第19話 トップアイドルの妹
「えっ、あの……いいんですか??」
「いいよー。だって『トップアイドル
駅前に着いてから連れられたのは、なんと高級焼肉店の大きな個室。
しかもこの焼肉屋。
いつしか「人の金で焼肉が食べたい!!」とTwitterで叫んでいたことが、とんでもない形で実現してしまった。
信じられるか? 俺、トップアイドルの金で焼肉食べてるんだぞ!?
もう、涙が出そうだ。
「あっ、あの、日咲さん……握手してくだひゃい……」
アイドル界の神様を前に、身体中の震えが止まらなかった。
両手を差し出すと、彼女は柔らかな両手で包み込んでくれた。
顔を上げると、サングラスなしの神々しい笑顔が目に見えて、咄嗟に目を背けた。
「あっ、ありぎゃとごぜます!! この手、一生洗いません!!」
そう言うと、彼女はあははと苦笑した。
そしてニット帽を外して、「遠慮なく食べて?」と俺にメニュー表を渡してきた。
「ねぇキミ、お名前は?」
沈黙により緊張感が漂う神との晩餐の途中、日咲みのりは俺に話しかけてきた。
「あっ、
「ツバサくん、かぁ……」
俺の名前を聞いて、彼女はふふっと笑った。
「あの、何か?」
「ううん。カッコイイ名前だなぁ……って」
その言葉を聞いて、顔から火が出た。
まさか日咲みのりに名前を褒められる日が来るとは思いもしなかった。
「ご兄弟は?」
「えっ? あっ、一人っ子です」
「へぇ〜」
「ひっ、日咲さんは?」
「私は妹が一人。天使のようにとっても可愛い、私の大事な妹!」
彼女はにひっと笑って言った。
そりゃトップアイドルの妹なんだから、同レベルに可愛いのだろう。
溺愛するのも無理のない話だ。
「ダンスが上手で、歌なんか……私とホント桁違いなの! お世辞抜きで、私よりアイドルに向いてるのかもしれない」
しかもトップアイドル以上の存在とは……。
なんて恐ろしいんだ、日咲みのりの妹は。
「私がさ、トップアイドルにまで登り詰めることができた理由、知りたい?」
「あっ、はい……」
──なにそれ? めっちゃ気になる!!
「私の妹ね、私にずっと憧れてたの」
「妹さんが、トップアイドルになれた理由ですか?」
「そう。もうね、あの子ったら本当に可愛いの! 小さい頃から私に憧れて、なんでもマネしちゃってさ。まるで、プリキュアになりきる女の子みたいに可愛くて、もう見飽きないし、元気が出る!!」
妹の話になると、彼女の声が
妹が日咲みのりが大好きなように、日咲みのりも妹のことが好きで好きで仕方がないのだろう。
「アイドルになってからはもう尚更。最初はすぐにその熱も冷めるかなって思ったんだけど、あの子ったら、私が小学校の頃から23歳の今まで、ずっと目を輝かせて憧れてるのよ」
なるほど。俺が小さく頷くと、彼女は落ち着いた表情を見せて、焼肉を食べる。
「でもね、それがやがてプレッシャーになったっていうか……。あの子にとって、理想のお姉ちゃんであり続けなきゃいけないって思って」
そしてまた焼肉を摘んで、小さく口を開いて食べる。
「それで、あの子ためにずっと頑張ったの。そしたらいつの間にか、アイドル界の神なんて呼ばれてて……。ほんと、妹には感謝しかないよ」
顔を上げて、彼女は、はははっと笑った。
「『妹の理想』だったのが、気づけば『みんなの理想』になってた件、なんてね?」
「なるほど……」
俺は改めて知った。誰かのために頑張ることが、これほどまで人を変えるのだ。成長させるのだ、と。
「でもね……」
楽しそうに話していた彼女の表情に曇りが見えた。
顔を俯かせて、彼女は話し続ける。
「あの子、私のようになろうとしてるの。モノマネとかいう可愛いのじゃなくて、完成度ほぼ100%の日咲みのりに」
尋常ではない憧れの強さが、彼女をそうさせたのだろう。
完成度ほぼ100%の日咲みのりになる──『同一視』なんてレベルじゃない。
「あの子ね、今でも変わらず、なんでもかんでも私のマネをしてるの。見た目はもちろん、性格も、歌声まで似せて、おまけに私と同じ、アイドルまで目指しちゃってさ……」
「まぁ、いいんじゃないんですか? それほどみのりさんに憧れてるってことなんだし」
「確かに憧れてくれてるのは、姉としてはすっごく嬉しい。ただ……」
そしてボソッとした弱々しい声で、こう言った。
「怖いの。そんなあの子を見るのが……」
日咲みのりは恐れていた。
自分の妹が、自分のコピーになろうとしていることに。
「私への憧れが、あの子をどんどん変えている。昔はちゃんと『自分らしさ』を持ってたのに、それが薄れていってる。それを見るのが恐ろしくて仕方ない……」
「そんなことが……」
「それに最近さ、髪型まで私に似せようとしたの。それで、さすがにやりすぎなんじゃないか?って思って止めたの。そしたら喧嘩しちゃって……」
どんどん声が弱くなっていく。
日咲みのりも所詮は人間。弱音を吐くんだな。
「大変、ですね……」
俺にはこれしか言えなかった。
遠い存在の悩み事を聞いても、その悩みに俺みたいな平民が触れられないのだ。
それに妹なんていないから、同情もできない。
「あっ、ごめんね。こんな話して……。ほら、食べて?」
彼女に笑って促され、俺は焼肉を食べる手を進めた。
口の中でとろけるほどジューシーな高級焼肉。
その味覚は楽しめているが、彼女の表情が曇るのを見ていると、どうも気分が上がらなかった。
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