第16話 雨のち快晴!!

 気がつけば俺たちは雨宿りのために、屋根のある公園のベンチに行き着いていた。


「……へくしっ!」


 俺は濡れたブレザーを脱いで、日向さんに水しぶきがかからないように他所でバタバタ扇ぐ。

 雨で濡れた身体は冷え、くしゃみをすると身震いした。


「…………」


 ベンチのある屋根に着いてから、日向さんはずっと顔を俯かせていた。

 心はまだ雨模様のようだ。


「き、気にしなくてもいいよ。あんなやつの言うことなんか」


 俺はそう言って、自分に使うはずだったタオルを彼女に渡した。

 雨で少し濡れてて嫌がられないだろうかと思ったが、彼女は何も言わずに受け取って、雨で濡れた顔を拭いた。


「あっ、ありがと……」


 弱弱しい、けれど柔らかい声で彼女は言った。


『文化祭のときに言ったわよね。あなたの行為はひどく醜いって』


 それにしても月坂、よくも日向さんを……。

 アイツが相手を容易に傷つけるのは知っていた。だけど今でもそんなヤツで、昔と何ら変化がないと思うと……実に残念で仕方ない。

 やっぱりアイツは嫌いだ。そう思った。


「ごめんねツバサ。アタシ、情けないところ見せちゃった……」

「そんなことは……」


 そんなこと、あるわけがない。

 傷つくこと言われて、それでも尚更強がって振舞ってみせるなんて常人の成せる業じゃない。

 確かにこんなに弱る彼女の姿に驚いたが、別に謝られることではないはずだ。


「ううん。ごめんね……」


 けれど彼女はまた謝った。

 いろいろと思ったことはあるが、あまりにも弱った日向さんを見て、俺は何も言えなかった。


 ──でも、これだけは聞きたい。


「ねぇ、アイツに何言われたの?」


 月坂が俺に言ったことと、去年の文化祭に月坂が日向さんに言ったこと。何か関係があるのではないだろうか?と思った俺が今、一番答えが気になる質問だ。


「それ、今聞くかなぁ……」


 無理に笑いながら、彼女はそう言った。

 さすがにこのタイミングで聞くのはまずかったか。


「あっ、ごめん」

「ううん。いいよ別に。あんなことがあって、今更言わないってのもアレだし……」

「うん。聞かせて……」


 俺は覚悟を決めた。

 これから日向さんが言うことには、月坂が俺に言った『彼女はあなたを、道具としか見てないわよ』という言葉の理由が含まれているかもしれないから。

 どんなことを言われても受け入れよう。

 俺は背筋を伸ばした。塗れたシャツが背中にくっついて、俺はまたくしゃみをする。


「ねぇ、ツバサ。アタシってどう見えてる?」

「えっ? えーっと……か、可愛い……」

「そ……それ以外……」


 ふと先に頭に浮かんだ言葉を口に出すと、日向さんは顔を真っ赤にした。

 俺も自分の言った言葉に恥ずかしさを覚えて、身体が火照った。

『可愛い』以外か──。


「えっと……元気で明るくて、みんなに優しいところ……かな……」

「そっ、そっか……」


 その言葉に、彼女の口角が少し上がった。

「それを待ってました」と言わんばかりの表情だ。


「でもね、アタシって中学のときまではそんなんじゃなかったんだ。昔は全然、社交的じゃなくて……」


 あの日向さんが? 実に意外だ。

 それに「中学のときまで」と日向さんは言った。いわゆる高校デビューってやつだろう。


「だからアタシ、頑張ったの。みんなに分け隔て明るく優しい、輝かしい太陽のような存在になるため、私の"憧れ"に近づくために……」


 彼女のその言葉で俺は薄々気づかされた。

 俺が思った通り、日向さんにとっての俺は『みんな』の一部であって、月坂が俺に言った言葉の意味は『自分が輝くために俺を利用した』ということ。決して気があるとかいうわけではないということだ。


 ──だけど、何故だろう。


 彼女の今の優しげな表情と、俺が今まで彼女から感じた優しい温もりが『そんなことないよ』と訴えかけているような気がして、自然とそれを信じていた。

 ただ月坂が言うように、絶望的な結末に目を背けているだけかもしれない。それとも嫌いな月坂の言うことを信じたくないだけかもしれない。


 だが俺は思った。絶望的な結末なんて存在しないのではないだろうか?と。


「なのに、月坂さんはアタシに──」

「すごいよ、日向さんは……」


 だからつい、そんな彼女のことを褒めたくなった。たとえ俺が月坂の言う『道具』としか見られてなくても、健気に頑張る彼女の背中を押したくなったのだ。


「えっ……」


 俺の言葉を聞いて、日向さんは口を開けてこちらを向いた。かなり驚いているようだ。


「俺さ、コミュ障陰キャだって言い張ってばかりで何も変わろうとしなかった。憧れてるものも、無いとは言えないけど、それに近づこうとは思わなかった」


 ──言えねぇ。ここで小学校のときに言ってた『憧れの仮面ライダーみたいになりたい!』なんて、口が裂けても言えねぇ!


「でも日向さんはすごい。ちゃんと憧れに向かって走ってる。憧れの存在になりたくて、懸命に頑張ってる。だから、なんかかっこいい……」

「アタシがかっこいい、か……。優しいんだね、ツバサは」

「えっ?」

「だってアタシの憧れなんて、『プリキュアになりたい!』って言うのと同じくらい無理だって言われてきたから。たぶんアタシの憧れ、教えたら笑うよ?」


 そう言ってへへっと笑う日向さん。だけど本当は、笑って馬鹿にして欲しくないと思っているのだろう。


「ううん、笑わない。馬鹿になんかしない」


 小学校のときとはいえ、「仮面ライダーになりたい!」と無謀なことを言って、本当にそれを目指そうとしていた身だ。

 だから彼女がどんな無謀なことを言っても、真摯に受け止められる。

 俺は真剣な眼差しを日向さんに向けた。


「……ありがと。やっぱツバサ、すっごい優しいんだね」

「あっ、いや、別に……」

「ふふっ。照れすぎ」

「うっ……」

「アタシの憧れの存在、それはね──」


『プルルルル……』


 日向さんの言葉を絶妙なタイミングで遮るように、電話が鳴った。

 俺の電話かな? そう思って画面を見ると、着信は無し。

 日向さんの電話が鳴っていたのだ。


「……あっ。ごめん、ツバサ。ちょっと失礼するね?」


 そう言って日向さんは俺から離れて、電話に出た。

 俺には彼女が携帯電話の画面を見て、顔色が変わったように見えた。誰からの電話だろうか──。


「あっ、はい。はい…………。えっ!? ホントですか!? はい! はい!! よろしくお願いします!! 失礼します!!」


 何やら嬉しい報告が聞けたのか、曇りに曇った彼女の表情から眩しい明るさが戻ってきた。

 そしてそれに同調するように雨が止み、曇り空から太陽の光が差し込み、スポットライトみたく彼女を照らした。


「アタシ、なれるんだ。ついに……」

「日向さん!?」


 余程の衝撃だったのか。彼女は腰を落として、その場で内股になって座り込んだ。

 そんな日向さんの元へ駆け寄ると、彼女はこんなことを言い出した。


「そういえばツバサ。あの質問の答え、まだ言ってなかったね」

「あぁ、えーっと……」

「将来の進路の話。アタシがツバサにした質問」

「あぁ、あれか……」


 日向さんの進路。確かに気になっていた。

 けれどここで、彼女はそれについて明かしてくれた。


「アタシね……」


 彼女の進路ゆめ。それは──。


になりたかったの」

「えっ……」


 ──おや? 流れが変わったぞ?


「それでねアタシ。受かっちゃったの。オーディションに……」


 ──いやいや、まさか……。


「アタシ、なれたの! アイドルに!!」


 …………マジで!?

 俺はひどく驚いて、何も言えなかった。

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