしいの来たって感じしない!?」

「まぁ、確かに」

「そ、それで! 写真集ってどんな感じのやつですか!?」

「おぉ、乗り気だねぇ。翼くん」

「どうして、あなたが……」


 つい興奮してしまった。

 俺は一つ咳払いをして……


「い、いや、写真集ってどうやって作られるのかなーって……」

「ふーん。私てっきり、凜々ちゃんの水着姿とか、そういうのに興奮しているのかと……」

「水着!? ……いやいや。俺は断じてそのようなことは……いだいいだぃ!!!」


 つい月坂の慎ましやかなお胸に目をやりながら言ってしまったのがバレたのか、月坂は足を力強く踏みつけてきた。


「まぁ、でも残念だったね。水着姿での撮影の予定はないよ」

「じゃあ、何の撮影ですか?」


 そう聞くと、黒川さんは資料を見るよう俺たちに促した。


「テーマは『JKとの甘々デート』……。デート、ですか……」

「えっと、なになに? この写真集では『まるでJKアイドル月夜凜々つくよりりとデートに行った気になれる』ことを目標し作成していく……わよ?」

「そうそう。たとえば……こんな感じ」


 例として、黒川さんは一枚の写真を提示してくれた。

 内容は日咲みのりの高校生の頃の写真集で、その一枚は、誰かの腕とそれにしがみつく、制服姿の日咲みのりの可愛らしい上目遣いをしているものであった。

 それにしても腕を掴まれてる人、羨ましいな。


「あの……この腕の主は?」

「えっと確か……当時のマネージャーさんだったかしら?」

「は?まさか……」


 ここで俺は悪い流れを感じた。

 お腹がキュルルと痛み、冷や汗まで出てくる。これすなわち、嫌な予感ってやつですよね??


「そう。そのまさか」

「いや、待ってくださ──」

「翼くんには、凜々ちゃんと一緒に撮影に参加してもらいまーす!」


 ああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!

 最悪だ。どうして月坂なんかと撮影の仕事を……。俺はひどく絶望した。


「そ、そんな……」


 やめろぉ。やめてくれぇぇぇ月坂。

 半泣きになって怯えるの、やめてぇぇぇぇぇ。


「えー。元だけど、カップル同士だったかららそつなくこなせるかなぁ〜って思ったんだけど」

「「無理です!!」」

「あっ、揃った〜」


 黒川さん、間違いなく俺たちをからかってやがる……。


「とにかく、私には無理です」

「そんなこと言って……、トップを超えるアイドルになれないぞ?」

「くっ……」


 黒川さんの言葉に、月坂は顔をしかめて舌を噛んだ。

『トップを超えるアイドル』になることが月坂の目標だろうか、どうやらその言葉に揺さぶられているみたいだ。


「それでもいいの?」

「……………………」


 くそっ、月坂の感情を揺さぶるなんて……。


「やっぱり無理です」


 勝っちゃったよ、月坂。

 黒川さんの揺さぶりにもろともしない様子が月坂らしく見えたのはいいが──なんだろう……すごくムカつく。


「えー!!」


 黒川さんは残念そうに声をあげた。


 俺も月坂と写真を撮るためにあんなことを強いられるのは御免だ。

 だが俺たちのそんなワガママで、あんな大きな仕事を断っていいのだろうか?


「たとえ翼くん以外が相手でも、やりませんからね。知らない男の腕にしがみつくなんて……絶対、無理……」


 月坂はこう言ってるのだ。

 つまり俺が断れば、その大きな仕事を断ることになる。

 トップアイドルを超える存在になりたいと、月坂が願っている。

 その願いに近づける好機を、そんなに簡単に零していいのだろうか。

 俺は葛藤した。悩んで悩んで……納得のいく答えを絞り出す。


「黒川さん……」


 そして、答えは決まった。いや、覚悟が決まったと言うべきか。


「俺、その仕事受けます」


 汗がにじみ出る。お腹がすこぶる痛い。

 こんなにも身体が拒絶しているが、俺は必死に堪えた。「この程度で屈したら、仕事なんかやってられねぇだろ」と、自分に言い聞かせながら──。


「ちょっと、何言ってるのよ!!」

「お前こそ! トップアイドルを超えるんだろ!?」

「だからって……」

「いいや、俺はやるぞ! 月坂の、夢のために……俺はぁ、や、やるぞ!!」

「それでも、私は──」

「そんなんで、本当にトップアイドルを、こ、超えよう、だと??」

「ぐっ…………」


 声を震わせながら、俺は月坂を煽った。

 するとだ──


「……はぁ、わかった。やるわよ。やればいいんでしょ!?」


 月坂がついに折れた。

 夢や目標とかに一途な月坂だから、俺の煽りが効いたのだろう。


 ……………………


 ……あれ? 勢いで言っちゃったけど、良かったのか??


「じゃあ、決まりね! 二人には、撮影に参加してもらうねー!!」

「学校を……休む……だと……!?」


 そんなことをしたら、日向さんとの楽しい学校生活がぁぁぁぁ。


「ちなみに行き先は東京と……」

「と?」

「……京都でーす!!」


 嘘だろぉぉぉぉぉ!!!!

 これ、デートとかいうレベルじゃないだろ!? 旅行じゃん!!

 月坂と旅行なんて、行ったことないのに……。


「そ、そんな……旅行、だなんて……」


 月坂の顔が真っ青だ。

 普通こういうのは、恥ずかしくなって顔が真っ赤になるもんだよな? いや、今はならないか。


「あの、やっぱりこの話、無かったことには?」


 俺が黒川さんにそう聞くと──


「翼くん、男に二言は無しって……習わなかった?」


 ニッコリ笑いながら、冷めた声を出した。


「うっ……」

「てことだから──」

「なぁ、月坂も嫌だよな? な?」


「は? 自分から話進めといて、今更何言ってんのよ?」


「うぅっ……」


 月坂はかなり怒っていらっしゃる。

 月坂の言う通りだ。そう言われると、後に引けない。


「凜々ちゃんもそう言ってるし、異論はないね?」

「……はい」


 こうして『写真集の制作』の皮を被った、大っ嫌いな元カノとのラブラブ(笑)デートの開催が決定したのだ。

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