第42話 私が終わらせる。何もかも

 私は走る。一人で。誰の助けも借りずに……。


「私だって。私だって……」


 翼くんのバカ。本当に、バカ。

 いつも自分のことばかりで、一方的にしか物事を考えない。


『お前が、大切だからに決まってんだろ!』


 私だって、そうよ。


『お前のことは嫌いだ。だけどそんな気持ちなんかどうでもいい』


 私も、あなたなんか大嫌い。


『お前と昔付き合っていたから、一緒にいた時間が長かったから……おまけにあんなバイトのおかげで、お前を守らなきゃって益々思うようになって……』


 そう。だから嫌でもあなたが大切な存在であることが手放せなくなる。

 だから私は──


「あなたを……危険な目に巻き込みたくなかったのに……」


 さっきのことを思い出すと、涙が出てくる。

「助けなんかいらない」とすら言えなかった自分がとった行動を思えば、胸がきゅっと締め付けられる。

 だけど、もうこれでおしまい。


『だから、私がもう、これで……』


 終わらせる。何もかも。

 私が何もかも一人で片付ける。これは私の問題だから──。


 私は今から、人と会う。

 相手は例のストーカー──『小島こじま』という男だ。

 今年、私たちの高校を卒業したばかりの元生徒。それ故か、本名も、「月坂美狐乃=月夜凜々」という、学校ではもっぱらな噂も知っている。


 私は去年の文化祭の後、その男に告白を受けた。

 それでフッた。「ごめんなさい」と一言吐いて。そしたら──


『ねぇ、頼む! お願いだ! 僕と君は運命で繋がってるんだ!! その運命をねじ曲げるマネなんて、できない!!』


 などと意味のわからない言葉を並べて執拗に迫ってきた。

 そのときだったかしら。初めて護身用のナイフを人に向けたのは。

 さすがの男も、これには泣いて逃げ出した。

 これで一件落着、だと思ったのに……。


『なんで、なんで僕みたいな陰キャと……』


 久保田くんにストーカーの存在を聞かされてから、その男と病院の前で遭遇した。

 そこでわかった。男が、私と翼くんが一緒にいたところを見ていたこと。


 ──もし、男に翼くんの顔を覚えられたら……。


 そう思い、私は翼くんをストーカーの目から遠ざけるために、翼くんに関わらないよう、仕事にも参加しないように強く言った。


 そして今日、そのストーカーとの決着をつけるため、私は男に特定の場所と時刻を伝えて待ち合わせることになった。


「はぁ……はぁ……」


 私は目的地へ向かって走った。さっきの出来事で血に汚れた手をハンカチで拭いながら。


 私はなんでも一人でやってきた。

 誰にも迷惑をかけないように、と生きてきた。

 だから私は誰にも頼らない。翼くんはもちろん、先生にも、警察にも。

 先生に言えば、授業や仕事を私のせいで止めることになる。

 警察なんかに頼れば、スクープにされて世間は大騒ぎになってしまう。


「大丈夫……大丈夫……」


 私は走った。

 涙をハンカチで拭い、血に汚れた手もそれで拭い取りながら。


「はぁ……はぁ……」


 手についた血を見ると、さっきの衝撃的なシーンが頭をよぎる。

 今すぐ叫びたくなる。下手すれば泣き崩れてしまいそう。

 だけど、私は目を背けて走り続けた。

 全て片付けて、何もかも無かったことにして楽になるために──。


「ごめんなさい、翼くん……」


『関わらないで欲しい』と言ったのに、私のことをずっと心配してくれた。

 それなのに私は真意を打ち明けることなく無理に遠ざけて、ついには刃物まで向けた。

 それを無かったことに……なんて都合良くはいかないと思う。


 だけど──せめて、つい最近までの日常は取り戻したい。

 そのために私は決めた。一人で解決しよう。そのあとに翼くんにたくさん謝ろう。日向さんにも、心配をかけたから謝ろう、と。



「…………はぁ」


 約束通りの場所──背後に狭い路地がある所に辿り着き、私は一つ息を吐いた。息と気持ちを整え、覚悟を決めるために。


 そして『着いたわ』とメッセージを送り、平然とした様子を作って標的を待つ。


「これで、終わらせる」


 極悪なストーカーが私を近づけないようにするには、脅かすしかない。

 どうせ私を路地裏に連れ込んで襲ってくるのだろう。

 だからそこで私はあの日と同じように、この護身用の……ナイフ……で……。


「無い……。ナイフが……」


 手に持っている、血のついた白いハンカチ私は思い出した。


 ──まさか、学校に……。


 気が動転して、すっかり忘れていた。


「はぁー、はぁー、はぁー、はぁー…………」


 自分の身を守るものが無い。それがわかると、背筋がゾクッとした。

 息が荒くなる。

 寒気を感じ、足が震えて今にも地面に座り込みそうなくらいだ。


「ど、どうしよう……」


「待ってたよ? 美狐乃ちゃん」


 怯えているところに、ヤツが背後から声をかけてきた。

 恐る恐る振り向くと──。


「うぅぅ…………っ!!!」


 ビリビリっという音がして、背中から何かが突き刺さったかのような強烈な痛みが走って……力が……抜け……て…………。


 …………………………

 ……………………

 ………………

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