第12話 グレイの秘密基地

無事に関所を抜けた俺たちは裏路地を何本か入ったような場所にある建物の前で止まった。見渡してみれば付近は建物が密集していて、太陽が上がった後なのに薄暗い。


「ここが私の隠れ家です。粗末なところですが、中へどうぞ」


グレイは馬車を降りると俺たちを建物の中に招きいれた。建物の中はティナの隠れ家と同じような一般的な民家の構造に見えたが、それだけではなかった。


「皆様、少しここでお待ちください」


グレイは建物に入るとすぐに本棚を弄り始めた。しばらくするとカチャッと音がなり、壁が独りでに開き始める。その向こう側を覗くと地下へと続く螺旋階段が現れた。


「さぁ、こちらです」


ティナはグレイを信用しているのか、疑うこともせずに無言で後ろを歩き始める。だが、俺たちは突然、現れたグレイの存在を訝しんで一歩を踏み出せずにいた。するとティナは俺たちが着いてきていないことに気付いたのか、振り返り手招きをする。


「二人とも警戒しなくても大丈夫よ。グレイとは古い付き合いなの。安心して付いてきなさい」

「……シェリー、行くぞ。何があっても俺が守るから」


俺はシェリーの手を取り、恐る恐るティナの後を追って階段を下り始める。すると地下で真っ暗のはずの空間に少しずつ光が差し込み、階段を降りきった先に広がっていたのは地上の建物よりも数倍も広い作戦基地のような空間だった。そこでは数十人のスタッフが世話しなく通信機器らしきモノを弄っている。


「ここが私の秘密基地――いえ、軍事拠点といった方が正しいでしょうか?」

「……すごいわね」


ティナは壁に掛けられている武器や施設内の設備に触れて苦笑いを浮かべる。パッと見る限り、無数の重火器や剣、通信に使う機材らしきものが所狭しと並んでいる。


「あくまで、これらは備えとして置いてあります。何か入り用でしたらご自由にお使いになってください」

「ええ。そうしてもらうわ。それよりも――」


ティナはそう言って俺達の方へ振り返る。


「グレイ、このヒロキとシェリーに何か食べ物を振舞ってくれるかしら? 朝から追い回されたから何も食べていないのよ」

「はい。ではティナ様もご一緒に――」

「私は要らないわ」


ティナはグレイの言葉をバッサリ斬り捨てた。


「しかし、ティナ様も朝から飲まず食わずではないのですか?」

「グレイ、心配してくれてありがとう。でも、大丈夫よ。今はこの隠れ家の設備を見ておきたいの。いつ、何が起こるかわからないでしょ?」

「……かしこまりました。では、お二人はこちらに」


ティナから鋭い目線を受けたグレイはそれ以上、食い下がらなかった。だが、その表情は曇っていて納得はしていない事だけは良く分かる。


「(ティナは妙なところで強情だからな……)」


俺たち二人はティナをその場に残してグレイの案内でその場を離れ、ダイニングのような部屋に通された。


「とりあえず、椅子におかけください」


そこはごく一般的な西洋風のキッチンと木材で出来たテーブルセットが置いてある広々とした空間で俺たちは促されるまま、椅子に腰掛けた。


「では、さっそく用意しますね。何かお二人は嫌いな食べ物はありますか?」

「俺は特にないです。シェリーは?」

「私も特には……」


シェリーは首を静かに振りながら小さく答えた。シェリーの表情を見れば疲れているのは一目瞭然なほど、疲労が色濃く見えた。この状態でご飯を食べられるかどうかも正直、怪しいような気がする。


「あっ、あの……ご飯を作って頂く身で申し訳ないんですが、温かくて食べやすい物を作っていただいてもいいですか?」

「わかりました。では、あっさりしたものにしましょうか」

「すみません。ありがとうございます」


俺が頭を下げるとグレイは少しだけ首を横に振る。


「お気になさらないでください。あなた方はティナ様のご友人なのですから。それに作るとは言いましたけど、私は具材を斬るだけでほとんどはこの鍋がやってくれるので」

「そう……なんですか?」

「ええ。今じゃ魔術で料理を作れる時代ですからね。自分で味付けをしていた頃が恋しいほどですよ」


グレイはそう言いながら具材を淡々と切っていく。シェリーは家庭的な音を聞いて安心したのか、俺の肩に頭を預けて眠り込んでしまった。


「おっと、寝ちゃいましたか……。ちょっと待ってください」


料理の途中でその様子に気付いたグレイは手を止めて、毛布を取り出してシェリーにそっと掛けた。


「すみません。何から何まで……」

「いいえ。人として当然のことをしているだけです。それに風邪を引いてしまっては大変ですから」


グレイはニコッと笑みを零し、キッチンへと向き合う。だが、料理自体は既に出来上がっていたようですぐに皿を二つ持ったグレイが俺の元に戻ってきた。


「はい。簡単な雑炊と卵スープです。シェリーさんの分は取ってありますので冷めないうちにどうぞ」

「あ、ありがとうございます。いただきます」


二つの料理を器用に片手で一口ずつ口へと放り込んでいく。どちらも味付けがきちんとされていておいしい。これだけのご飯を魔術で作れるというのだから驚きを隠せない。


「すごく、おいしい……」

「お口にあった様で何よりです」


次々に口へ料理を運ぶ俺を見てグレイは優しく微笑み続けていた。食事が一段楽したところでグレイはお茶を出しながら不意に話を切り出した。


「そういえば、ヒロキさんとシェリーさんはティナ様と長い付き合いなのですか?」

「あ、いえ……俺もシェリーも色々と訳あって、つい3日前に知り合ったばかりなんです」

「なるほど。だから、ティナ様はあんな態度を――。という事はまだ、ティナ様の過去については何もお聞きになっていませんよね?」

「過去の話?」

「はぁ……やはり、まだ話していませんでしたか。では、誤解を招く前に私がお話しましょう。ティナ様――いえ、『ティナ・エルテルト・リグナー公爵』の過去について」


グレイは静かにティナの過去についてゆっくりと語り始めた。

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