第44話 行く先

オリン村を出た俺たちは帝都領内を北進していく。手綱を握るティナの行動が全く読めない俺はこれからのプランを問いただし始めた。


「それでティナ、これからどうする?」

「とりあえず、村人たちと同じように北側を周って王国まで戻るわ」

「王国に? お前、正気か? あの死者たちの群れを見ただろ?」

「ええ、でも、満足な武器も装備も無いままじゃ、誰も守れない。それに――」

「それに?」


俺がオウム返しのように聞くとティナは『紙きれ』を見つめながら喋り始める。


「あの帝国魔術師団の連中――国境に向かっていたの。彼らの行動の目標はどうであれ、王国にも危機が迫っているんだと思う」

「だからどうしたっていうんだ? もうお前は公爵じゃない。王国の人間を守る義理なんてないだろ? 今は俺たちもアルグラードに――」

「そう。本当は私もアルグラードに逃げるべきだと思ってる……。でも、私には無理。奴隷を解放する、しない以前に『助けを求めている人間を見捨てる』なんてできないの」


ティナは俺の言葉を上書きするように言葉を返しながら馬車を止めた。


「私の意見に賛同できないならここから降りて」

「……!? おいおい、冗談だろ……? 大体、あのアンデットの群れが王国でも暴れまわってる確証はないだろ?」

「その確証はこれよ」


ティナは先ほどまで見つめていた『紙きれ』を俺に差し出した。

そこには『皇帝は王国の何者かと内通――死霊術が王国、帝都の両国間で発生。六芒星の魔術陣破壊で停止。噛まれてはいけない。幸運を』と短文で走り書かれていた。


「これが証拠? なんだよこれ」

「これは帝国魔術師団の一員がくれたメモよ。このメモと今まで起こった出来事も合わせて彼らの行動を照らせば、それ以外に考えが付かないのよ。彼らは私を救うために皇帝を裏切った。それでも王国に向かったということは、つまり――言わずとも分かるでしょ?」

「じゃあ、何か? 皇帝は王国の何者かと内通していて、それに気づいた帝国魔術師団は王国で発生している死者の群れを止めに行ったって言いたいのか? ……例え、そうだったとしても今、俺たちはシェリーとミアを連れているんだぞ? この状況で王国に行ったら――」

「わかってるわ。だから、賛同できない者はここで降りてって言ってるの! 私には今回の一件、全てが繋がっているようにしか思えないの。だから、それを早急に確かめに行かなくちゃならない!」


ティナは怒鳴るようにそう言い切った。だが、その一方でどこか急いで話を切り上げようとしているようにも見える。それは俺たちに対する憤りか、優しさなのかは分からない。でも、焦っているのは間違いなかった。


「なぁ、ティナ。何を焦ってるんだ? こうしてようやく三人揃ったんじゃないか。それなのに、わざわざ危険を冒してまで王国に戻ろうなんて……武器の入手や人助け以外の理由が本当はあるんじゃないのか?」

「……。私は何も焦ってなんていないわ」

「嘘だな。お前がそう言い淀む時点で何かあるだろ?」

「ティナさん、何かあるなら話してください」

「シェリーあなたまで……」


ティナは俺とシェリーから向けられた疑心の目を受けて目をオロオロとさせる。

そして、静かに元気なく口を開いた。


「はぁ……敵わないわね。実は――王国には私の肉親みたいな人が居るの。それで、その人の安否を確認したいのよ」


俺とシェリーは互いに目を合わせる。シェリーが正直、どう考えているかは分からないが、俺としてはわざわざリスクを冒してまで危険な地域にシェリーを連れて行きたくはない。


「ティナ、俺は――」

「行きましょう。その方の所に」

「おい、シェリー! その意味、本当に分かっているのか?」


俺は『それは間違いだ』と問いただすように肩に触れたが、そっとシェリーが肩に置いた手を握る。


「……分かっています。死ぬかもしれない。次は本当に……」

「だろ? だから俺はお前を行かせたくない。ただですらあの時の記憶や痛みが残っているだろ? そんな状況なのにまたあんな経験をしてほしくないんだ」

「……やっぱりヒロキさんは優しいですね。ありがとうございます。でも、私はティナさんに付いて行きたいんです」

「どうしてそこまで……」


そこまでシェリーがこだわる理由が分からなかった。すると、シェリーは少し悲しそうな目をこちらに向ける。


「私、ティナさんの気持ち。少し分かるから……。私は同じ状況で何もできなかった。だから同じ気持ちをティナさんに経験してほしくないんです」

「っ……!」


その場でティナと俺はその話が『宿屋エルダ』でシェリーを守ったというイザベラの話だと気づいた。そして、シェリーは穏やかな笑みを浮かべてこう続けた。


「それに私、まだティナさんに王国脱出の借りを返してないですから。――ヒロキさん。ごめんなさい。『自分だけで決めないで』って言っておきながらこんなこと言って……。でも、こればっかりは理屈じゃない。私の為でもあるんです」

「……そっか、分かった。じゃあ、俺も付き合うよ。シェリーは俺が守る」

「……二人ともありがとう」

「無茶なのは今に始まった事じゃないからな」


俺とシェリーはティナに視線を送ると俺たちの意志を受け止めるように胸元を押さえる。正直、俺が『シェリーに甘い』と言われればそこまでなのだが、シェリーが過去と向き合おうとする姿を見たらそれを応援したくなったのだ。


「(惚れた弱みってやつなのかな……)」


そんな風に考えているとミアが我先にと地図を持って話を進めだす。


「でも、帝都から王国に入るとなると……国境の砦を超えないといけなくなりますよ? あそこは村の私ですら警備が厳重で――」

「そうだな。よいしょっと!」

「あっ! 返してください」

「ミア。お前はアルグラードに行った方が良い」


俺はミアの持っていた地図を取り上げてそう言った。あの亡者の群れを見る限り、ミアを守りながら戦う余裕はどこにもないと考えての発言だったのだが、ミアは首を横に振った。


「約束、忘れたんですか? 私も行きます」

「行っても何の得も無いぞ。危険なところに行くのは強さとは違う。それは単なる無茶で虚勢にすぎない」

「そうかもしれない……でも、私だって役に立つことくらい――」

「ないだろ。何も。冷静に状況を見て考えろ。お前が来ることで俺たちが危険になる事が増えるんだ」

「ヒロキ。それは事実だけど、さすがに言い過ぎよ」


ティナは俺の言葉を止め、ミアの目をじっと見ながらこう言った。


「残念だけど、ヒロキが言ったことは間違いなく正しいわ。正直、武器も扱えないあなたが来ても何の役に立つか分からない。でも、それでも来るっていうならあなたの身の安全は保障できない、それでもいいの?」

「はい。例えそうだったとしても付いて行きます」

「はぁ、分かったわ」

「おい、ティナ――お前!」

「この子がそう言うのだもの。仕方ないじゃない。責任は取れないことも説明はしたし、何があってもミアも文句はないはずよ。それにこの子……多分だけど、ここで降ろしても歩いて付いてくるわよ?」


ティナはいかにも『誰かさんのせいじゃないの?』と言わんばかりの目を向けてくる。正直、こうなるならあの時、ミアの脅しに屈するべきじゃなかったとつくづく思ったのだった。

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