第4話  月坂美狐乃が嫌い!!

 放課後、俺は初めて女の子とスタバへ行くことになった。

 元カノこと、月坂美孤乃とならば絶対に行かなかったであろうスタバへ、隣の席の美少女と行っている。しかも転入初日。奇跡か?


「マジ??」


 机に向かい合って座っている日向さんが、好奇心旺盛な笑みを浮かべて身体を前のめりにした。

「恋バナ、大好物です!!」って顔してる。学園のアイドルである月坂美狐乃が俺のアメリカにいた頃の元カノだったことを伝えた直後の話だ。


「ねぇねぇ、もっと詳しく聞かせて!」

「えっと……てか、信じてるの?」

「信じてるよ!」

「この陰キャと、あの絶世の美女だぞ?」

「別に。人ってのは見た目とかキャラが全てじゃないし! それにツバサ、マジって顔してるし」


 彼女は楽しげにクスッと笑いながら、俺のことを真面目に信じてくれている。

 優しい。天使かよ……。話してよかったぁ。


「それで!?」


 日向さんはさっきよりも前傾姿勢になってこちらへ迫ってきた。近い! あと、良いニオイする!!


「どこまでいったの!?」

「えっ?」

「ん?」

「あっ、いや。そこからなんだ、と思って……」


 てっきりこういうのは馴れ初めから聞いてくると思っていた。

 どこまで? ってのは文字通り、「カップルとして、どこまでできましたか?」的な質問だよな?

 俺は思い出すだけでも苦痛な黒歴史からその答えを探った。


「まず、デートに行ったな……」

「うんうん」


 初デートにショッピングに行ったっけな。理由は忘れたけど、喧嘩したな。

 あと、1ヶ月記念にデートしただろ? 何か忘れたけど、プレゼントしたっけな。

 そんで、2ヶ月記念にデートしようって言ったら──「そんなに小刻みにデートをするのはバカのやることだわ」って言われただろ? それで喧嘩したな……。

 あと──


「家に……呼んだ」

「うんうん。それで? ナニしたの??」

「えっと、単に趣味の話して、ゲームして、喧嘩して……終わり」

「えっ?」


 話し終わると、彼女はきょとんとした様子を見せた。「えっ? それだけ??」みたいな。

 ごめんね、それだけなんです。


「家に呼んだんでしょ? 手料理は!? えっと…………えっち──」

「ごめん。それも無かった」


 あまりにも恥ずかしそうな顔をするので、俺は彼女の言おうとしたことを遮って即答した。

 そして、何故かついつい謝ってしまった。


「それで……いつまで続いたの?」

「えっと……春から夏までの、大体3ヶ月くらい。アイツが日本に帰るのを機に別れた」


 去り際に「別れよ」って言われただけ。理由も言わず、ただそれだけだ。


「そっか。やっぱりお互いが離れるのを機に別れちゃうんだね。遠距離とかは考えなかったの?」

「あぁ、全く」


 だってアイツに全くその気が無かったんだもん。いや、俺もだけど……。

 俺は別れ際のことを思い出して、さらに表情を歪ませた。


「それで、久しぶりに会ったんだね? 元カノである月坂さんに」

「そう。そしたら胸ぐら掴まれて、おまけに『話しかけたら、殺す』って言われた……」

「なんか、えぐいね……」


 学園のアイドルの想定外の行動に、日向さんは少々引いていた。本当はナイフ突きつけられたんだけど、さすがにそれは言えなかった。


「でも、なんかやだ! 腹立つ!!」


 でも彼女は、俺が抱いた怒りを理解してくれた。


「だろ? あの野郎、すっかり変わりやがって……」


 ちなみに俺は怒りの矛先を、俺への凶暴な行動に向けているわけではない。

 俺と出会ったときに見せた態度の一部始終にキレているのだ。

 だってアイツ、昔はあんな態度をとるようなヤツじゃなかったのに──。


「ねぇ、ツバサはさ……」


 名前を呼ばれて、顔を上げると、日向さんとバッチリ目が合った。

 逸らそうと思ったが、あまりにも真剣な眼差しを向けるので、俺は固まってしまった。


「な、なに?」

「ツバサはさ、今でも月坂さんのこと……好きなの?」

「そ、それは……」


 そんなの、答えはすでに決まってる。

 月坂美狐乃。俺はお前のことが──


「嫌いだ。大っ嫌いだ!」


 拳を握り、心からあふれてきた気持ちを声にして叫んだ。


「なんだよアイツ。今まではあんなヤツじゃなかったのに……再会したらあの扱いだ! 日本の高校行ってから、アイドル呼ばわりされて……態度だけデカくなりやがって!! あの貧乳野郎!! デカくすべきは態度じゃねぇだろ……」


「……」


 しまった。夢中になりすぎた。

 日向さんが呆気をとられた顔してらっしゃる。もしかして、ドン引きされたのだろうか……。


「……わかる」

「えっ」


 かと思えば、日向さんがその表情のままそう吐いた。

 そして身体を前のめりにして、溜まりに溜まった思いをぶちまける。


「ほんっと、あの人ってひどいよね!? 態度冷たいし、言葉遣い最悪!! アタシ、去年に同じクラスだったんだけどさ、なんか塩対応っていうか……ただただキツく当たってるだけ! 人をすーぐ見下すし、自信過剰すぎてムカつく!! それでね、それでね──」


 日向さんがここまで怒りをあらわにする子だと思わなかったものだから、思わず俺まで呆気をとられた。それにしても──


「文化祭のときなんてね? 月坂さん、超ひどかったんだよ!?」


 ──女子って、嫌いなやつの話になるとやけに饒舌になるんだな。


 ふと、月坂もそうだったっけな。と思っていた。

 うわ、日向さんと月坂を重ねちゃったよ。最悪だ……。


「それでさ、あんなひどい子なのに、クラスの男子は『罵ってくださ~い!』とか言っててさ? もう意味わかんないし。それに……なんていうか……」

「日向さん?」


 急に顔をうつむかせる日向さん。けれど月坂に何らかの被害を受けたのを思い出したときのような不快の表情をしているのではない。

 一体、何を思ってるのだろうか?


「……あっ、ごめんね」


 ふと我に返り、彼女は申し訳なさそうな表情をこちらへ向ける。


「ドン引き……しちゃった?」

「い、いや」


 そんなことはない。

 アイツに怒りたくなるのは当然のことだ。アイツの性格のせいで、何度喧嘩したのやら……。


「そっか」

「なんかありがと。スッキリした」

「なら、よかった!!」

「いやぁ、まさかね。日向さんが月坂のことを嫌ってるとはな!」

「嫌いっていうか……ニガテ? って感じかな?」

「それ、女子言葉では『嫌い』と同じ意味らしいぞ~」


 って月坂が言ってた──くそっ、また月坂がちらついて来やがった!


「だ、だよね~」


 俺の(月坂の)言葉のせいで、日向さんに苦笑いさせてしまった。


「ねぇ、ツバサ」


 日向さんは俺の方に手を招いてきた。俺が少し顔を近づけると、彼女は手を口元に添え、小声で囁いた。


「私たち、月坂さんが嫌いな者同士、気が合いそうだね?」


 なかなか不穏な繋がり。だけど日向さんに思いを寄せていた俺は、そんな繋がりを持てたことでさえも嬉しく感じてしまった。


『話しかけないでって、言ったわよね?』

『次話しかけたら……殺す』


 あぁ、わかったよ月坂。

 お前がそう言って俺を遠ざけるんだったら、俺だってお前を遠ざけてやるよ。


 俺はこの日、強く決心した。

 好きな人が出来たから、元カノとは一生関わらないようにしよう、と。


 けれどそれを願う俺から早速、平穏な日常が神様から奪われるとは……このときは知るよしもなかった。



 〇



「……くっ」


 スタバで翼と葵和子が楽しそうに話しているのを、美狐乃は店の外から眺めていた。


「どうして、あの二人が……」


 小さな拳を握りしめてそう吐くと、彼女は長い髪をなびかせてスタバ近くから立ち去った。そのときだ。

 制服のポケットの中に入ったケータイがバイブした。誰かから電話がかかってきたみたいだ。


「もしもし……えっ? そんな……」


 電話の相手が告げた言葉に、彼女は顔を青ざめさせた。


「わかりました! すぐそちらへ向かいます!!」


 電話を切って、彼女は走り出した。

 そのときの彼女は、唇を震わせ、目に涙を浮かべていた。




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