第46話 騎士団長の眼光

海城が死者たちの襲撃を受け、大騒ぎになっている頃。

帝都を北回りで迂回した俺たち4人は、帝都と王国の境である国境の砦までやってきていた。しかし、そこには銃を持った多くの帝国兵が既に陣取って居て通してくれる雰囲気ではなかった。


「ダメね。こんなに多くの帝国兵が駐留しているとなると一筋縄ではいかないわ」

「ティナと会う前にここら辺で大規模な戦闘があったみたいんんだ。多分、アンデッドか、リードたちの部隊とやりあっていたんだろうが……」

「……そのせいで警備が厚いのね。厄介極まりないわ」


ティナは自分のホルスターから銃を取り出してコッキングする。

そして、その銃を俺に渡した。


「背中は任せたわよ」

「まさか、正面から行くつもり――って」


ティナは俺の言葉を聞かず、俺の背中にあったナイフを引き抜いて宙に放って、刃を正面に向けるように持ち換えた。


「そう心配しないで。静かに正面から行くわ。大丈夫よ」

「心配するなっていう方が難しいだろ……」

「いざとなったらそれで援護して頂戴。ミア、あなたはここで待機。それでいいわね」


ミアはこくりと頷く。俺とシェリーはミアをその場に残し、無言でティナの後を追った。森の木々の地形を利用して砦の入り口付近まで近づいた俺たちは茂みの中から周囲を見渡す。

正門に目を移せば、5名以上の兵が自動小銃らしきものをぶら下げている。ティナはハンドサインで『ここにおびき出して殺す』と軽くジェスチャーをして見せると石を思いっきり、砦の壁に投げつけた。


「な、なんだ!?」


その場にカツンという音が鳴り響き、五人が反応して銃を構えてこちらに固まって接近してくる。全員が怯えるように銃を構えて森の中を見ているが、誰一人として踏み込んでこない。その様子を見たティナはナイフを片手に素早く飛び出す。


到底、勝ち目のない5人を相手にする状況下で一人目の首をナイフで引き裂き、その体を蹴飛ばしつつ、二人目の胸と腹を刺す。銃を撃とうとする三人目に素早くナイフを投げて刺し殺したティナはすかさず、二人目のホルスターから銃を抜いて蹴り飛ばし、4人目の動きを奪って5人目を体術で投げ飛ばす。そして、引き倒した五人目をサイレンサー代わりのクッションにして引き金を引く。その放った銃弾は確実に4人目の脳天を穿った。


まるでアクションシーンさながらの光景を目のあたりしたが、確実なサイレンサーとは違い、銃声は確実に周囲に鳴り響いた。


「ヒロキ、シェリー! こいつらの武器を奪って!」

「ああ!」


俺とシェリーは武器を奪い取って弾倉を確認する。間もなくして砦からは蜂の巣を突いたかのように兵士がわらわらと出てくる。だが、まだ兵士たちはどこで何が起こっているのか知らないのか、広範囲を見渡し異常を探し出そうとする。


「……これはチャンスね」


ティナはそう小声で言ってこっそりと確実に兵士たちを迅速に始末していく。そうしてティナと俺たちは全員をかく乱しながら始末する。正直、じり貧の戦いに見えた戦闘だったが、次第に人数が減っていき、再び正門に戻ってくることができた。


「……おかしい。何かが妙だわ」


ティナと俺たちは砦の壁に張り付いて内部の様子を探ろうとするが、その砦の中には兵士たちの姿はなく、1人の男だけが剣を持ち、仁王立ちで立っていた。彼が羽織る赤いマントが風で靡き、ひと際異彩を放つ。その男が放つ独特の存在感は正しく『歴戦の騎士』を感じさせる。


「そこに居るのは分かっている。早く姿を晒せ!」

「……バレてる。でも、これはどう見ても罠――おい!」


俺とシェリーの心配を他所にティナがフラッと彼の前に姿を出した。


「お前は王国の――そうか、貴殿が相手なら私の部下が殺されても文句は言えんな。悪いことは言わん。投降しろ」

「騎士団長らしからぬ発言ね。この状況で私を捕まえたところで何の意味もないことは分かっているはずよ」

「フッ……まぁ、確かにな。どこもかしこも死者だらけだ。そんな中、お前を連れ戻しても意味がないかもしれん。だが、牢を抜け出した貴殿がこの砦を素通りできるとでも?」


そう強かな笑みを浮かべると大勢の兵士が砦内の至る所から現れて弓や銃を構える。だが、それでもティナは動じない。


「……私は別にあなた達と争いたいわけじゃないわ。それはお互い様なんじゃない? 帝国魔術師団が皇帝を裏切った今、帝都を守れるのはあなた達しかいない。アンタたちが行かないで誰が守るの?」

「皇帝から我らが受けた命令はこの砦を死守することだ。命令に逆らうことなど謀反に等しい」

「あなた馬鹿ね。帝国魔術師団の連中がなぜ、皇帝を裏切ったか知らないの?」

「何を言っている? 奴らは帝国の威信を汚した不届き者だ! そんな奴らが何を理由に裏切ったかなど関係ない!!」

「あなたの皇帝への忠誠は素晴らしいと思う。でもね……帝国魔術師団の連中は、皇帝が起こした『この惨事』を止めようと王国に行ったの! この事態の真実を理解しなさい!!」

「な、何を言って……まさか、この事態を皇帝が引き起こしたというのか? ありえない!」

「確かに、ありえないかもしれない。でも、間違いなく手引きしたのは皇帝よ。あなただって帝国の軍人なら皇帝を裏切ることがどういうことか。分かっているはずでしょう? それだけの覚悟を決めて、警備が厚いあの海城から私まで救って、土地勘も無い王国へ出て行ったのよ。彼らは――!」


その言葉に帝国軍の騎士団長は剣を鞘へと戻し、部下に銃を下げるように指示を出した。到底、理解などされないと思っていた俺たちとしては緊張がほどけていく。


「総員! “こいつら”を通してたら警備を厳とせよ!」

「しかし、騎士団長! こいつらは――」

「馬鹿者。お前、この目を見て気付かんか? 嘘を言っている奴の目じゃない」

「そんなの分かる訳……」

「分かるんだよ俺は……。こいつの必死な目を――助けを願っているときの目を見ているからな」


そんな会話を横耳でティナは聞きながら余裕綽々と帰って来る。


「お前、馬鹿かよ!! どう見たって殺されたって文句言える状況じゃなかったぞ」

「ごめん、ごめん。でも、いざっていう時は後ろから援護してくれる気だったんでしょ? こうして無事に戻ってきたわけだし良しっていう事にしてよ」

「……はぁ」


俺はため息を付きながらミアの元へ戻った。ミアは一体、何が起こって警備が厚い砦を超えられたのか分からないまま、俺たちと共に国境を越えた。しかし、その先に広がっていたのは至る所で炎が燃え上がる王国『リンテルの街』だった。


「そんな……街が……」

「やばいな、先を急ごう。ティナ、お前の隠れ家は? ティナ?」

「あっ……ええ。こっちの道よ」


ティナはその惨状を目の当たりにして動揺しながらも指示を飛ばす。その指示通り、山道を進むとそこには小さな小屋があった。その小屋は到底、隠れ家とは言えないほどに小さな建物だったが、その地下には人が一人寝れるほどのスペースと銃、弾薬などが豊富に内蔵されていた。


「すごい量だな。よくこんなにため込んでたな……」

「万が一に備えての対策よ。あとは単純に趣味ね」

「趣味!? 武器を集めるのが?」

「何も驚くところじゃないじゃない? ほら、早く馬に運び込んで」


ざっと見ただけでも数十丁の拳銃やライフルを隠し持つことが趣味と言えるのだろうかと思いながらも俺は武器を馬車の荷台へと詰め込んでいく。馬車の中ではシェリーとミアが周囲を警戒しながら弾を弾倉に込めている。


「固い……」

「それはここを押し込めて、こうすると……ほら」

「すごい……」


シェリーはミアに丁寧に教えながら弾込め作業を淡々とこなしていく。

全ての弾薬と装備品を詰め込んだ俺たちは燃え盛るリンテルの街を目指した。


「それでどこに肉親同然の人が居るんだ?」

「王城よ」

「王城ってお前、俺らの立ち位置分かっているのか?」

「ええ……でも、行くしかない。とりあえず街の中に入るわよ。ヒロキ、奴らが居ないうちに武器の扱い方を簡単にでも良いからミアに教えて。いざとなったら撃たなきゃ、生き残れないわよ」

「……そうだな。分かった。ミア、時間がないから簡単に教えるぞ」

「はいっ……」


俺は本当は深く追求しようか悩んだが、おそらく、あの話の切り替え方からして話すつもりはないのだろう。そう思った俺はミアに銃の動作、扱い方を教え始めた。

そんな最中、ティナはシェリーに指示を飛ばす。


「シェリー、街に入ると視界が悪くなるからアンデッドが接近していないか、後ろを警戒をして頂戴」

「分かりました! 銃を借ります」


シェリーはセミオートマティックの拳銃を手にしながら周囲を伺う。街中には人がおらず、警備兵の姿も見当たらない。その場に残っていたのは数多くの死体と弾痕、何かがさく裂したような後だけだった。


「……妙ね。人が一人も居ないなんて」

「逃げた後なんじゃないですか?」

「だとしても、アンデッドの一人や二人いてもおかしくないはずなのに……なんでこんなにも人影がないの? むしろ、不気味よ」


疑心暗鬼になりながらも俺たちは王城へと向けて馬車を走らせた。




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