第47話 囲まれた王城(サイドエピソード)
帝国魔術師団はリンテルの街を慎重にクリアリングしつつ、王城へ向けて進み始めていた。順調そのものだった一行だったが、拳銃を片手に先頭を歩いていたリードが曲がり角で突然、左手を上げて足を止めた。そして、リードは左手を地面に向けて下へと向け『しゃがめ』とジェスチャーをする。
「(特に敵が居るように見えないけど……)」
リードに張り付くように壁に身を預けたナターシャはリードの手を見る。すると彼は銃を持った手を数回、握るような動作を見せ、指を三本立てピストルのような形をして見せる。
「(なるほど、拳銃で武装した敵が三人いるのね……ん?)」
そして、リードは壁から通りを覗きつつ、手の平をピンと伸ばしてパタパタさせ、最後に銃のグリップを上方に擦った。
「(陣形を造って制圧する……か。了解)」
その指示にOKサインを作ってナターシャは部隊の陣形、人数をハンドサインで指示を出す。突入する準備が整った段階でリードの肩を叩いて『準備完了』とサインを返し、突入する。
それとほぼ同時にガソリンのような可燃物に敵兵が火を放ち、ゴォォォという燃え盛る音と灼熱が私たちの前を遮る。それでも私たちは腐っても軍人だ。こんな状況下でも敵を逃がすことはない。帝国の軍人たるもの、狙った敵は必ず息の根を止める。
私たちが撃ち放った銃弾は確実に敵の体を捉えた。
「クリア」
「そっちで倒れてる兵士の持ち物を探れ」
「リード、この炎、建物に一瞬で燃え広がってる。下手すると街中の全部に燃え広がるかも……」
「ああ、確実に回るな……でも、ここに構っても居られない。先を急がないと。どうだ。何か見つかったか?」
「いえ、特には。ただ、計画書らしきものはありますね。恐らくですが、火をつける場所を決めていたんじゃないかと」
そう言っている最中から街中で火の手が一斉に上がる。
「一体、これに何の意味がある?」
「多分、陽動じゃない? この騒ぎで街に残っている人たちを私たちが救出することを見越しての作戦だと思う」
そう、ナターシャが言うとリードは静かに目を閉じて彼女の肩に手を乗せて言った。
「ナターシャ、ここで救助を優先することもできる。アンデッドの数も少ない今なら助ける価値はあるかもしれない。お前の――副長としての意見を聞かせてくれ」
「……。私は魔術陣の破壊を優先すべきだと進言します」
「副長っ! それじゃあ、皇帝やこの攻撃を仕掛けている人間と同じに――」
隊員がそう言いかけたところでナターシャは殺気立った目をその隊員に向けた。
「黙りなさい。私だってこの街の人間を救いたい、そう思っている! でも、ここで進まなかったら多くの人が死ぬことになる! 私たちにしか術式の破壊は出来ないの! だから進むしかない! あなたは進む以外の選択があると言うの?」
「っ……すみません。軽率過ぎました」
「私こそ……ごめん。あなただって――ううん、全員が同じ気持ちなのよね」
「さぁ、決まったな。話は終わりだ。そう湿っぽくなっても仕方ない。心苦しい気持ちはみんな一緒だ。各員、弾倉を確認して行くぞ!」
リードの掛け声でリードたちは装備を確認して進み始めた。目の先には王城と思われる建物がそびえ立っていたが、今まで居なかったはずのアンデッドがチラチラと見え始めたこともあり、リードは通りから外れた。
「(こんな袋小路で襲われたらまずい。警戒して進まないと。アンデッドだけじゃない。人間にも注意しなくちゃいけないんだから……)」
私たちが恐れるのは単調な動きをするアンデッドだけではない。知能を持つ人間にも注意が必要だ。駆け引きを駆使して相手の上を行かなければ殺される。
そんな醜い戦い――それが殺し合いなのだ。
リードたちはそのまま、道を進みながら偶然見つけた階段を上り、高台を目指し始めた。その先で見つけたモノ――それは数万のアンデッドに囲まれながらも城壁越しに戦う王国軍と国民の姿だった。
「睨んだ通りか。ここが中心地点だな。だとするとアンデッドの戦力を集めるために墓地を確実に入れて効率よく城を攻撃しようとするはずだ。それなら……設置地点はこことここ、それから――」
そう言いながら先ほど奪った地図にペンを走らせる。
「ここのポイントだな。間違いなくこの周辺にある」
「じゃあ、早速叩こう。このまま好き勝手にやられるわけにはいかない」
「そうだな、城から一番近いここら辺を探ろう。あの感じだとこの国の国王は平民を中に入れて守っているようだからな」
リードが進もうとしたところでナターシャがその手を急に掴んだ。
「でも、私たちの関与が公にならないように術式破壊の地点は遠い方が良いんじゃないの? 破壊した時点で死者たちは動かなくなるわけだし……」
「いいや、そんな事はないだろう。王国と帝国を取り持つためにもこれを一番先に王国へと報告した方が良い。これだけの大ごとだ。リンテル周辺の国にこの事態が知れれば帝国だって身動きが出来なくなる」
「でも、それをやったら帝国が――」
「ああ。攻め込まれる可能性はある。それでも俺たちは最早、帝国軍の思惑を、皇帝の野望を砕こうとしているんだ。今更だろ」
「それも……そうね。みんなもそれでいい?」
「それを私らに聞きますか、副長? 異存なんてありませんよ。なぁ?」
リードに同調するように『今更だろ』とみんな戦場だと言うのにのんきにニコニコして見せる。ナターシャはその光景を見てみんなに気を使わせていると思いながらも静かに目を閉じた。
「さぁ、こんなおかしな戦いはさっさと終わらせましょう」
「よし、各分隊に分かれて戦闘に備えろ。五分後には出るぞ」
「「了解」」
こうして私たちは目標地点に向けて準備を始めた。準備と言っても魔術も使用していない彼らは何らいつものように弾薬を込めるだけだ。時間が空いている者は軽くスナックを食べたりする時間になってしまう程、みんな割と思い思いに過ごし続ける。
「お前、ずるいな。俺にも食わせろ」
「ん? 欲しいか? いいからさっさと弾を込めないと大変だぞ?」
「かぁ~! 食の恨みは恐ろしいからな? この事で呪い殺すぞ!」
「んな、馬鹿なこと言ってないでチャチャッとやれ! ったく」
「んっぐぅ……たいひょう、ひどいじゃないふぇすか」
スナックを食う食わないで揉めていた隊員の口にリードがスナックをぶち込み周囲の人間が笑う。そんな光景を見ながら乾いた笑いをしてしまうナターシャだが、これが普通でいいと思わず笑みを零す。
軍の部隊という枠組みがあるとは言えど、こういう瞬間は『家族』に思えてしまう。
そして、その事を――この光景をリードとナターシャは『誇り』に持っている。
「さぁ、五分経ったぞ。仕事だ」
「うん。行こう」
リードとナターシャが並び、隊員全員の顔を見る。
そして、リードが静かに口を開いた。
「正直、この先は罠になっている可能性が高い。なにせ俺たちのことを狙撃するほど警戒しているんだからな。警戒を怠るな。全員で生きて帰るぞ。――副長」
リードの言葉に全員が頷き、ナターシャが続くように言葉を付け足す。
「作戦は死霊術を発動している魔術陣の発見と破壊。作戦地点の場所を地図で確認する限り、森の中の開けた平地に構築している可能性が高いわ。森の中だから危険度が高い。常に防御と攻撃に入れるよう、隊列を組んでいくわ。以上!」
「よし、
リードの言葉で一斉に作戦地点に向けて動き出す。作戦地点はリンテルの東、生い茂る森の中だ。リードたちは一切の無駄を無くすかのように狭い場所では前後を10人ずつに分けて全方位を見渡す。そして、広い場所に出るたびにひし形の警戒態勢に戻る。その様は最早、職人芸だ。
「(これだけ木々で街の炎も月夜も閉ざされているから狙撃は来ないはず。あるとすれば、待ち伏せ攻撃だけ。私がやるなら魔術陣の近くで仕掛ける)」
ナターシャとリードは注意を払いながら森の中へと分け入る。すると、そこには100人近い人が居た。しかし、その大半が私服で到底、その姿は軍人ではない。もちろん魔術陣の周囲には十数名の武装した兵士の姿が見えた。
「一体、どうなってるの?」
「……そういうことか。あれを見ろ」
「長方形のガラス管がたくさ――って、まさかポーションのボトル?」
「多分、魔術陣の中に居るのは民間人か、奴隷の類だろう。最初の発動だけはやって維持はあいつらの魔力に任せてるんだろう。マナ欠乏症にならないようにマナの回復用ポーションも渡しているみたいだが……」
「じり貧ね。いずれ、ポーションが利かなくなって死んじゃう」
ナターシャの言葉に頷いたリードは静かに五人一組の隊を複数の角度に分散するように指示を出し、閃光弾を放り投げて一気に畳みかけるように突入した。森の中に乾いた音が何十発と鳴り響く。だが、当の守備していた兵士たちは戦うどころか逃げ出す。その勝負は呆気ない程、簡単に終結した。
「散開して周囲をチェックしろ!」
「……クリア!」
「こっちもクリア! あたりにも敵影の気配なし。エリアクリア!」
「よし、術式の破壊に移る。そのまま、各員は警戒を維持しろ」
リードとナターシャはそう言いつつ、二人並んで考え込む。
「ナターシャ、どう思う?」
「どうっておかしいとしか言えない。こんなに警備がザラなんて」
「だよな。人質を使って維持させる手腕と言い、あれだけの狙撃ができる奴がこんなに手ぬるいわけがない。でも、今は――」
「そうね。リード、やりましょう」
リードとナターシャは魔術陣の前に立ち、互いに同じ言葉をゆっくりと紡ぎ始める。
「<邪なる理を紡ぎし素なる言葉が響きし時は終焉を迎えた。回りし縁は切れて繋がりをもつ精霊は無に帰れ。七素からなる言霊は意味をなさず、虚像と虚言となりて永遠の眠りにつけ!>」
二人の手から白い波紋が浮かび上がる。そして、破壊術式を維持するように力一杯手に力を込める。それと同時に大きな音を立てて地面に書いてあった文字が――魔術陣が崩壊した。
「だぁ……これで、もう魔術陣は機能しないはずだ。ナターシャ、これを飲んどけ」
「はぁはぁ……ありがと」
リードとナターシャはマナ補充用のポーションをごくごくと飲む。
その最中、リードは部隊の面々に声を掛ける。
「お前ら終わったぞ。あとはこの中の人たちを救護、保護しろ。もうアンデッドは歩いていない。だから人間だけには注意しながら行動しろ」
「了解です! 10人は警戒、それ以外は救護に! 衛生兵の経験がある奴を優先しろよ! ――大丈夫ですか?」
魔術師団の全員が魔術陣の中に居た人たちを助け始める。全員が衰弱している現状は変わらなかったが、大勢の人間を救えたことにリードとナターシャは肩の荷を下ろす。それでも二人にとってはまだ、任務完遂というわけではなかった。
「ナターシャ、行けるか」
「ええ、大丈夫。リードこそ大丈夫なの?」
「ああ、問題ない。早くこの事態の終息を伝えないとな。各員、救護が終了したらこの地点を死守しろ。あの感じからして二次攻撃は無いとは思うが、ゼロじゃない。用心しろ」
「了解です。隊長たちは王城へ?」
「そうだ。――なっ!?」
リードがそう返答した最中、ここから遠い地点から爆発音が複数回、連続して鳴り響く。しかも、銃声音や魔術がさく裂する音までもが木霊する。
「待って。あっちの方向って――」
「ああ、王城がある方だ。ナターシャ、急ぐぞ!」
リードとナターシャは銃をホルスターに閉まって全速力で駆ける。リンテルの街中に入るとそこには小銃やライフル、盾を持った重武装の兵力が至る所に居た。その隙を縫うように二人は城が見渡せる地点に行くとそこには王国軍と謎の勢力が争いを繰り広げていた。
「何がどうなって――」
ナターシャが状況を整理する前に後方から大きなホーンのような音が鳴り響く。振り返ればそこには大勢の軍人がこちらに向かってくるのが見えた。銃と騎馬、そして刀が煌めく旗は『帝国軍旗』に他ならなかった。
「……まさか、これが皇帝の『真の狙い』だったの? 私たちはあくまで咬ませ犬だったってこと?」
「……わからない。でも、俺たちはあの皇帝の軍勢を止めなきゃだめだ。あいつは味方さえも平気で裏切る。あんなのがこの国を統べて見ろ。大変なことになるぞ。正直、そこまで王国に恩を売るつもりも無いが、大量に買い込んだ喧嘩は売り返さないとな!」
「そうね……あの人は私たちの夢を餌に今まで好き放題してきてこれだもんね。きっちり返そう」
「ああ、とりあえず、王城まで突っ走るぞ! 背中は任せたぞ、パートナー!」
「ええ、そっちこそしっかり守ってよね」
二人は視線を交わして迅速に王城へと移動を始めたのだった。
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