<帝国サイド>第45話 中心地点は何処?
リード率いる帝国魔術師団の一行は王国との国境を越え、首都リンテルまで足を進めていた。ただ、その街中は建物の上から見る限り、数十名~数百名のアンデッドたちが徘徊しているだけで正しくゴーストタウンに近い状況になっていた。
「……街に人は居ないみたいだな。ナターシャ、この状況をどう見る?」
「どう見るって……そんなのアンデッドたちにやられたか、どこかに逃げたかの二つに一つじゃない?」
「いやまぁ、そうだろうが……なんかおかしくないか?」
「どういうこと?」
ナターシャは双眼鏡で生存者は居ないか、街中を確認しながら疑問を口にする。その傍らで銃弾を込めているリードは冷静に分析するように口を開いた。
「ここは帝国でいう所の『帝都』だぞ? こんなにもアンデッドが少ないなんて気味が悪いだろ」
「そっか。確かに。墓地から這い上がってきた死者やかまれて死んでしまった人たちがいるって考えれば、数万規模のアンデッドが居てもおかしくないよね?」
「それに、これだけ人が居ないということは『中心地点』はここじゃない。予想が外れたな」
「隊長、『中心地点』って何の話ですか?」
「ああ、そうか。お前らには言ってなかったな? 中心地点っていうのはまんまだが、この死霊術の中心点――『攻撃を最もかけたいエリア』のことだ」
そう言ってリードは隊員たちの前で地図を広げた。
「死霊術っていうのは元々、攻撃ポイントである『中心点』を決めて術式を配置しないといけないんだ。例えば、このリンテルの街に中心点を置くなら、そこを中心に的確な位置に六芒星を描き、六個の地点で一斉に魔術を発動させなくちゃならない。その性質上、アンデッドが多くいる場所が中心地点であるはずなんだが、ここにはアンデッドが少ない」
「つまり、ここが攻撃する地点じゃないってことか」
「ああ、その通りだ。そこさえ分かれば術式のある位置も見当がつく。そこを一つでもぶち壊してしまえば――」
「死者が動かなくなる?」
「そういうことだ」
リードが得意げにそう語っていると双眼鏡で周囲を偵察していたナターシャが声を上げる。
「あっ!」
「どうした?」
「南側、11時の方向! 親子が数名のアンデッドに追われてる!」
「あれか、行くぞ!」
リードとナターシャを先頭に屋根を縫うように駆けながら時折、ジャンプしながら屋根を飛び、親子が走っている頭上まで到達する。そして、リードが声を張り上げる。
「降下するぞ! ナターシャ!」
「<風の聖霊よ・我が手先に障壁を造りて・我らを守れ!>」
その詠唱が響き渡る中、魔術師団20名は一斉に屋根から地表に飛び降りて行く。到底、常人が飛び降りれば死んでしまう高さだが、ナターシャが作り出した障壁によって物理の法則に反した逆風が発生し、暴風がその場に巻き上がる。
「大丈夫?」
ナターシャが逃げていた親子に駆け寄る中、アンデッドは暴風で吹き飛ばされる。しかし、アンデッドはめげることなく這い上がり、襲い来る。
「安らかに眠れ。掃射!」
リードの言葉で一斉に鉛の雨がその場に降り注ぐ。最早、その銃撃を食らって生きていられるアンデッドは居なかった。
「ありがとうございます。助かりました……」
「いいえ、無事で何よりだわ。それよりほかの人たちは?」
「街の人たちは大抵が王城に――ぐぁっ!」
「狙撃っ! 狙撃よ!!」
突如、その場に銃声音が複数回、鳴り響いた。ナターシャの目の前に居た子どもとその父親がその銃弾を浴び、血を吹きながら横たわる。
「散開!!
リードがそう叫びながらナターシャを抱きかかえるようにして地面を転がる。そのすぐ横を弾丸が掠めた。
「クソ、一体どこのどいつだ! みんな無事か!?」
「無事です。ただ狙撃手の
場が混乱を極める中、ナターシャは地面に伏せつつ、煙に紛れながら呆然と親子の死体を眺めることしかできなかった。リードはその傍らでナターシャの肩をゆすった。
「ナターシャ! 気をしっかり持て! こういう事態があるかもしれないということは最初から分かっていただろ!!」
「でも……あの人たちを助けたんだよ? あの子だってこれからの歳じゃない……。それなのに……」
「ああ、早いところ、こんなクソみたいなこと、終わらせよう」
リードは銃を片手にナターシャの元を離れ、狙撃手に狙われるように立ち回る。
しかし、銃弾が飛んでくることはなかった。
「チッ……! メギツネめ。どうやら、狙撃手は撤収したみたいだな」
「隊長、このやり口、絶対にプロのやり口ですよ。二人とも頭を撃ち抜かれている」
「……ああ、多分、これ以上俺たちに関わってほしくない誰かが居るんだろうさ」
「でも、そうだとしたら誰が一体……」
「――そんなのどうだっていい。王城に行くわよ」
隊員も困惑している中、ナターシャはよろよろと立ち上がりそう言った。彼女の言葉には最早、元気はなかったが、その場に居た誰しも確かな殺気を感じ取っていた。
「副長……あまり自分を追い込まないでください」
「気遣ってくれてありがとう。その言葉だけで充分よ」
「……。王城に向かうぞ。さっきの話からして恐らく、そこが中心点だと思うがな」
その言葉に全員が間違いないと感じながら目線を落とした。敵は誰か分からないが、アンデッドに追われて殺されそうになっている民間人をわざわざ狙撃する必要なんてない。今回の狙撃は確実に情報を統制するためのモノだと全員が感じ取っていた。
ナターシャは静かに二人の開いた目を手で閉じて、両手で祈ってからその場を後にした。
***
その頃、『帝都』では大規模なアンデッドの襲撃を受け、皇帝は海城の守りを固めるように指示を出しながら一人憤慨していた。
「あやつめぇ!!! 裏切ったな、この屈辱は倍にして返してやる!」
「皇帝!! これからどういたしますか!?」
「報告します。アンデッドの群れを橋の上で止めていますが、劣勢です。このままでは突破されます!」
皇帝の間には複数の大臣と伝令が駆け込んで騒然としていた。伝令がもたらした報告をきいた皇帝は一刻の猶予もないことを感じ取り、椅子から立ち上がった。そして、剣を引き抜いて声を荒げる。
「各隊に連絡せよ! この未曾有の事態は機密情報が王国に漏れたことが原因である! よって、この海城を破棄し持ち得る武器、食料を集め、総員で王国へと攻め入る!」
「……! しかし、それでは臣民は助かりません――!」
「もはや、我々が行うべきは下民の救出ではない! 術式破壊の為に部隊を分散させるよりも敵を滅するほうが先である! お前も見たであろう? あの死者どもの数を――。助かるか分からぬ者よりも国益を考えよ!」
皇帝は伝令兵を睨みつける。
そんな中、大臣の一人が声を上げた。
「しかし、そうなりますと兵たちの士気にも問題が出ます」
「なぜだ?」
「そんなこともわからいのですか!」
その場に居た指揮官クラスの兵士が一人、声を荒げて皇帝に歩み寄った。
「それは兵たちに家族がいるからです! そんな見捨てるような命令を私は伝えられません! そんなことをしても何の意味もありませんぞ!! あなたはどうしてそんな命令をくだ――」
その言葉が最後まで言われることはなかった。皇帝は伝令兵に容赦なく剣を振り下ろした。
「ぐはぁ……この、薄情者めぇ……」
「どいつもこいつも我に歯向かいおって……! いいか、兵たちにはこう伝えよ。『皇帝が自ら兵を率いてこの惨事を終わらせるべく王国に攻め入る』と。そして、『家族はこの城に来たものは保護して見せる』とな」
その言葉は最早、冷酷そのものだった。兵には戦えと言いつつ、臣民を助けようとしないその姿は暴君そのものだ。
だが、この『事実』を知る者は中核の大臣クラスであって、末端の兵士はこのことを知らない。その場に居た人間はこの先、帝都の行く末が心配になる者が多かったことは語るまでも無い。
「すべてにケリをつけ、我が国を不変のモノとしてみせようぞ」
含み笑みを浮かべながら皇帝は出撃準備に取り掛かり始めた。
しかし、幸か不幸か用意は元よりナターシャが進めていたこともあり、数十分後には皇帝は数万の兵力で海城を抜け出し、王国への進撃を始めるのだった。
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