第33話 「負けないから」
「はぁ……」
ライブ会場の外の海岸の手すりにもたれながら、俺は一つ息をついた。
日向さんに後で正直なことを言うのだから、気持ちを落ち着かせる必要があった。
嫌われるかもしれない。そう思い、揺さぶられる心はそれでも簡単に癒えなかった。
「それにしても、凄かったな……」
日向さんの迫力のある力強い歌声、姉譲りのキレッキレのダンス。
学校では見られない意外な一面が、頭から離れない。
あの姿に惹かれた。もっと好きになれた。だから──
「嫌われたく、ねぇな……」
あんなことをしたんだ。良かれとは思ってやったことだが、日向さんの初めてのステージをめちゃくちゃにしたんだから、どう転がっても悪いことであることに変わりは無い。
「ふぅぅ…………」
そろそろ戻ろうか。
日向さんに嫌われに。ビンタだって、覚悟の上だ。
俺は会場へ向かおうと、後ろに振り向いた。
「あっ……」
そのとき俺は驚いて、思わず声をあげた。
後ろには学校の制服姿の日向さんが柔らかな表情で立っていたのだ。
「ここにいたんだね」
「あっ、うん。ちょっと凉みにね」
「アタシも」
「そっか。あの、えっと……ライブ、お疲れ様」
「うん。ありがと」
謝るタイミングを見計るが、同時に、無理に別の話題を挙げる自分がいた。
「ねぇ、私に言いたいことあるんでしょ?」
「えっ」
「実は聞こえてたんだ、控え室での会話」
「そう……なんだ……」
だけど、こんな抵抗もここまでであった。
日向さんに促され、俺は一呼吸置いて──
「ごめん!!!!!」
深々と頭を下げた。
「実はあのライブでのこと……全部俺が仕組んだんだ」
全て正直に吐き出すんだ。
「ステージで歌うのを黙ってたのも、みのりさんのパート以外を無理矢理歌う羽目になったのも、ボイスレッスンであの曲を歌ってもらったのも、全部、全部……」
間髪入れず、俺は頭を下げたまま話し続けた。
「ごめん!! 初めてのステージだったのに……。俺のせいで……」
「ねぇ、ツバサ」
「…………」
「頭、上げて?」
そう言われ、恐る恐るゆっくりと頭を上げた。
「今日のライブ、どうだった?」
「そりゃ……良かったよ。すっごい良かった!! 日向さんの歌もダンスも。モコや月坂よりも凄かった!!」
「それなら、良かった」
彼女は俺に怒る様子を見せることなく、微笑んだ。
「確かにツバサは悪いことした。アタシじゃなかったら、ライブはめちゃくちゃだっただろうね?」
「ほんとすみませんでした。殴るなり蹴るなり、お好きにしてください」
「っはは。やんないよ。そんなこと」
彼女は小さく笑った。まるで俺のやったことを全て許しているかのように。
だが俺の中の
いくら彼女が優しいからって、そんなに簡単に許してもらえていいものじゃないはずだ。けれども……。
「……ありがとうね、ツバサ」
まさかこんな悪人にお礼をするだなんて……。日向さんは優しさが度を超している。
「全部、アタシのためなんでしょ?」
そう聞かれ、俺は小さく頷いた。
「月坂から聞いたんだ。昔の日向さんのこと、去年のミスコンのことも。だから、どうしても聞きたかったんだ。お客さんにも聞かせたかったんだ。キミの本当の歌声を」
「うん。そのおかげでアタシは自分らしく歌うことが出来た。その歌声をみんなに聞いてもらえた。そしてそれを、みんなが認めてくれた」
「日向さん……」
ゆっくりと手すりに向かい、そこに手を添える日向さん。
大きく息を吸って……
「あ──────────!!!!!!!」
「ひ、日向さん!?」
突然、大声が轟く。ライブのときのシャウトを思い出させる大声に、俺はビクッとした。
「もうね、こんなに叫んだのもホント久しぶりで。その快感を、翼は強引にだけど、思い出させてくれた」
「そ、そーなんだ……」
「ははっ、ツバサ、びっくりしすぎ。声まで裏返っててウケる……」
初めて会ったとき以来だな。
久しぶりに聞いた「ウケる」という言葉に俺は失笑した。
それにつられて彼女もクスクス笑い始めた。
「……アタシね、決めたの」
笑うのを止め、彼女は目を合わせた。
「これからはもう、お姉ちゃんみたいになるの……やめる」
長年、日咲みのりに憧れてきた自分とおさらばする。彼女にとっては寂しいことだろう。
けれど彼女の目は今まで以上に光り輝いているように見えた。
「アタシはどう頑張っても『日咲みのり』にはなれない。だから、これからは自分らしく、お姉ちゃんとは違う一人のアイドルとして生きていく。そしていつか、憧れのお姉ちゃんと、肩を並べられたらいいな……なんて」
「……できるよ。日向さんなら」
そう言うと、彼女は天使のような笑顔で「ありがとう」と言った。
アイドルになったからか、笑顔に益々磨きがかかってる気がする。やっぱり目が痛てぇや。
「そろそろ戻ろ?」
「あの、日向さん……」
こんな雰囲気で、今更こんなこと聞くのも違うし、なんか恥ずかしいな……。
それでも俺は勇気を出して聞いてみた。
「俺のこと、嫌いになってないの?」
「えっ?」
「あっ、いや。えーっと……だって俺、あんなことしたんだよ? いくらそれに日向さんが感謝してるとはいえ、やっぱりひどいことしたから……」
「もう、何言ってんのさ」
俺のオドオドする姿に、日向さんはクスクス笑った。
──これ、嫌われてないってことでいいのかな?
そう思い、俺はそっと胸を撫で下ろした。
安心感が半端なさすぎて、今すぐ腰を落としそうだ。
「あっ、でも確かにアレはひどかったよね〜」
「えっ? あっ、はい。ごめんなさい」
「じゃあお詫びに……焼肉奢ってもらお〜」
「いや、それはちょっと……」
「うそうそ。でもスタバは奢ってもらおうかな?」
「あっ、それなら」
「あと約束通り、勉強も教えてよね? 全科目で平均点超えれるくらい、み───っちり!」
「それも、もちろんやります」
「ホント? アタシ、全科目赤点ギリギリだけど??」
「えっ? あの……ご冗談ですよね?」
「……………………ふーふーふー」
渇いた口笛を吹いて、日向さんは俺から目を逸らした。あっ、これ冗談じゃないやつだ。
「ほ、ほら、早く行こ??」
さっきの話を忘れてと言わんばかりの、焦った様子で日向さんは俺を急かした。
そうだ、一旦忘れよう。
俺は日向さんの後に続いて会場へ戻る。そのときだ。
「こんなところで何をしてるの」
毎度毎度の冷えた声の美少女が俺たちの前に、モコを連れて現れた。
「二人とも、早く戻りなさい」
「ねぇ、月坂さん」
真剣な表情を見せて、日向さんは月坂に言った。
「アタシ、負けないから」
これは、アイドル
日向さんの勝負心が、この一言に強く伝わった。
「……望むところよ」
その言葉を聞いて、月坂は振り向いて日向さんに強い眼光を向けた。
こういう言葉に、月坂はたいてい「相手にならない」などと吐き捨てて強がるが──今回は違う。
これは月坂が、日向さんをライバルとして認識した瞬間である。
「…………」
「…………」
「えっ? なに? 二人とも」
日向さんと月坂、互いに火花を散らすかと思いきや、何故か無言で俺の方を向いた。
なにこれ? 「どっちを応援しますか?」って聞かれてるみたいだ。
それなら俺はもちろん、日向さんを応援するけどな。
「……………」
「……………」
「へ?」
そして彼女たちは何も言わずに、会場へ戻って行った。マジで何だったんだ??
「なぁモコ、俺なんか変だった?」
「いいえ、べっつにぃ〜〜」
何かを知ってそうな、ニヤついた顔でモコは言った。
えっ? マジで何なの????
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