第41話  SOS

「走れ、翼! 月坂さんを……追いかけてくれ!!!!!」


 久保田は俺に向かって叫んだ。玄関で構える先生たちに押えられながら、懸命に俺に何かを伝えようとしていた。


「久保田、お前は早く教室に──」

第一赤十字病院だいいちせきじゅうじびょういんに向かえ! 月坂さんはそこに向かってるはずだから……」

「は? なんで??」


 病院? こんなときにどうして??

 俺には久保田の言葉の意味が分からなかった。


「いいから早く!! 理由とかは、あとで説明するから!!」


 久保田は先生たちを払い除け、俺の元へ駆け寄った。


「……はぁ、そこまで言うなら。藍川、手を出せ」

「手? はぁ……って、いてっ、いだいいだいいだい!!!」


 先生は呆れながらも、俺の血まみれの手の平に自分のネクタイを巻き付けたのだ。


「これで大丈夫だ」

「先生……」


 痛い。さっきの痛みほどではないが、かなり痛くてまた泣きそうだ。

 だけど彼女の優しさに包まれて、その嬉しさにも涙しそうになった。


「お説教は後だ。ついて来なさい」

「あっ、はい」

「久保田、お前もだ!!」

「はっ、はい!!」


 先生は車の鍵を遠隔操作で開けると、ライトが光った車に向かって走った。

 これには周りの先生方も大騒ぎだが……。


「すみませんが皆さん、月坂美狐乃の親御さんたちにご連絡をお願いします」


 とだけ伝えて、車のエンジンを稼働させた。


「先生、アタシも!!」

「日向、お前はここに残れ」

「で、でも月坂さんが……」

「月坂のことは、私とこのバカ二人で十分だ」

「だったらアタシもバカになります! だから──」

「いや、日向さんいいよ。大丈夫」


 もしかしたら月坂の身に何か危険があるのかもしれない。もしそうならば、日向さんを巻き込んではならない。

 だから、俺は……


「これ以上バカが増えたら、先生を困らせることになるからね」


 そう言って、「心配ないさ」と笑って見せた。

 窓のドアは閉まり、車が病院に向かって発車する。

 俺は日向さんの心配そうな表情を見ながら、学校を後にした。


「それでさ、翼……」


 そして久保田は、月坂を追うべき理由を話した。



 〇



「はぁぁぁぁ!!!????」


 車の中で、思わず大声をあげた。

 久保田から衝撃的なことを聞かされたのだ。


「いや、あの、ごめん……」

「ごめん、で済むかよ! アイドルの目撃情報とはいえ、月坂が病院になんてことをネットに流してしまったなんて、ヤバいだろ!!」

「ひっ、ごっ、ごめん!!」


 今は月坂が病院に行っていることが初耳で驚きたいところだが、それどころではない。

 久保田は言ったのだ。

 自分の兄のお見舞いに行っているときに、同じ病院でたまたま月坂と遭遇して、それを目撃情報としてネットに投稿してしまった、と。


「それで俺、病院の前で声かけられたんだよ。よくわからんねぇけど、月坂さんのことを狙ってる男に」

「おいおい、それって……」

「たぶん、俺のネットに投稿した情報を頼りに来たんだ。しかも、病院に入ろうとして……、なんとかそれは阻止したけど」


 久保田の話でわかった。

 久保田の言うその男は、月坂を執拗に追いかけるストーカーだということを。


「それで、そいつ言ってたんだ。『陰キャの俺でも凜々ちゃんと付き合える。俺こそが凜々ちゃんの運命の人だ』って」

「な、なんだよそれ……」

「それで自分みたいな陰キャが月坂さんと一緒に歩いてるのを見たって言ってたんだけど……。まさかそれが……」

「あぁ、たぶん……信じられないかもしれないけど、俺かもしれないんだ」


 もちろん久保田は驚いた表情を見せる。

 俺と月坂の関係はもちろん。だけど久保田にはそれ以上に驚いたことがあるらしい。


「お前、なんで月坂さんと二人でいたんだ……」

「えっ、あっ、いや。久しぶりに俺が会おうって言ったんだ!」


 さすがにアイドル月夜凜々のマネージャーをやっているとは言えなかった。

 ただでさえ俺が学園のアイドルと付き合ってことでも驚きなのに、これ以上にざわつかれると困るからな。


 おそらく俺と月坂が二人でいて、元々カップルだったことを話したところを見られたいうことは、俺がマネージャーとして始めて働いた日であろう。今から一ヶ月も前の話だ。


「それでさ俺、病院で月坂さんに会いに行ったんだ。さっきの謝罪とストーカーの存在を知らせに。そしたら月坂さん、ひどく怯えちゃって……」

「そりゃ、そーだろ」

「だから彼女が病院に行く度に、入り口まで送るように頼まれたんだ。そんときにさ……連絡先を交換して……」

「まさか昼休みに話そうとした、ちょっとした自慢話って……」

「あぁ、そーだよ。でも翼、さっきは怖い顔してたし。月坂さんとは、入学初日のアレ以来だから、そんなに関係ないかなと思って……」


 あのとき、久保田の話を聞いてれば……。

 そう悔やむが時すでに遅し。俺は深くため息をついて、携帯電話を手に取った。

 そのときだ。


「つ、月坂!?」


 画面に四件の不在着信の存在が示されていた。相手は月坂。しかも数分間連続で電話をかけて──まるでSOSを送っているみたいだ。


「月坂、月坂!!」


 折り返し電話をかけてみるが、応答無し。


「くそっ……」


 心配のあまり、どうすれば良いか分からず俺は頭を抱えた。そのとき……。


『プルルルルルル…………』


 電話がかかってきた。相手は……月坂だ。


「月坂!!」


「……けて、たす……けて……」


 俺の耳に、間違いなく月坂が助けを求める声が聞こえた。


「……めろぉ!!!」

「月坂? 月坂!!」

「急ぐぞ、二人とも!!」


 先生は車のスピードを上げて病院へ向かう。

 かと思えば、車は病院の手前で停車した。


「久保田、警察に電話しろ!!」

「はっ、はい!!」

「藍川、お前は先に降りろ」

「あっ、はい!!」

「先に月坂を探してくれ」

「わかりました!」


「あと……」


 車を降りようとすると、先生は口を止める。


 何事か? と思い振り向くと……


「絶対に、危ないマネはするなよ」


 さっきのナイフを受け止めたことを心配しているのか、俺にいさめるような口調で言った。


「……はい」


 俺は走った。月坂をいち早く見つけるため。大切な人を助けるために──。

 そして俺は、月坂が近くにいるかもしれないことを示すモノを道中で見つけた。


「まさか、この先に……」


 恐れていても仕方ない。

 俺は先生に連絡して、目の前に見える狭い路地の中へ入っていった。




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