第43話 決別
「私をあなた達みたいに強くしてください」
その言葉に俺たち三人は顔を見合わせた。ミアは俺とシェリーが拉致した人質にしか過ぎない。そんな彼女が本気で『自分を強くしてくれれば、黙っておいてやる』というのだ。
「その……正直に言うけど今の状況だけ見ればミアは『強い』と思うぞ? 見ず知らずの奴らにナイフを突きつけられて従っているとはいえ、そんな風に交渉もできるんだから」
「……ありがとうございます。でも、そんな気休めなんて言わないでください。私は弱いんですよ。何もかも……」
「なら聞くけど、あなたはどうして強くなりたいわけ?」
ティナはそんなミアにそう話を投げかける。
「それは……自分が弱いから。自分の身もろくに守れないし、自分の意志で選択して行動もできない臆病者なんです。だから、少しでも自分の足で立って生き抜けるようになりたいんです」
「……わかったわ。乗り掛かった舟だし、これも何かの縁ね。その話に乗ってあげる。ただ、私たちはオリン村に寄った後にどこかしらに旅立つわ。強くなりたいなら私たちに付いてくること。それができるわね?」
「は、はい……!」
「なら決まりね。ということでヒロキ、あなたがこの子の面倒をみてあげなさい」
「えっ? 待て待て、なんで俺が?」
「元を正せばあなたが連れ去ったことが原因なのよ? それに今、いかにも同情しているような顔つきしてたじゃない」
「……。」
何となくだが、俺にはミアが引っかかっている部分に心当たりがある。かつて彩香を失ったとき一時期、もだえ苦しんだものと同じモノのような気がしてならなかった。
「(自分の生きる意味や成せることの意義……そんな未来への不安をこの子も抱えていて、自分に何ができるのか劣等感に見舞われているのかもしれない……。ただそう思っただけで確証はない。……それに――)」
ミアの交渉を突っぱねたら俺たちは下手をすると牢獄行きになる。この条件は飲まずにはいられなかった。
「分かった……。ミア、これからよろしくな」
「よろしくお願いします。えっと……ヒロキさん」
「よし、そうと決まったら話を合わせるわよ?」
そこからオリン村までの道のりでティナを中心に4人の口裏合わせが始まった。
結果としては『ミアはあくまでも勝手な家出をした。そして、ティナの仲間である俺たちが見つけて連れ戻ってきた』という筋書きになった。信憑性を上げるために手綱をティナが握る。そして、肝心のミアが戻って来る方法だが、ミアの強い希望で『家族に決別を伝え、半ば強引に出てくる』という突拍子もない方向になった。
正直、こんな口裏合わせ程度の計画でうまくいくのか心配になるが、もうオリン村と目と鼻の先まで来ている。
「(後戻りはできない。やるしかない……か)」
そう思っていると暗闇の中からたいまつを持った人間が一人、またひとりと村の入り口に集まり始めるのが見えた。そのうちに若い男の声が響き始める。
「族長!! ミアが帰ってきたぞ!」
「何ぃ!? 本当か!! ミアぁ!!」
一人の青年がそう叫ぶと初老の男が慌てた様子で門口に現れる。ティナはその様子を横目に見ながら馬車を止めた。俺とシェリーに挟まれるようにミアが馬車を降りると族長を先頭に村人たちがすぐに駆け寄ってくる。
「おじいさま、ごめんな――」
「このっ……馬鹿もんが!」
その場に甲高いパチンっという音が鳴り響き、ミアがシェリーの横に倒れた。ミアは突然のことで何が起こっているのか分からない様子だったが、痛みが後を追ってきて涙を零す。
「ミアさん! なんでこんなことをするんですか――!」
咄嗟に腰を下ろしてギッと睨みつけたシェリーだったが、族長であるミアの祖父はその制止を振り切る。
「どけ! この小娘!!」
「やめ……いたっ……!」
「わしらの心配も知らずに今更ぬけぬけと戻ってきおって!!」
ミアの祖父は三度にわたってミアの顔を打った。ミアは必死に抵抗するが、力で勝る男にかなうはずもない。
「ちょっと! いくらなんでもやり過ぎです!」
「じゃかしい!! 部外者の小娘は黙っておれ!!」
止めに入ったシェリーがミアの祖父に再度、弾き飛ばされる。完全に実孫の非行に理性を失っているようで首根っこを掴んで引きずって行こうとする。
「これは家族の問題なんじゃ! ほれ行くぞ!」
「痛い! おじいさま、やめて!」
「ヒロキさん! あんなの、あんなのあんまりですよ!」
シェリーは俺にミアを助けてほしいと懇願する。俺としても地面を引きずってミアを連れていく祖父のやり方はやりすぎだと思う。それに家族とは言えど、やっていいことと悪いことがある。
「ちょっと待て!! 話はまだ終わっていないぞ!」
「今度は小童の方か、なんじゃ!」
「悪いが、その娘はもうティナのモノだ。もう雇用契約も結んである。今、連れていくとすこぶる不味いことになるぞ?」
「なんじゃと!?」
その一方でティナは「えっ?」という顔をしている。そんな反応は当たり前だった。打ち合わせではこうなる予定などなかったのだから。
それでもティナは腐っても元公爵だ。こういう対応には慣れている。なんといっても場数が違う。そうと踏んでの大博打だ。
「だがな、孫の養育権はワシにあるのじゃぞ? それを通さないとは――」
「彼女の意志だもの仕方ないじゃない。ミアの意志は固いわ」
「何!? だとしても――!」
「あらそう? 残念ね。彼女が私の元に来るなら『今、帝都で起こっている最悪の事態』について教えてあげられるっていう話だったのだけれど」
「それでワシを脅しておるつもりか? 帝都のことなど知るか!」
「帝都でだけじゃない。すぐここに波及する緊急な――いえ、言い直すわ。村の人間全員の命に関わる話よ。それでも知らないと言えるかしら?」
「命に関わる話……だと? ならば、帝都まで馬を走らせればいい話じゃ!」
「いいえ。それは無理ね。帝都へ向かった人間は戻ってこないし、あなたたち全員、明日の朝まで命が持たないわ。私が手を下さずともね?」
ティナは銃に手を掛けて凄んで見せる。結局、ティナと俺たちは武をもって威圧する形となり、緊張感が高まる。ただ、それでもミアの祖父である族長だけは冷静だった。
「ど、どういうことじゃ? 皆が明日の朝までに死ぬとそう言うのか?」
「さぁね? ミアをこっちに渡して。でなければ何も話さない」
「ミア、お前は知っておるのじゃろ!!」
「い、痛いっ! やめて、おじいさま! 言う、言うから!」
「――ミア!! 何があっても言うな!! それがお前の第一歩だ!!」
族長がミアの髪の毛を強引に引っ張る中、俺はそう声を荒げた。今までの様子を見ていれば何となくだが、ミアはあの族長に権力で縛り付けられ、ただ『レールの上を走ってきた存在』だったことは容易に想像が付く。だとすれば、あの願いの意味も理解できる。
「ミア! 何を隠している!! 早く言わんか!!」
「っ……。おじいさま、離して! 私はあなたの道具じゃない! ティナさんたちと行くの!!」
「だから言ったでしょ? ミアの意志は固いって――ヒロキ、あなたよく言ったわ」
「何を今更……。ティナ、最初からお前は気づいていたんだろ?」
「さあね? ――さて、そろそろどうするか決めてくれるかしら? 私にも我慢の限界があるし、銃って案外、重いのよ?」
ティナは銃のグリップを両手で握って狙い撃つようなポーズを取る。すると族長はモノのようにミアの髪を引っ張って前に放り投げた。
「ふっ、調子に乗りおって……! ここまで育てやったというのに恩を仇で返すとは! この村の――家の恥さらしなど要らんわ!! お前らにくれてやる!」
「ミア、大丈夫?」
「シェリー、悪いがミアを馬車に」
「はいっ!」
「さて、どうするよ……? ティナ」
「まぁ、教えるだけ教えて後は逃げるしかないわね――いいわ、約束は約束よ
帝都で起こっていることを教えてあげる」
深くため息を付いてからティナは帝都で起こり、こちらに近づきつつある災厄と軍の現状を伝え、軍の救援には期待できないだろうと告げた。族長はこれを聞くや否や、我先にと「逃げねば死ぬ」と声を上げて逃げ出していった。
「族長っ!? どこに行くんだ!? クソ、あの狸おやじめ……!」
村の人間は司令塔を無くし、呆然とその場に立ち尽くす。
しかし、その中に居た一人の中年男性が難しい顔をしながらティナの前に立った。
「あの……ティナ様、あのような族長の態度の後で、このようなことを聞くなど間違っているかもしれませんが、このあと私たちはどうしたらいいのでしょうか……」
「……。そんなこと気にしなくてもいいわ。困ったときはお互い様よ。答えは単純。急いで可能な限り、遠くに逃げなさい。できれば『アルグラード』まで」
「アルグラードに……ですか?」
「ええ。この事態に他の国が気付かない訳がないもの」
「わかりました……! ご助言に感謝致します」
「できるだけ軽装で行きなさい。あいつらの足は速いから荷を背負っていると追いつかれるわ」
ティナは逃亡してしまった族長の変わりに帝国の隣にあるアルグラード家が治める『アルグラード国』へ逃げるように告げた。その言葉に村人は深く頷いて必ず、生き残ると言い残し、散っていた。
「ティナ様、では私たちはこれで」
「ええ、無事に逃げ切ってちょうだい。アルグラードは帝国と同盟は結んではいないけれど、友好関係にあるし難民であっても受け入れてくれるはずだから、心配せずに行くように伝えて。今から帝都方向に戻ったら確実に死ぬわよ」
「かしこまりました。……その、ティナ様。何か代わりに私たちにできることはないですか? 族長の無礼もお詫びしたいのです」
「……なら、お願いがあるわ」
そして、ティナは村人の一人にあるモノを渡してくれないか頼んだ。
「これでいいですか?」
「ええ。助かったわ。帝国の地理にはあまり詳しないのよ」
「いいえ、これくらいの事で良ければ……あと、その……ミアの事、よろしくお願いします」
ティナが村人から手渡されたのは『地図』と欲しいと一言も言っていない『袋一杯のライの実』だった。そうこうしているうちに村から馬を引き連れて村人が去って行く。
「ミア! 元気でな!」
「体には気を付けるんだよ!」
村人の多くがそんな言葉を掛けながらアルグラードへ向けて旅立つ。どうやら、村人の大半は族長との関係はどうであれ、ミアの事を大事に思っていたようだ。
「……あの子、この村の人たちに好かれていたのね」
「ああ、そうみたいだな。よし、俺たちも行こう」
俺とティナは二人が待つ馬車の御者台に乗り込み、馬を走らせ始めた。
ミアはシェリーにギュッと抱かれたまま、静かに目だけこちらに向ける。
「ミア、さっきはよく頑張ったな。……こんなことを聞くのも馬鹿みたいだけど、本当にいいんだな? もう後には戻れないぞ?」
そう俺が問うとミアはゆっくりと縦に頷いた。もうミアはあと腐れなく、自分を強くしたいという思いで俺たちと行動を共にすることを決めたのだった。
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